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どこにもない日

渋木晃一は困惑していた。
SNS代行を担当していた新人アイドル、真白菜子から脅迫めいた呼び出しを受け、廃倉庫で実際に対面しているからだ。場違いな衣装を含め、アイコンと違わぬ容姿。
実在していたのか?
代行を始めて八ヶ月、いくら検索しても動画一つ見つからなかった。真白菜子は、何らかの事情で事務所が用意した架空の人物。渋木はそう思っていた。
「あなたが売った私のグリット、必ず全部返して」
短文投稿SNS・グリッターの投稿をNFTアート化して販売する業務は専門業者の管轄だし、正式な手続きのうえ為されている。そもそもグリットを投稿していたのは渋木で、真白ではない。
「理屈はいい。とにかく買い戻して。こっちはいつでもできる」
真白は、様々な犯罪の証拠等を、瞬時に渋木へ紐付けることが可能らしい。当然渋木は信じなかったが、祖母の住所を示され考えを変えた。
「責めているわけじゃない。ただ、こちらも手段を選んでいられない」
その表情の切実さは、脅迫者の印象からは遠かった。
「もって、五日。それ……に全部終……る」
真白の声にノイズが混じった。
「私の情報が、足りない」

脅迫したようなことが本当にできるなら、自分で買い戻しもできるのではないか。
渋木はハンドルを切りつつ思ったが、助手席で忙しなくスマホを操作している真白に多くを語る気はないようだ。
構わない。グリットの購入者情報を探るため、渋木へ仕事を回した業者を訪ねる。その際に業者へ話し、真白をどうにかしてもらえばいい。
不意に視界が陰った。
直後、ウルトラショッキングピンクの質量が渋木の車を圧し潰した。
真白に蹴飛ばされ車外へ転げ落ち、辛うじて命を拾った渋木は、愛車の残骸を踏みしだく異形の存在を見上げた。
派手な体毛、ずんぐりとした巨躯、凶悪な容貌。
それは、近年人気を博している、地方自治体のマスコットキャラ「ひぐまのひっくん」そのものだった。非実在存在の鋭い爪が振るわれた。

【続く】

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