【二次創作】 シュヴァルグラン 決意の返し膳
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※ウマ娘の二次創作となります。
3期のシュヴァルグランを初めて見たときから、いつかSSを書きたいと思い、ようやく完全しました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
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◇ ◇ ◇ ◇
「また、勝てなかったな……」
僕は虚ろな目をしながら春のうららかな風を浴びていた――。
淡い色した桜の花びらが儚げに舞い散り、何もない虚空に吸いこまれていく。誰の目にも留まらず、期待に応えることもなく、冷たい廊下を孤独に吹き抜けていった。
それを見ていたら、無性に物悲しい気持ちになってしまった。
ふぅ……と吐息を漏らし、泣きたくなるほど澄み切った紺碧の空にむかって、灰色の息を吐いた――。
姉さんやヴィブロスとの差は広がるばかりだ。二人はすでにG1レースに勝利し、期待にしっかりと応えてきた。
なのに僕は。まだG1で勝てていない……。
春の天皇賞は3着だった。キタサンブラックには、あと僅かに及ばなかった……。惜しかった、とは思う。最後の直線でもかなり距離を詰められたし。もうちょっと、本当にもうちょっとだったのに……また勝ち切れなかった……。
「ダメだダメだ! このままじゃっ!!」
どんよりと澱んだ障気を拭い去ろうと頭をガンガンと叩く。首を左右にブルブルと振り、脳内に蔓延する霧を晴らそうとする。だが不安に駆られた感情は、ゆらゆらと宙を漂っていった。
僕が負けたことは事実だ……。もっともっとトレーニングを積んで、研鑽を重ねなきゃ。これ以上、自分を責めないで済むように。
あれこれ思案しているうちに、食堂へと辿り着いた。
お肉の焼ける香ばしい匂いが鼻に抜ける。食欲を刺激されたお腹の虫が甲高い鳴き声をあげていた。
気を落としているはずなのに、お腹は威勢のよい声を発している。二律背反する心と身体に、また一つ深いため息を吐いた。
「……にんじんハンバーグでも食べて気を取り直そう」
地鳴りのようにグーグーと鳴り続けるお腹の虫の勢いに引っ張られるように、食堂のなかに足を踏み入れた。
大勢のウマ娘が一同に介してお昼ご飯を食べる姿は壮観だ。トレセン学園に入学したばかりの頃は、その光景に圧倒され、身体が萎縮したな……。皿を何枚も積み重ねてご飯を食べる先輩ウマ娘の姿を見たときは、畏怖の念を抱いたな。今となっては恐怖に感じることもなく、少しは馴染めたなと自負している。
「さてと、今日のメニューは何だろう」
数人のウマ娘が鏡張りのショーケースに入ったメニュー表を舐めるように見つめている。僕も追随するように今日のメニューは何だろうと覗きこむが、前に陣取る娘の背丈が少し高いおかげで文字が隠れて見えなかった。
仕方なく、ぴょんぴょんと小刻みに跳ねる。うっすらと食品サンプルは確認できたが、細かなメニューの判別できない。もうっ……いじらしいな!
「あと、ちょっとで、見えそうなのに……」
喋るのと同じタイミングで、ぴょんぴょんと跳ねる。これじゃあ、ちょっとしたトレーニングだ。繰り返すにつれてじんわりと汗が滲んできた。
――すると、前に居た二人組の娘がこちらに振り返り、微笑を浮かべながら僕を凝視した。
何だろう……? おそるおそるショーケースの中を覗くと、そこには必死な顔付きでぴょんぴょんと舞う僕の姿が見事に写し出されていた。
「っ……!?」///
まるで石化するかのように、僕は身体を硬直させた。恥ずかしさの波が足の爪先から波紋のように広がる。その波が頭まで押し寄せたとき、熟したりんごみたいに頬が真っ赤に染まり、そして、ぷしゅっと弾けた。
(は、恥ずかしい///)
前に居た娘たちは、口元を抑えながら柔和な顔つきで食堂のなかに消えていった。
僕は顔を抑えながらブルブルと身悶えた。赤々と染まったほっぺは、火傷しそうなくらいに沸騰していた。しばらくは食堂に来られないかもな……。
もう、とりあえず入ってから決めよう……。にんじんハンバーグが食べれれば良いや。無駄な徒労のせいで、余計にお腹が減った。
