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腕時計

全く興味が無い。持ってないし、今後買う予定もない。だってスマホがあるから。電波式だから機械式より精度が良くて壊れない。

汚そう。潔癖なので身に着けた物は極力洗いたくて、財布やスマホケースですら頻繁に洗っている(今の財布を選んだ理由は水で洗えるから)。一日中手首に着けていたものなんて毎日洗いたくなると思うけど、たぶんダメなんでしょう?
今みたいな夏場なんて汗臭そうで気持ち悪い。

高級アイテムの代表的ポジションなのも理解できない。何であんなもの有難がってるんだろう。

常々時計が高級である必要が無いと思っている。だって時間は平等だから。

職業、土地、性別、何かと格差は存在するけど、この世で唯一人々に平等に与えられているのが「時間」である。それを確認する道具に価値が発生する意味が分からない。100万円ごとに使える時間が1時間増えるとかなら分かる。

あと、そんな高いもの、常時身に着けておくなんて怖すぎる。どこかにぶつけたり転んだりして壊さないか、ラーメンやうどんの汁が跳ねたりしないか、常にびくびくしてると思う。あと絶対失くす。だから家に置いて大事に保管しておきたくなるけど、それじゃ置時計じゃないか。

以上の理由から、これまで「高級腕時計=下品な金持ちがステイタスを誇示するための道具」としか思っていなかった。しかし、最近この偏見が覆される出来事があった。

腕時計のコレクションが趣味という彼は、高級時計をいくつも持っているらしい。私でも知っているメーカー名が次から次へ出てきた。

全く興味が無いので「へぇー」という生返事をしていると「腕時計、興味ありますか」と聞いてきた。
仕方がない、正直に「全くないんですよね」と答え、上記の内容を極力悪気を感じさせないように説明した。

「うんうん」と頷きながら「その意見はとても分かります。合理的なメリットは正直ありませんし、僕もステイタスアピールのために付けている人が大半だと思います」と同意を示してくれた後こう続けた。
「でもね、本当に好きな人は違います。腕時計にはメーカーや職人の心意気が込められているんです」

眼を輝かせながら魅力を熱弁してくれた。時計職人たちのこだわり、世界三大複雑機構の話、有名メーカーの逸話。
彼の熱意と話の巧さに引き込まれ、とても興味深かった。なるほど、腕時計が好きな人はそれ自体ではなく、それが出来上がるまでのストーリーや込められた精神性に価値を感じているのか。その上で自分の気に入った相棒を選ぶ、時計に「人格」を見出すのだという。

何より私の偏った意見を否定せず、なおかつ自分の芯をちゃんと通そうとする態度にとても好感を持った。上品さと真摯な熱意が高級時計に相応しい格を感じさせた。

一通り話を聞き終えて思った。
「絶対買わないようにしよ」

話が響かなかったのではない、響きすぎたのだ。腕時計にハマる人の理由が完全に分かった。そして間違いなくハマってしまうと思った。

職人の意匠と心意気、デザインに込められた機能性と精神性、オリジナルの価値基準で選んだ一本への愛着、私の好きな要素しかない。
「こういう理由でこの子が好きなんです!」って言いたいし聞きたい。私は人の偏愛話を聞くのが好きだ。

気づけば彼が紹介してくれた腕時計紹介YouTubeチャンネル「ウォッチ情熱応援団」を一緒に見ていた。過剰なテロップや効果音等の演出や運営主の主張等は最小限で「あくまで主役は時計です」という心意気が伝わってくる、実に誠実なチャンネルだった。

別れ際「一緒に沼にハマりましょうよ」と言った彼は河童ではない。


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