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日航機墜落現場に向かおうとして射殺された自衛隊員に関する速報テロップを見た私の記憶

1985年(昭和60年)8月12日にJAL123便墜落事故が発生した直後の、同日19時から20時頃までの私の記憶の話です。

中学生だった私は自宅でなんとなくNHKの番組を一人で見ていたところ、JAL123便が遭難したとの内容のテロップが画面に表示され、驚いた私の意識は画面にくぎ付けになりました。

そのあとのテロップで、私がさらにドキッとする内容が表示されました。

言葉を正確には思い出せないのですが、その内容は

墜落現場に行こうとした自衛隊員が射殺された

というもので、<これは大変なことが起きている>と思った私は、このテロップ報道のことを母親に話そうと思ったのですが、そのとき母親は料理かなにかをしていたのか、私とまともに話をできる雰囲気ではなく、話が思うようにできなかった私は、仕方なくテレビを見ながら事故に関するニュース報道の続報を待ったのでした。

徐々に墜落に関する報道が増えてきましたが、自衛隊員射殺に関する続報はありません。

墜落よりも自衛隊員射殺の方が気になっていた私は、射殺したのは自衛隊か、米軍か、といったことなども考えていましたが、これについての報道はそれっきりで、その後もそれに関係しそうな情報が報道されなかったので、その後の私はなんとなく「あれは何かの間違いだったんだろうな。」と思うようになりました。

あれから長い年月が過ぎるなかで、何年かごとに日航機墜落事故に関するニュース番組などを見るたび、自衛隊員射殺というテロップを見たあとのあのモヤモヤした気分が思い出されました。

そしてたまたま最近、YOUTUBEで日航機墜落事故の謎に迫る動画を流し見していて、また考えてしまったのです。

あのとき見たテロップについてネットで情報が出ているのではないか。

そこで検索してみると、やはりあったのです。

たとえば、たまたま見つけたこちらの記事です。

https://estar.jp/novels/25494810/viewer?page=10

この記事によると、

待機命令を無視して救助に向かおうとした自衛隊員を射殺

という内容であったと書かれていました。

私が見たテロップの言葉と完全に一致しているかどうかは自信がありませんが、私が記憶している内容と矛盾はありませんから、そういう言葉だった可能性を否定できません。

その後、番組のキャスターがさらに詳しいことを語ったとありますが、それについて私の記憶はあいまいで、ニュースキャスターがそれを語っていた場面を思い出せません。

さらにその後、誤報だったという内容の訂正が入ったとのことですが、それについての記憶もあいまいです。

さて、私がたまたま見てしまった「自衛隊員射殺速報テロップ」については、過去にたびたびネット上で話題になったことがあったらしく、中にはそのテロップが流れている映像もあって、その映像を私は自分の記憶として思い出せないのですが、ネットではそれは捏造されたものとして扱われていましたし、実際にある部分は捏造なのかもしれません。

そもそも、この記事で扱っている画像もたぶん捏造です。
私の記憶にあるニュースキャスターさんの雰囲気とはかなり異なります。
もっとシンプルで地味な感じだし、その直前はなにやら政治的な難しい特集みたいなのだった印象です。

この映像は再現されたもので実際のものではないとも表示されています。

こういった現象の背景について私はよく知りません。

とは言え、私と同じように「自衛隊員射殺速報テロップ」を見た人は私以外にもたくさんいたはずで、実際に「見た」という人からの情報が書籍やネットで掲載されていることもわかりました。

では、そういった「見た」という声に対して世間全般の反応はどうかと言うと、でたらめなデマであると言う批判的な意見が多数を占めています。

なるほど、見ていない人にとってはデマと思ってしまうのもわかります。
実際のところ、捏造された情報も多いようですし。
自分がもしあのテロップを見ていなかったら、そんな風に思った可能性は高いです。

でも、私は実際に見てしまったわけで、私にとって「自衛隊員射殺速報テロップ」は事実なのです。

「陰謀論やデマを信じるタイプの人っているよね」

「自分はそういうデマには引っかからないぞ」

という意識が自分の中に根強くあって、いわゆる陰謀論やデマと見える主張や記事に対しては冷ややかな気分で処理してきた私です。

でも、「自衛隊員射殺速報テロップ」においては、私がそれを見たことが事実であると主張すれば、私もデマを広めようとする側の一人として扱われてしまうという現象。

これは私にとって心理学的な考察として面白いです。イジメやハラスメント問題とも関係しそうだからです。

デマではないのにデマだと決めつけられてしまうことも実際にあるんだな。

とは言っても、私の記憶が事実であるという証拠はありません。あのときの映像を録画していたら証拠になったでしょうが、あの当時はまだビデオデッキは普及していなかったのでしょうか。

誰かが録画していてもおかしくないと思うのですが、今のところは捏造されたと言われる映像しかなく、私にはその真偽を見極めることもできません。

私にとって確実なことは、

墜落現場に行こうとした自衛隊員が何者かに射殺されたという内容のテロップを自分は見た

という記憶があるということまでです。

そのテロップの内容が真実なのか誤報なのかは私にはわかりません。

私は日航機墜落事故については詳しくは知らないので、それについては語りません。

ただ、たとえ証拠がなくても、デマだと言われようとも、私にとって事実は事実。

誰かのデマ情報を見た私が心のなかで記憶を捏造したとか、記憶を上書きしたということはありません。

なぜなら、続報を待っていたのに出てこなくてモヤモヤしたあの気分は、他人から得た情報で上書きできるようなものではないからです。

そのことを私の記憶がボヤけてゆく前にブログに掲載しておこうと思いました。

私はJAL123便墜落事故の背景で陰謀があったどうかはわかりません。

気になる方はご自分でお調べください。

以上


(追記)

この記事を書いたあとで、たまに読み返していろいろ考えています。

実は自分は記憶の書き換えをしてしまったのだろうか。

ということも考えます。

自分を疑えばキリがないのですが、論理的にはそういう可能性もあるのかなと思います。私、過去の記憶が鮮明な方ではないので、あまり自信がないのです。だから、忘れないうちに試しにここに書いてみた次第です。

そして、こんなことも考えます。

日航機墜落の背景に陰謀があったかどうか知りませんが、誰かが陰謀があったかのように捏造するとしたら、こういう内容にするだろうか。

登場人物が自衛隊員ではなく地元民でもいいし、射殺でなく立ち入り規制でもいいし、テレビニュースでなくラジオであってもいいし、テロップでなくコメントであっても結果は同じではないのか。

捏造にしては、あまりに突飛に過ぎると言うか、これを全て嘘だと決めつけるには、逆に話が込み入りすぎていて、誰かがゼロから考えて捏造したと想像しても、なんとなくしっくりこないのです。

私が実際にはこのニュースを見ていたなかったとして、この内容で私の記憶をあとから上書きできるものだろうか。
もっとありえそうな情報でないと、私の脳がそもそも受け入れないのじゃないか。
という疑問も出てくるのです。

そして、こうも思うのです。

こういうネタで捏造する人って何を考えているんだろう?

世の中にはいろんな人がいる、ということなのでしょうけれど、ずいぶん込み入ったことをするものだなと思うのです。

とりあえず、このあたりで止めておきます。


ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。 <(_ _)>