お盆を手にして列に並ぶ。だが、先頭は遥か先だ。まるで聖地に巡礼するかのように、配膳の長い列が伸びていた。なにせ、トレセン学園の全員がこの食堂に介するのだ、この光景にも流石に慣れた。
その蜃気楼の先には、ステンレスの容器に積み上げられたにんじんハンバーグの山が天高くそびえ立っていた。
口元から漏れるよだれを制服の袖でそっと拭う。空腹の虫をなだめながら、お盆の表面を凝視して己を律する。
流れる足並みをしかめっ面のままで乗り続けること数十分、ようやく先頭までもう少しのところに辿り着いた。
「ん、前にいるのは……」
ドゥラメンテだ……。
おそらく同世代のなかで一番強くて、そして、一番恐れられるウマ娘。宝塚記念では彼女が3着、僕が9着だった。互いに勝ちは得られていないものの、着順が2人の実力差を表していた。
ライオンの鬣《たてがみ》のような威圧感ある髪型、鋭い眼光と見る者すべてを射抜く碧眼、身体も大きいし、なにより態度もでかい。あの風体を前にすると、何故だか脚が慄いてしまう。まるで自分意外のウマ娘は眼中にないと顔に書いてあるような尊大な振舞い。というか、あれが彼女の素なんだろうな。裏表のない、剥き出しのエゴイズム。
どうせ、僕のことなんて意識していないんだろうな……。
僕のさもしい感情を置き去りにしながら、ドゥラメンテは手にしたトングで瞬時に皿の上のにんじんハンバーグを1個、2個、3個と取った。目にも止まらぬスピードに、僕は唖然とした。
「え、ちょっと取り過ぎじゃ……」
思わず唇から言葉が漏れていた。眼の前に広がる光景に、僕は口をあんぐりと開けることしかできなかった。
ドゥラメンテは顎に手を置きながら、端から端までじっくりと吟味をしている。ひとしきり吟味を終えると、レースのスタートを切る瞬間のような、鬼気迫るオーラを漂わせた。
――その刹那、山盛りになったバナナステーキが一瞬で消えた。
(え……? 何が起こった?)
眼の前には、残像だけが残されていた。
目を丸くする僕の前で、ドゥラメンテは次々とおかずを奪取していった。ミートボール、ナポリタン、ピザに野菜のフォカッチャ、そしてにんじんご飯(山盛り)と最後に駄目押しのにんじんハンバーグ(10個目)を皿に乗せた。
残された銀のステンレストレーには、茶褐色のタレだけが無惨に散っていた。
ようやく先頭に辿り着いたときには、にんじんハンバーグの巨大な山は、脆くも崩れ去っていた。
(うそ、だろ……?)
まさか、最後のにんじんハンバーグまで取るなんて……。手加減というものを知らないのか……いや、それ以前に礼節が無いだけな気もするが……。
「にんじんハンバーグ完売〜! 今日の分は終了したよ〜!」
食堂のおばさんが発した言葉は、今の僕にとって死刑宣告と変わらなかった。もはやお腹の虫は、幻のドラゴンのように四方八方に灼熱の炎を吐きまくっていた。
くそ……こんな所でも僕は負けるのか――。
帽子を深く被り、目に影を落としながら、がっくりと俯く。
すると、列の外から明るく活発な声が飛びこんだ。
「シュヴァルちゃん! よかったら、私の食べる?」
キタサンブラック――。
彼女とは幾度も同じレースを走り、その度に土を付けられてきた。
正直言って、僕はキタさんに嫌悪感を抱いてる。でも憎悪とは違う。もっとこう、ドロドロしてるけどキラキラもしてるような……上手く言い表せない複雑な感情。キタさんの背中を見る度に、僕の心は激しく飛び跳ね、そして切なく打ち震える。
彼女はどう思っているか分からないが、僕はキタさんをライバルだと思ってる。いや……ライバル以上の存在と言えるかもしれない。いつか勝ちたい、いつか絶対に越えてやると、煮えたぎるマグマのようにぐつぐつと熱い対抗心を燃やす、かけがえのないウマ娘だ。
だが今は、そう言ってられる状況ではなかった。飢餓に陥った僕は今、荒野をさまよう迷い人だ。にんじんハンバーグを恵んでくれるキタサンブラックのことが、慈悲深い女神のように見えた。気のせいか、背中から後光が差しているようにも感じる。
僕は耐えきれず、開口一番、言い放った。
「た、食べて良いの?」
「うん! これからゴルシさんのハードなトレーニングが待ってるからさ、食事は抑えめにしておきたいんだ!」
