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夜と太陽

「ウチのシマ知らなかったか、ア?」
 鼻ピアスの男が凄む。更に周囲に三人。狭い路地裏に逃げ場はない。
 十歳のシジーは血の味を感じながら思った。リゴめ、適当言いやがって。
 ガムは麻薬じゃないから売ってもブルー・ブルズに怒られない、とのことだったが、実際は違った。そもそも売れもしなかった。
 三発殴られ、シジーは血を吐いた。靴が汚れたのが気になった。
「聞いてるか?」
「すみません……」
 髪を掴まれると、対面の壁の2階に取り付けられた室外機からぶら下がるナメクジが目に留まった。乾燥に適応した大きな種で、交尾をしていた。シジーはここをやり過ごす間、そのグロテスクなようで神秘的でもある営みを見つめていると決めた。最早、極力しおらしく殴られ、相手が満足するのを待つしかない。
「指五本な。誠意だぜ」
 鼻ピアスがナイフを取り出す。指? 指はよくない。
「一帯は封鎖した! 逃げられんぞ!」
 その時、路地裏に野太い声が響いた。
「どいてどいて~!」
 同時に誰かが走り込んできた。かぶったボロの隙間から赤髪をこぼす少女に見えた。
「ケーサツだよ! キミも逃げよ?」
 少女はシジーの手を取り走り出した。ブルー・ブルズは虚を突かれ出遅れた。
「おにーさんたちも早く逃げたほうがいいよ~!」
 ブルズは舌打ちし、引き上げた。

「うまくいったな」
「おせぇよドジャ」
 ボロを脱ぎ、髪をまとめた少年をシジーは笑いながら肘で小突いた。
 路地裏を抜けた先にはもう一人、少年がいた。
「間に合ったからいいでしょ。声真似、結構疲れるんだから」
「無理すんなよナイク」
 シジーはケホケホ咳き込む小さな背中をさすってやった。

 シジーは煌びやかな夜景を眺めながら、昨夜、十五の誕生日に父からもらったナイフを抜いた。
 ここまで来た、という感慨はなかった。全てに現実感が伴っていなかった。
 だが、やることは決まっていた。
 ドジャ。ナイク。
 かつてともに過ごした者たちを、間もなく殺さねばならなかった。

【続く】

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