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【小説】 ポップン・ルージュ 1

ケーサツで出会った笠ノ場警部の勘違いからボク(主人公)は逃げ出すことになるが、途中で撃たれてしまう。目が覚めると知らない所にいるボク。さまよい歩いた先にたどり着いた場所は (おふざけ小説ですのでご心配なく?)

その1

 ボクはケーサツに追われています。しかも二度目です。追われながらいろいろなことを思い出していました。記憶力の悪いボクでも忘れられないことが次から次へと起こりました。ふと、はじめに逃げた時、ゆで玉子を持っていなかったらどうなっていただろうと思いました。家の近くまできて、お母さんのことを思い出したからでしょうか。

 ある日のことです。突然、ボクの車のドアミラーがポロって落ちたんです。ドアのところについているミラーがです。たぶん落ちてから二十四メートルぐらい走って気づきました。後ろを振り返るとそれぐらいの距離のところにミラーが落ちているのが見えたからです。

 ボクの車は二年前の春に、大学の入学祝いとして親戚のおじさんがくれた車です。その時、すでに大学二年生になるところでしたので、「おそっ」とおじさんに向かって言った記憶があります。おじさんはそんなことは気にもせず、「お前には昔いい思いをさせてもらったからなあ」と意味深な発言を残して去っていきました。おじさんのくれたこの青い車は、なぜか、後ろの左側のドアが自動ドアになっています。ただ、乗せる相手のいないボクはその機能をつかうことなく今日まで乗ってきました。特に故障もなく、傷つけたりしたこともないので、ミラーが落ちたのはかなりショックです。そのままバックして取りにいこうとしてチェンジレバーをリバースに入れたのですが、そこでハタと思いました。

(この道は一方通行だけど、バックして走ったら、一方通行を逆走する事になるんだろうか?)

 この道はボクの家の前、車庫から車を出した瞬間にタイヤが踏むことになる道です。そこからクネリクネリと二分ほど走ると広い道に出ます。広い道に出るまでの間は、車が一台ギリギリ通れるくらいの幅の道なので、運転にはかなりの注意が必要です。ミラーはどこかにぶつけたに違いありません。ただ、最近車が若干ほっそりとしてきたような気がしたりしていたところなので気が緩んでいたのだろうと結論付けました。

(車の向きが逆ではないから、大丈夫かな?)
(待てよ、そもそも道をバックして走っていいのだろうか?)
(めんどうでもぐるりと回って取りにいった方がいいんだよなあ……)
(しかしそれではあまりにめんどいではないですか、奥さん)などとその場であれこれ考えること七、八分。

「ああ、車から降りて取りに行けばいいじゃん、ジャンダラリン(三河弁)」ってことに思い至り、車を降りようとしたら、パフィッパフィッと後ろから車のクラクションが聞こえました。振り返ると隣の奥さんの青い車が後ろから来ていました。

 隣の奥さんの車は外国(日本以外の国のこと)の車なんですが、奥さんも日本以外の国の人のような化粧をしています。奥さんの車も最近若干ほっそりしてきたように見えます。結局降りることもできず、とりあえずいったんミラーをあきらめて前へ進むことにしたんです、ハイ。ところが少し進んで信号待ちしているときにグッドアイディアが浮かびました。

「ケーサツにいって聞けばいいじゃん、ジャンダラリン(浜松弁)」っていうグッドなアイディアです。ここからならそんなに遠くないのでボクはそのままケーサツに向かうことにしました。

 そういえば、ケーサツには用事があったんです。用事というか質問というか、まあ世間が日ごろ疑問に思っている、日常で起こる数々の事象に対する疑問を代弁して聞いてあげるというか、何というか、そんなんです。例えば、この前やむを得ず公園で一泊することになったとき、ちょっと寒さを感じ、落ち葉を布団の代わりにしようと思ったんですが、誰に許可を得ればよかったのかとか、タバコの吸殻が落ちていたので、その横に灰皿を置いていってあげたら何個あっても足らないじゃないか、という悶えに似た憤りとか、どうしていつもボクの自転車のサドルは、学校から帰って来るとあんなに高くなってしまっているのかとか、ココナッツはドコナッツ? とか、とかとかトカトカ。とかとかトカトカ。

 そんなことをメモ帳を見ながら暗証しているうちにケーサツに着きました。なんとなく馴染みがあるんですよ、ケーサツというところには。ついこないだ免許の更新で来ていたからです。駐車する場所もすぐに分かりました。結局ドアミラーを置いたまま来ちゃいましたが、帰りに取りに行けば問題ありません。問題があるのは、きっと帰りにはドアミラーのことを覚えていないボクのやわらかな記憶力の方です。
 駐車場から三階建ての建物の正面へ回り、薄暗い玄関をサーッと入り、受付嬢(ご婦人のケーカンでした)のところへツーッと近寄り、声をかけました。

「一方通行の走り方についてちょいとばかし聞きたいんだけど、どちらで聞けばいいのかい? マドモアゼル」
「は? 一方通行ですか? それでしたら、二階に上がって、『道路のことについて聞いてみる課』で聞いてください」受付嬢は、やさしさの中にちょっぴりハバネロちっくな侮蔑をちりばめた素敵な笑顔で答えてくれました。
「ありがとよ、おかみさん。近くに来たらまた寄るよ」のれんを右手の甲でさらりと払いながら、さっそうとその場を後にしました。


その2へ続く


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