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キズシオ本実験7分の2ー愛の夢とかを読んで深く息を吐いた話ー

キズに塩を塗ってくる本。キズシオ本。

数週間前「キズシオ本特集とか面白いんじゃない?!」と閃いた私は、同時に「自分に沁みたキズシオ本は他人にも本当に有効なのか」という不安を抱えることになった。

そこで賭けをした。

「キズを抉ってくる系の本を教えてください」

Twitterに書き込んだその言葉にリプが来なければ、没。
来たならば身を以て私自身が試してみようと。
結果として7冊のおすすめをいただいた。
だから、私は今、実験ノートを作っている。
他人のシオは自分のシオ足り得るのか。
今回は実験7分の2「愛の夢とか」である。

紹介された時、川上未映子さんかぁと思った。
どうして、私は川上未映子さんの本を勧められるのだろうか。
私と川上未映子本のファーストコンタクトは大学時代。今まで可愛がってくれていた先輩たちがことごとく卒業し、しっかりしなければと気をはっていた頃の話だ。色々うまく行かなくて滅入っていた折に、東京で就職した先輩に誘われたのだ。中野で面白い劇があるんだけど一緒に行かないかと。二つ返事で行くと答えた。東京までの往復運賃4000円、劇のチケット10000円。金はなかったが誘ってもらえたことが嬉しかったから、なんとかした。
待ち合わせ当日。余裕を持ちすぎる待ち合わせをきっちり守った二人は、開演までの時間を持て余した。
何をするでもなくなんとなく歩いてたどり着いた中野ブロードウェイ。
雑然としたアングラ感を感じ多少たじろぐ私に先輩は提案した。

面白い遊びをしよう。
制限時間2時間。
ミッション①この建物を一緒に巡り、相手へ今日のお土産を選ぶ。
ミッション②相手に買うところを見られてはいけない。うまくやること。
予算は3000円以内。

にんまりとした顔で覗かれた。楽しそう。いたずらっ子みたいにキラキラした目につられて話に乗ることにした。ワクワクした。何を選ぼう。何をくれるのかしら。

2時間は思っていたよりもあっという間だった。楽しかったのだ。

その後みた劇は言われた通り、面白かった。いい気分でお酒を飲んで、さよならして。
帰りに乗った電車の中で一人。待ちきれなくなって先輩からのお土産を開けた。
岡崎京子さんの「リバーズ・エッジ」と川上未映子さんの「乳と卵」だった。
本かぁと考えた。うん、かわいい雑貨屋さんもあったんだけど、本かぁ。まぁ、かわいい雑貨持ってないし。かわいいなんてきっと私の柄じゃないんだろうなぁと思った。逆に、本だったのはなんだかとっても先輩らしいなと思い直して「乳と卵」のページをめくった記憶がある。

10ページ目くらいで一旦パタンと閉じた。
焦った。今まで出会ったことのない文体だった。なにこれ。
読みづらい。

川上さんのファンの人に聞かれたらきっとフルボッコにされる。危機感は感じているが、正直にいう。すごく読みづらかった。自分の文章を読む力が低いのか……。愕然とした。敗北感を抱えつつ、このまま閉じて戸棚の奥にしまってしまおうかと考えた。でも、お世話になった先輩が私にくれた本だから。そう自分に言い聞かせ、ちまっちまと読み進めた。すごく時間がかかった。なんだろう。お茶を飲みにきたら、出されたのはボクシンググローブをつけた人からの右ストレート! みたいな。頭がぐらぐらした。吐きそうだった。あの人は、私にこれをプレゼントするのか。自分とは違う、面白い世界を持つ先輩。あの人みたいになれたらと思っていたけれど、この人の世界に私はまだたどり着けそうにない。川上未映子さんの本は、私の心にキズを残した。

だから、触らなかった。川上未映子さんの作品がランキング内に入ろうと。すごいと言われようと。今回、おすすめしてくれたのが知らない人だったら大変申し訳ないが握りつぶしていたかもしれない。でも、私は今これを書いている。できなかったのだ。これをおすすめしてくれた人のチョイスを私はたいそう信頼している。本も映画も、言葉も。おすすめしてくる一つ一つにハズレがない。そんな人が一言付け加えてきたのだ。

わたしの心にお気に入りの傷をつけてくれた作品がこちらです。よかったら。

深く息を吐いた。腹を括るためだ。またフルボッコにされるかもという不安は、ある。でも「お気に入りの傷」そのワードにも惹かれる。ええい、ままよ!! とカゴに入れ、お会計を済まし、勢いに任せ、表紙を開いた。


意外にも、読めた。
独特の川上未映子さんの文体は変わらずなのに。今回はスラスラと……。


無事に完走したので、実験結果を報告したい。

これも、また、キズシオ本です。

全身を塩漬けにされる感覚。
グサグサとくる方もいらっしゃるかもしれないが、私にとってはどちらかというと全身がヒリヒリする感覚だった。塞がりかけたキズがまだいるよと存在を示すかのように。(どんなキズに効いたかは後述した。参照願いたい。)
何より、私にとって一番大きく深いだろうと思っていた苦いキズが浅くなっていたのだ。
そう。「川上未映子さんの本、私の文章読む能力が低くて読めないかもキズ」だ。
読めた。これは、私にとってとても大きな出来事だった。
さらに7つの短編のうちの一つ「愛の夢とか」は私に新しくキズをくれた。
できないをそのままにしていいのかと。
挫折しても何度だって挑戦していい。
それは、優しくて、背中を押してくれるキズだった。

さて、私よ。いまいちど深く息を吐け。
そして戸棚の奥にある「乳と卵」を掘り起こせ。
当時あの世界に飛び込めなかった私も今ならば読めるかもしれない。
やるなら、今だ。
お気に入りの傷を作りに行こう。
さぁ、できないを上書きしろ。

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キズにぬるシオ 実験7分の2
「愛の夢とか」 川上未映子著

推薦してくれた人のコメント:わたしの心にお気に入りの傷をつけてくれた作品がこちらです。よかったら。

実験結果:キズシオ本でした。
効いたキズ:依存キズ、退屈キズ、できないかもキズ、失恋キズ
      センチメンタルキズ、川上未映子本読めないかもキズ
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(終わり)

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