見出し画像

ファイアワークス・コントレイル

「――いいよ」
わずかな沈黙の後、振り返った那美がほほ笑んだ。
荘太の顔が安堵でほころぶ。
夕刻でなお強い八月の太陽は容赦なくうなじを焼いていたが、牧須神社を吹き渡る風は優しかった。
「花火大会、さそってくれてうれしかった。だから」
那美の顔が近付く。
「これあげる」
荘太の手には、駄菓子屋の当たり券が握らされていた。
悪くない。このシークエンスの試行回数はまだ三十八回目だが、もう決めてもいいかもしれない。
「また明日ね」
麦わら帽子を被り直した那美は、純白のワンピースを翻し去っていった。爽やかだがどこか儚さを感じさせる笑顔を残して。
その先に異物がいた。
三人の男、ソンブレロを被った派手な衣装。手にした獲物は、それぞれマチェーテ、ショットガン、ギター。メキシコのシカリオ。
緊急更新をかけた。
一時停止。ブロックノイズ。那美が再び動き出す。シカリオは消えていた。
儀間道昭は荘太から意識を引き上げ、管理スペースへ戻り、念のため環境を確認した。
ワールドは『君のいた頃。~あの夏だけが永遠だった~:Fire Works edition』、オプションは『記憶の中の少女―〈麦わら帽子と白ワンピース〉パック―』、あとは軽微な汎用素材のみ。シカリオが出現する余地はない。
また、来たのか。
矢妻堂二。
三十年来の友人であった彼は近頃、儀間が手塩にかけている、ひと夏の思い出を潰そうと躍起だ。
曰く、「偽物の思い出なんて捨てて、二人で過ごした秘密基地へ帰ろう」。
馬鹿げた感傷だ。小学生時代、たった三年程を過ごしただけの場所へいつまでも執着するとは。時代は進んでいる。新たなものを創出し、未来へ目を向けるべきだ。
シカリオたちは矢妻の手先に違いなかった。
あのような無粋者に、三年五ヶ月を費やしここまで育てた十五日間の夏の思い出を台無しにされるわけにはいかない。
出費は痛いがやむを得ない。
儀間は、「退魔狂戦士@アルブレヒト」のアカウントをコールした。

【続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?