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『3つの鍵』 高級アパートに暮らす複数の家族が織りなす人間ドラマ。息詰まる展開と過ぎゆく年月の果てに待つ結末とは?

イタリアの名匠ナンニ・モレッティといえば、ちょっと風変わりなコメディなどで知られる一方、カンヌでパルムドールを受賞した『息子の部屋』(ブライアン・イーノの"By This River"との相性が素晴らしかった)のようなぐっと胸にこみ上げる感動作も手がける人。作品によって観客側の心の準備もだいぶ変わるというか、僕自身、観る前に必ず「今度はどっちのモレッティだ?」と一応確かめるようにはしている。

という前置きをしつつ、9月公開の最新作『3つの鍵』は、とても緻密に編み込まれた人間ドラマだった。今回はモレッティが初めて原作物(イスラエル人作家によるベストセラー)に挑んだ作品とのこと。舞台はオリジナルのテルアビブからローマへ。コメディ要素はない。冒頭、思いがけない出来事から全ては始まり、そこを起点として、同じ高級アパートメントで暮らす3+1家族の肖像が、それぞれ織り成されていく。

この3+1家族というのが重要な点だ。彼らは絶妙に世代が散らばっていて、今まさに我が子が生まれようとしている若い夫婦(1家族目)もいれば、小学生の娘を持つ家族(2家族目)もいる。さらに青年くらいに達した息子を持つ裁判官夫婦も(3家族目)。これにプラスして、彼らのさらに上の世代の老夫婦(+1家族)がこのアパートで暮らしている。

すなわち、この物語は自ずと赤ん坊から高齢者まであらゆる世代の心象模様が網羅されているという設計だ。個々を点として描いているようで、その集合体は円となって人の一生を満遍なく浮かび上がらせているかのようでもある。

一つの出来事をきっかけに、それがごくゆっくりとドミノ倒しのように他の家族へ影響していく筋書き。「どうしてこんな事態に・・・」と、とてもシリアスな展開に陥ることも多いものの、しかし語り口はとても丁寧で、観客を絶望させることはない。

むしろこの先にどんな結末が待っているのか、冷静に見つめてみたいと素直に感じさせるのは、舞台が一点にとどまることなく、5年、10年と月日が展開していくからなのだろう。大人たちは老け込む一方だが、幼かった子供たちが成長してまた次のステージへと進みゆくのも、その姿をみているだけで生命の輝きを感じさせる。

そしてじわりと思い出すのは『息子の部屋』のこと。あの作品は亡くなった息子について深く知りたいと願う家族が様々な人のもとを訪れ、全く知らなかった暮らしぶりや葛藤や思いに触れるというストーリーだった。本作にもその「知らなかったこと」や「理解できなかったこと」や「修復不能な大きな分断」を埋めていくという要素が、全てではないにしろ、部分的に垣間見られるのが興味深い。

歳月は人を成長させるというが、物語が終焉へと向かう頃、このアパートに集っていた人たちがどのような表情に包まれているのか、ぜひ見届けてほしいものである。



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