あなたは身体をこわばらせ 僕は平気なふりをしていた さっきまでの陽射しに比べて ここはあまりにも暗すぎる やわらかさとあたたかさを感じて こんどは僕がこわばる番だ したことがないようなことをして ふたりはずっと真顔だったな 隣室からラジオの音 廊下をビジネスマンが歩く 浴室に張ったお湯のせいで 白い鏡には何も映らない 繰り返し繰り返し繰り返し いつまでも揺れて揺れて 僕はあなたに噛みつき あなたは僕に爪を立てた 僕は動けなくなる 僕が捨てたものも 僕を捨てたものも あ
夜中の電話で 長い長い愚痴を聞いたな 寝取られて悲嘆に暮れる話 少し前には俺が寝ている横で いちゃついていたのにな 相槌を打つしかできなくても お前が楽になるなら 話せばいいと 随分前の話だが 都会に向かう電車に飛び乗り お前たちに手を振ったとき 俺は強がってたんだ 縮みあがった心臓を 悟られないように隠した 待っているのは希望と抑圧 そして快楽と孤独だった 靴を溶かした話はしたっけかな 笑っちまうけどあの頃は良かった ぶつかる奴すべてに喧嘩を売り 街の奥では黒い棒で殴ら
自分の心のためには、落ち着いて何かを書くべきなのだろう。吐き出したものをもう一度飲み込んで、よく味わってから再び言葉にするべきなのだろうと思う。ただ、今はそれをする余裕がない。時間にも心にも。だからただ乱雑に吐き出すだけ。
君を送り出す 息をするだけで身体を蝕む街 誰もが自分の居場所を奪い合い 柔らかい頬や手を足蹴にする 君を送り出す 腐臭のするゴミを漁る男の横で 猫はグレインフリーの飯を食う 一度転べば娑婆には戻れない 君を送り出す 狂った頭を振り回し暴れる者 耐える者が金配りに消費される 善良な顔をして虐殺に加担する者 君を送り出す 目障りなアイキャッチと 耳が腐るような音楽 ただただ猥雑な叫びの渦 ああそうだそうだった ここはそういう場所だ 奴は 目覚めたと言っているが
遠い遠い昔のこと 僕の日々は時間のスライスが ひらひらと重なるようだった 言葉を信じないと決めて 長いこと川の流れを見ていた 次から次へと人々の顔が見えて そのうち誰なのかわからなくなった 流れに手を入れてみると 水の底を転がる石が見えた 苔が生えてから枯れてしまい 魚の孵化と亡骸が見えた 僕は生活をこなしながら ずっと川の流れを見ていた 人と石を見分けられなってから 穏やかさが手に入ったようだった でも何かが 澱のように積もっている 見て見ぬふりをして 押し黙って
幸せになりたいのなら 愛なんて語らなくていい お日様の匂いのする布団 焼きたての温かいパン 香り高いコーヒー 木漏れ日の中での読書 そんなものが欲しいのなら 愛なんか語らなくていい その代わりに 上手に料理できる窯や きれいに汚れを落とす洗剤 なんでも揃う商店や 人気のレストランについて おしゃべりしていればいい 愛を与えるふりをして 愛を欲しがるふりをして 本当に欲しいのはなんだ 手に入らなければすべて台無し 役に立たないものは捨ててしまえ 幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ
向こうから男が歩いてくる 痩せ気味だが筋肉質だ みすぼらしい服を着て 薄い唇をきつく結んでいる 薄汚れた顔で目がぎらついている 何やら重い荷物を背負っている 靴は破け足から血が流れている 眉間の深い皺には砂埃が溜まり ゆったりと王族のように歩く 木陰に座って息を整えるようだ 無邪気な子どもが話しかける どこから歩いてきたの? 憶えていないと男は答える 意外なほどに優しい声 男はすぐに目を伏せた 眠っているように見えたが 荷を大事につかんでいる 老婆が肩を叩き一杯の水を渡
枕に顔をうずめていた 朝の気配に堪らず寝返りを打つ 諦めて熱いシャワーを浴びる 望みもしない日が昇ってくる けたたましいアラームに急かされ 靴をうまく履けないまま鍵をかける 何度も何度も何度も何度も 繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し 吹き溜まった枯れ葉を踏む 確かめた音に虚しくなる すり抜ける何台ものバイク ウインカーの遅い車 わずかな金を受け取るために 誰もが行列に並んでいる 何度も何度も何度も何度も 繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し 僕は都会に住み 僕は郊外に住ん
