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春霖は銭湯とともに

雨水|霞始靆
令和6年2月25日

お風呂に入ると、ペトロールズの「雨」を聴きたくなる。原宿かどこかの路上で長岡亮介さんが一人で弾き語りしているやつ。そして、新卒一年目の多忙で焦燥感に駆られていた頃が蘇る。仕事終わり、お風呂にスマホを持ち込んで、あのなんとも言い難い新築マンション独特のお風呂の匂いをかぎながら、この曲を聴いていた。毎日慣れないスーツを着て営業活動に出ていたあの頃、唯一と言っていいほどの心の癒しだった。今でも当時のお風呂の匂いはありありと思い出せるが、やっぱりなんて表現すればいいのかわからない。

次に住んだ家の近くには、昔ながらの銭湯があった。こぢんまりとした商店街の中にあって好きだった。深夜まで開いていたので、仕事で遅くなってもサッと浴びにいった。銭湯にはいろんな人が来ていて、毎日のようにそれを眺めていた。30円でできるマッサージ機にはいつも同じおじさんが寝息を立てていた。東京も悪くないな、下町は最高だなと思った。夏だったらその後にコンビニに寄って、金麦を買ってイッキ飲みする。汗をかいた体には、ビールより発泡酒の方が合う。大学時代のバイト終わりから変わらない至高の時間だ。

今の家に引っ越して、まもなく2年と半年になる。自転車で十数分走ったところにスーパー銭湯がある。広くて綺麗でいい湯だが、日常使いにはちょっと贅沢な感じがする。時々あの頃の銭湯を懐かしく思う。

昭和40年には、東京都内に2,641の銭湯があったという。それが今では500を下回っているらしい。でも、自分の通っていた銭湯が大切に続いてくれていれば、まずはそれで嬉しい。お湯とともに思い出を包んでいる湯船を思う。

ほら、雨の日はやっぱり昔のことを思い出す。湯浴めば春の長雨も肴となる。

-T.N.

霞始靆

カスミハジメテタナビク
雨水・次候

そういえば、銭湯を作ってみたいと思っていた。地下の湯船へのアプローチは、宙に浮いているようなスケルトン階段。石造りの暗い壁には間接照明が当たり、まるで王城のような厳格な雰囲気が漂う。階段の下の方は湯船に浸っていて、階段を降りきるとそのまま湯に入る。隠れ家のような、落ち着いたパブリック空間。

なかなかいい構想だと思ったけれど、今思えば、掛け湯をするタイミングがない。


参考文献

東京都浴場組合, 東京銭湯|東京都内の銭湯数の推移, 閲覧2024年2月25日

カバー写真:2020年9月6日 銭湯帰りの空に浮かんでいた虹。雨がないと虹は生まれない。


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春霖は銭湯とともに
https://coyomu-style.studio.site/letter/kasumi-hajimete-tanabiku-2024


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