僕は目を丸くした。あんなに強い勝ち方をしても、日々の研鑽に抜かりがない……。食欲に駆られた自分が、本当に卑しく見える。
喉から手が出るほど欲しかったにんじんハンバーグを凝視し、時が止まったと思うくらいに逡巡する。そして、薄暗い谷底から陽光が燦々ときらめく地上に這い出た冒険者のように、僕はゆっくりと目を開けながら応えた。
「ありがとう……でも、やっぱり遠慮しとくよ」
伸ばした手を抑え、ゆっくりと胸に引き戻した。
「え、いいの? シュヴァルちゃん」
「うん、ここでキタさんに貰ってしまったら、なんていうか……何かに負けた気がするから」
ただでさえ勝ち切れていない僕が、勝ち続けるキタサンブラックから施しを受けることは、実力と精神、その両方で負けを認めることになる。考えすぎかもしれないが、やはりその一線を踏み越えることは、僕のさもしいプライドが許さなかった。
「わかった……何か考えがあるみたいだね。じゃあ、スペさんに渡してくる――」
「食べないのなら、私が貰おう」パクっ
「あっ、オグリ先輩……」
唐突に訪れたオグリキャップ先輩の脅威の末脚が、空腹に足踏みする僕の心を差し切った。いや正確には、先輩のお箸がキタさんの残したにんじんハンバーグを強奪し、暗黒空間のような胃袋に放り込んだ。というのが正解だ。
(そ、そんな)プルプル……
開いた口が塞がらなかった……。食べないと決心こそしたが、あれだけ懇願したにんじんハンバーグが無惨に奪われるのを目の当たりにしたら、否が応でもショックを受けるだろう……。
というか、いくら先輩だからって後輩の残したにんじんハンバーグを奪って食べるか普通? 胃袋に何を飼ってるんだ? 腹を空かせたゾウでも居るんじゃないか?
この人の大食漢ぶりは遠目で見るぶんには快哉を叫びたくなるほど見応えがあるけど、いざ自分が食べたいものにその魔手が伸びたときは、もはや天敵と呼んで差し支えないほどに憎たらしかった。
「あ、あんまり気を落とさないでね、シュヴァルちゃん!えっと、それじゃ!」
そう言い残すと、キタさんは食堂を駆けていった。そのうしろ姿からは、僕に対する憐憫の情が感じられた。
……もう、ヤケだった。
僕は手にしたトングでコロッケにメンチカツ、焼きそばにうどん、山盛りのご飯にいたるまで取れるだけ取った。お皿の上は、天井に届きそうなくらい高くそびえ立っていた。そしてダメ押しのように、おやつ代わりのカツ丼を取り、帽子の上に器用に乗せた。
机にどかっと座り、制服のポケットからマイフォークを颯爽と取り出す。父さんから貰った大切なものだ、常に傍らに持ち歩いてる。
フォークを逆手に持ち、巨大な山となったお昼ご飯を黙々と口に運ぶ。そして、延々と咀嚼を繰り返した。まるでにんじんハンバーグの恨みを埋めるように口いっぱいに食べ物を頬張った。顎が引きつってもお構い無しに、ただただ咀嚼していった。
気が付けば、眼の前のご飯は全て胃袋に収まっていた。飢えた食欲を飲み込んだ身体は満足感に包まれ、僕の顔は自然とほころんでいた。あまりの幸福感に、ニヤニヤが止まらなかった。端から見たらヤバいやつだか、気に留めることなく、満腹感を享受した。
僕は風船のように膨らんだお腹に一瞥をしながら、テーブルから立ち上がった。
すると、前方の机に居た娘も同じタイミングで席を立った。ご飯を済ませ、満足気な息をふぅと吐いている。
ドゥラメンテだ……。
こんな近くで食べていたなんて、眼の前の食事に気を取られていて気付かった。
背筋をピンと張りながら、ある方向にむかって毅然と歩いている。言わずもがな、食べた食事を下げるのだ。僕からにんじんハンバーグを奪ったことなど気にする様子もなく、威風堂々と歩いていた。
その様を見た僕の頭に、稲光が落ちた。
(そ、そうだ! 配膳では負けたが、返しで勝てば良いんだ……!)
僕の脚は、すぐさまその場を駆け出していた――。
ドゥラメンテより先にお膳を返す。そうすれば僕は、彼女に負けたことにはならない! ……はずだ。きっとそうだ……!
今はただ、考えるよりも先に身体が突き動いていた。手に持ったお盆で両手が塞がって走るのは難儀だけど、気合だけはビンビンと迸っている。
他のウマ娘は、和気あいあいと食事を続けている。つまり僕とドゥラメンテ、一対一の直接対決だ。今日こそ、彼女を越えるんだっ!!
