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【小説】 ポップン・ルージュ 3

ケーサツで出会った笠ノ場警部の勘違いからボク(主人公)は逃げ出すことになるが、途中で撃たれてしまう。目が覚めると知らない所にいるボク。さまよい歩いた先にたどり着いた場所は (おふざけ小説ですのでご心配なく?)

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その3

「ところでお前は学生か?」 笠之場警部が聞いてきます。

「はい、今大学五年生です。就職活動しようかなあってところでございます」 丁寧風に言ってみます。

「今、どこに住んでるんだ? 一人暮らしか?」

「いえいえ、実家でございます」

「実家か。ご両親は何している?」

「はいはい、ご両親の片方、お母様は、ご健在でして、今日もきっとカレーを作って待ってくれています。もう片方の、お父様は、ご健在かどうか分かりませんです。ご不明というか行方不明というか、どこにいるのかご存知ではございません」

「そうか、それは言いにくいことを聞いてしまったかな。すまん。まあ、いい。それで、お前はドアミラーがどうかしたとか言っていたが、一体何のことだ?」

「あいあい、ボクの家から出るとすぐ細い道があるんですけど、そこでどうやらどこかにミラーをぶつけちゃったみたいで、ポロってとれちゃってですねえ。そして、それを取りに戻ろうとしたところ、リバースをバックにいれて後ろを向かずに後ろへ……」

「リバースをバック?」

「えいえい、ボクの車ってハンドルの近くにレバーがついてるじゃないですが、手で持ってグリグリと動かす棒です。それをこう、手を逆手にしながら手前に引き、下げるふりして上へ上げるとですねえ、車が後ろへ走っちゃうんですよ。すごいですよねえ。二十一世紀ですよね」

「お前さあ、本当に車乗ってるの?」

「失礼ですねえ。ほら、このキー見てください。ボクの車のキーですよ。あ、それよりこのキーホルダー見てください。ボクが作ったんです。スフィンクスに見えるでしょ。でも、違うんです、スフィンクスの形をしたマーライオンなんです。あっ、マーライオンってわかります?」ボクは、キーホルダーを笠之場警部に見せながら答えました。

 ふと机の上に目をやると、ごつごつした顔をした男の子の写真が飾ってあります。短く刈ったトゲトゲした髪。つながりそうな太い眉。大きな鼻とおちょぼ口。

(これはどう見ても笠之場警部のお子さんだね)

「こっ、この子って」

「ああ、かわいいだろ。俺の息子だ。スネイクってんだ。スネくんって呼んでやってくれ」

(スネイクってみょうちくりんな名前です。どんな字なんだろうねえ。)脛に育てるで脛育だそうです。

「いっいや、大変、モンドでシュールでモダンタイムスな結構なお名前で」

「そんなことより、免許証を見せてみろ」

「免許証? どっ、どうしてですか?」

「やましいところがないなら構わんだろ。身の潔白を証明すりゃあいいじゃねえか」

「そっ、そうですか、じゃあ見せます、見せます」ズボンの右ポッケ(ポケットのことです)に左手を入れたところで大変なことに気付きました。

(この免許証は見せちゃやばいのです)

「すっ、すいません。免許証忘れました」右ポッケに入れた左手をそっと元の位置に戻しながら嘘をつきました。ボクは嘘つきなんです。嘘つきなんです、っていう嘘をいかにも嘘っぽく言えるくらいの嘘つきなんです。

(とにかくこの免許証だけは誰にも見せられません。とてつもなくやばいのです)

「おい、お前、車に乗ってきたんだろ、じゃあ免許不携帯だな」笠之場警部が、するどい指摘を口にしました。

「いっ、いや、ちっ、ちっ、違うんです。免許は持ってるんですが、ちょっ、ちょっとこれだけは……」
本当にこの免許証だけはやばいのです。


 去年の夏、免許の更新に行く前に、ボサボサに伸びた髪をちゃんとしてから写真を撮ってもらおうとおしゃれ美容院に行きました。髪は大学での研究のために三年間くらい切ることができなかったのですが、この前やっと研究が終わったので切っても問題ではなくなっていました。研究というのは、髪が伸びれば下着がいらなくなるのでは、という研究です。

 髪は伸びるにつれ、アンダーシャツになり、ブリーフになり、うまくいけばソックスにもなるでしょう。もちろん編み込むことが必要です。いかに切らずに編み込むことでそれらの代わりになるかを考えるのです。そういう研究です。しかし結局下着は白じゃなきゃという結論に至り、日本人は黒髪でなくてはならぬ、というボクのこだわりのために髪の色を抜くこともできずに頓挫し、そのままなんとなく研究は終了しました。

 おしゃれ美容院は初めて行くところでした。新聞の折り込みチラシで知ったその美容院のスタッフは三つ子のオバチャン三人(結局何人?)でした。よく見るとよく似ているその三人(結局三人)に勧められていすに座りました。

「パーマネントをあててください。ちょっと染めたりもしてください」実は、そのときが、はじめてのパーマネントです。パーマネントルーキーです。
「あいよっ、どんな感じにするんだい?」おしゃれ美容院のオバチャン(たぶん末っ子)が聞いてきました。
「近頃巷で大流行の、ヒップでホップでホットプレートな感じでお願いします。チェケラッチョ」一応雑誌の切り抜きも見せました。

(誰の写真かは秘密です)

「あーこんな感じね」オバチャン(たぶん末っ子)は馴れた手つきで作業を開始しました。モシャモシャ、クルリン。モチョモチョ、クルリンチョ。他の二人のオバチャンも慣れた手つきで作業を遂行しています。モシャモシャ、クルリン。モチョモチョ、クルリンチョ。

 期待と不安状態で時間が流れました。途中眠くなりウツラウツラもしました。写真も見せたのだからきっと素敵なパーマネントライフが訪れるはずです。パーマネントビリーバーです。しかし、しかしです。出来上がったボクの髪型は、ただのオバチャンパーマネントだったのです。しかも色はパープルです。

 そう、近所に必ずいる、髪は紫、顔は真っ白、唇は真っ赤、シャツはキンキラキン、パンツはスパッツ、へんてこな匂いのオバチャンそのものなのです。頭が頭が頭が頭が頭が頭が頭が頭が、頭頭あたまーっ。あまりのショックにあいていた口がふさがっちゃいました。壁には、出来上がったボクの髪型と同じ三つ子のモデルがパネルの中で、こちらを向いて微笑んでいました。呆然としたままおしゃれ美容院を出たボクはふらふらと街をさまよい歩き、気がつくとケーサツの前にいました。

(あっそうだ、免許の更新しなきゃ)

 そうです、そうなんです。そんなわけで免許証の写真はとんでもないことになっています。記憶力の乏しいボクでも、この写真のことは忘れるはずがありません。夢に現れたこともあります。そのときは親戚のオバチャンとしての登場でしたが。

 とにかく別人だと思いたい。髪がパープルになっているだけでなく、なぜかお化粧して顔が真っ白になっている自分。こんなもの他人に見せられる訳がありません。ビデオレンタルの会員になるときは、似顔絵を描いて免許証の写真の上に貼り、難を逃れました。でも、今回は似顔絵を用意していません。


その4へ続く


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