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母と私、そして兄②


つづき

学生時代は、親への書類も多く、
母や父からの「仕事で行けない」という言葉を何十回も聞いたが、その頃には、言われても動じない自分がいました。

中学生に上がり、両親は当たり前のように
入学式にも部活動の試合にも来ませんでした。


兄とは1年だけ、学生生活がかぶっていました。
頭も顔も良く、スポーツ万能、歌も上手くて習ってないピアノも弾ける、そして女の人にもモテて、周りからの信頼も強い

兄と比較され続けた1年間は
私にとっては倍に感じるほど長かった。

私の家族は毒親でもなければ、過保護家庭でもなく、教育熱心な家庭でもありませんでした。
世間から見れば、ごく普通の一般家庭のはずです。
罵声や暴力などは一切ありません。

しかし、
兄は中学時代、地元では“ 怖い "で有名でした。
時には警察沙汰になった事もあったと、
後々、知ることになります。
その闇は、"母と兄"の中で留められ、私と父には伝えられず密かにやり取りが行われていました。

兄の去った中学生活は、
穏やかな春を迎えたと思った途端に、嵐に遮られる
そんな生活でした。
私は良くも悪くも巻き込まれることが多く、
それは、いじめの被害者にもなり得ました。

理不尽に無視され続け、いつの間にか終わってる
たったの3年間で、そして別の人に3〜4回はやられました。
その内の一人が、小学2年生から仲が良く、家族のように仲良くしていた女の子でした。

頼り方を知らなかった私は、
先生や親にも言わず、頼らず、塞ぎ込みました。
苦しかった、辛かった、寂しかった、
毎日が地獄だった日々を「いつか終わる、大丈夫」
そう言い聞かせ、耐え続けました。

無視だけ、ただそれだけでも辛かった。

そして、謝罪もなく
ある時、いつものように話しかけて来る。
なかった事にされる。

私は学びました。
「信頼」なんて在るたけで意味のない言葉だと。


自分への自信はもともとないのに、
周りへの信頼すら無くなっていく

「何のために生きているんだろう」

当たり前のように頭に浮かんでくるこの言葉
どこで道を間違えたんだろう



つづく




#わたしの家族
#母と私そして兄
#人生




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