だが全力疾走は出来ない、食堂のおばさんに間違いなく注意されるからだ。なので最善の手段、『小走り』を使う! 持っているお盆の上の皿を落とさない絶妙な塩梅で、渾身の小走りで食堂を駆ける。
まずは座っていた机を越えてゴールへの最短ルートを探る。お膳の返還場所までは数十メートル。マス目上に並んだ机が9台立ち塞がる。ルートを間違えなければ時間はかからなそうだ。
一方、ドゥラメンテは数歩先に居た。まだまだ余裕のある動きをしている。僕は小走りのスピードをあげて距離を詰める。一歩一歩、脚に力を込める。かつかつと革靴がリズムを刻む。跳ねる音が早まるにつれて、全身の血管が脈を打つ。
3台の机の横を走り過ぎた。気付けばお盆の返還場所までは、直線の距離を残すのみだった。
ドゥラメンテの背中はまだ前方にある。だがもう、手を伸ばせば届く距離まで詰められていた。
僕は最後の力を振り絞る。積み上げられた皿が風を切る。皿がカタカタと揺れて不協和音を奏でる。両腕は限界に近かった。足腰も悲鳴をあげている。でも、ここで音を上げるのだけは、絶対にイヤだ……!
全身に意識を集中させて食堂の直線を駆ける。スピードとバランス、どちらが欠けてもドゥラメンテには勝てない。冷静に、しかし大胆に最終直線をひた走る。
お膳を返還場所はもうすぐだ。――もう少しだ、もう少しで……届く。
呼吸が荒くなる、脈動も激しさを増す。でも、あと少しで追いつく。2メートル……1メートル……、ドゥラメンテと、肩が並んだ。
(よし……追い付いた!!)
一気に眼が見開いた。ドゥラメンテに並んだ事実に、僕の身体はこれまでにないほど滾っていた。このまま、差し切るんだ……っ!!
お盆の上がグラグラと波打つ、反動で脚がもつれそうになる。でもゴールはすぐそこなんだ、耐えてくれ……僕の身体っ!
走れ、走れ、走れ……!!
負けたくない! もう、誰にも……!!
僕は、シュヴァルグランだっ!!!
――お盆をガタンと置いた。大仰な音が食堂に響く。隣には……誰も居ない、僕だけだ。頭のなかを静寂が駆けめぐり、呼吸の音だけが鼓膜で反響する。流れる汗が皮膚の上で蒸発し、そして堰を切ったように、熱い感情が発露した。
(勝った……勝ったぁああああ!!!)
僕は胸の内で勝利の咆哮をあげた。
はじめての勝利、それも相手は、あのドゥラメンテだ。ふるふると揺れる唇、喜びに打ち震える胸、ほとばしる感情は肌をつたわり全身に広がっていった。
身体中で勝利の実感を味わった。大げさかもしれないが、この勝ちは今の僕にとっては本当に重要なんだ。そう思わずにはいられない。それほどまでに、ドゥラメンテからの勝利は重くて大きい。
横を振り向くと、そこには表情ひとつ変えずにお膳を返すドゥラメンテの姿があった。僕に意識をむけることなく、静かにその場を立ち去っていった。そりゃそうか……。彼女にとっては何てことのない、些末な話だ。
「制服が汚れているぞ……」
ボソッと呟く声が聞こえた。声の主のほうに振り向くと、既に彼女は食堂をあとにしていた。
ドゥラメンテ……。
皿から飛散した液体に制服を濡らしながら、僕は小さくガッツポーズをした。
泥臭くてもいい、情けなくたっていい、ドゥラメンテに勝ったという事実が、僕の心を震わせた。
「ちょっとシュヴァル……。何をどうしたら制服がそんなに汚れるのよ」
姉さん……? いつの間に居たの?
姉であるヴィルシーナは、浮かれ調子の僕の顔を凝視しながら、制服をグイッと引っ張った。
「相変わらず食事のマナーがなってないわね。まぁ、シュヴァルのそういうところが可愛いくて、つい甘やかしたくなっちゃうのよね♡」
そう言うと、姉さんは制服からハンカチを取り出し、タレやらソースで汚れまくった僕の制服をぽんぽんと拭いていった。
……何だか、イヤな予感がする。その予感は、即座に的中した……。
うしろを振り向くと、お盆を返しにきた他のウマ娘たちが、微笑ましい顔を向けていた。だらしない妹と世話好きな姉のやり取りに、口元を抑えて笑みを浮かべていた。
「ちょ、姉さん、止めてよ……。恥ずかしいよ///」
「何言ってるのよ。そんな姿で午後の授業に出られる訳ないでしょう。姉さんが洗濯してあげるから。ほら、行くわよ」
僕の声に耳を傾けることなく、姉さんは制服の襟を掴んで歩き出していた。まるで、親猫に首根っこを噛まれた子猫のように、僕は姉さんに従うままに食堂をあとにした……。
……せっかくの勝ち星が、恥の色に塗られていった。
次こそは、ターフの上でドゥラメンテに勝ってやる!!
〜おしまい〜
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