濡れた石畳の上を ふたり俯いて歩く どこからか歌が聞こえる へたくそだが楽しな声 背を低くした猫が道を渡る さよならを交わす子どもの声 何度も繰り返して終わりがない 掻き消すようなエンジンの音 無表情にバスを待つ人の横を 無謀な自転車がすり抜けていく 誰も使わない歩道橋の下で 僕たちは少しだけ休む 艶やかに見えた君の唇が いまは乾いて白くくすんでる 僕は慌てて君の手をとる 永遠がないことなんて 言わなくたっていいんだ ため息をついてから再び歩く この坂を登れば後は下る
悲しいので仕事をたくさんしている。それによって脳のある部分が興奮し、悲しみを感じる部分を奥に押し込む。そのせいで「悲しみの調子がおかしい」状態が生じているのだと思う。これはたぶん良くない。ただ、仕事はしなければならないことだし、僅かな救いにもなっているのだから仕方がない。
少し離れた場所から あなたの吐く息を見ていた 白さはすぐに散らばって あとかたもなく消えてしまう 後ろ姿だけれど 見ているものはわかる 風に髪がふわりと揺れて あなたが振り向こうとする この瞬間を忘れないように 僕はすべてを受け取る 雲が晴れたようなその顔 駆けよってくる足音 道の両側に小さな店が並び 物売る人の声は大きいはず でも僕には何も聞こえない すべてが静まり返っている あなたは売り子たちと話し 人混みをかき分けて進む 後に続く僕はといえば 高く飛ぶ鳥を見上げ
奴らがやってくるぞ 大きな声で歌いながら 大挙して押し寄せてくる 馬鹿な言葉を書いた旗を振って 奴らがやってくるぞ 物語を本当にするために ひとつとして意味をなさない 雄たけびを上げながら 奴らがやってくるぞ 支配するものに頭を奪われ ゾンビのようなしつこさで そこかしこを埋め尽くす ひとことでも そんな馬鹿なと 言ってもみろ 奴らがやってくるぞ 文字を書き換え本を焼いて 拳を突き上げながら 家に火をつけるだろう 奴らがやってくるぞ 主を讃えながら自分の足を食う 血
なぜまだここにいるのか あなたにはわからないだろう じめじめとした谷底の泥流が 僕の足を掬おうとするのに あなたには見えないのだろう 僕の見つめているこの光が あんなに言って聞かせたのに なにひとつわかっちゃいない 僕が押し流されたとしても 切り取った永遠はなくならない 厚い氷に閉じ込められても熱く 漆黒の夜にも灯りをともす それでも ひとりごとを言う 僕だってもううんざりだ いますぐここを出たいんだ どうせ耳の中でピープ音が鳴って 眠らせてはくれないんだから 逆流
身体を拭いて シャツを着替える 硬いパンをスープに浸して口に運ぶ 蝋燭の火に前腕の筋が浮かぶ 家を囲む森はどこまでも黒く 虫たちはざわめいて歌う 誰もがしばらくは無口だ 腹いっぱいになるわけじゃないが 皆がコーヒーを楽しみにしている ぽつりぽつりと会話がはじまる 遠い街 ステンレスのような道 目もくらむような光の下で 食べきれない料理をよそに ノートに数字をびっしり書き込む 食べ始めればテーブルマナーは完璧だ 規則的に回るプロペラの風を受け 彼らは金色の歯を見せて笑
気付いたら1000スキ超えていました。スキをくださった皆様、ありがとうございます。最近なんだか「悲しみの調子がおかしい」という感じで言葉がうまく出ないのですが、細々とでも続けようと思います。
ベッドに投げ出した身体の重さが いつまでも常夜灯に照らされている ただ鼓動に耳を澄ましていると やがて僕は羽になり宙を舞う はじめての街で踏切を渡る バックミラーに初めてみる色が映る あなたは物珍しそうに辺りを眺め まくしたてるように僕に話しかける 木と川しかないだだっ広い公園 日陰のない散歩道を黙って歩く 何度もあなたの方を振り向きながら 僕はずっと上機嫌だった 水たまりを踏みつけて ゆっくりと車を停めた ふたり後部座席に移って ずっとずっと手をつないでいた 外で月