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ワクチンの有効性を疫学の観点から考えました(9月13日こびナビTwitter spacesまとめ)

※こちらの記事は、2021年9月13日時点での情報を基にされています。※

2021年9月13日(月)
こびナビの医師が解説する世界の最新医療ニュース
本日のモデレーター:木下喬弘

木下喬弘
おはようございます。

今日は Takaがちょっと頑張る会です。
ご登壇の先生方には頑張って僕の質問に答えていただこうと思います。

実は、Takaには専門がないんじゃないかという説があります。

例えば、峰先生だったらウイルス学、れおにいや池田先生なら小児科、黑ちゃんだったら薬事規制などが専門ですが、Taka先生は特別な専門がなく、ただしゃべりを頑張ってるだけみたいな?

黑川友哉
Taka先生の専門は Twitter じゃないんですか?

木下喬弘
ほら、それそれ🔥
そういう説があるでしょう(笑)

一応、それ以外にも専門がございまして。
「疫学」といいます。
どういう学問かというと、たくさんの人を集めて、薬を投与し、その薬がどのくらい効果があるかを調べるものです。

▼日本疫学会 
新型コロナウイルス関連情報、感染症疫学の用語解説 

https://jeaweb.jp/covid/

▼書籍:基礎から学ぶ楽しい疫学 第4版
https://www.amazon.co.jp/dp/4260042270
出典:Amazon

新型コロナワクチンでも重要といえば重要なんですが、これまであまり目立たなかったんです。

例えば、ファイザーのワクチンは95%、モデルナのワクチンは94%の有効性と言っているものは「ランダム化比較試験」というタイプの試験を行っているんですね。

▼ランダム化比較試験
https://w.wiki/3BwL
出典:ウィキペディア

ランダム化比較試験は超簡単なんですよ。
4万人くらい集めてきて、2万人をワクチン群、2万人をコントロール群にして、その中でどのくらいの人が発症したかを比べて、有効性を推定します。この場合は試験のデザインがシンプルなので、別に疫学を専門にしていなくても解釈が容易なわけです。

しかしこれがひとたび観察研究と言われる、たくさんの人の中でワクチンを打った人もいれば、打っていない人もいるという研究デザインとなると、そうもいかないわけです。

これまで大規模な観察研究は、イスラエルの1 vs. 1の exact matching という手法を使ったものくらいしかなかったわけですね。これは僕がこびスぺで解説しました。

▼こびナビSpaces 2月26日文字起こし
https://note.com/cov_navi/n/n4c52bef75fe7
出典:こびナビnote

あれは1 vs. 1のマッチングをして観察研究をしているわけですが、基本的にはランダム化比較試験と同じようなことを行っています。

ワクチンを打つ人と打たない人が1人ずついたとして、その人たちがワクチンを打ったかどうかということ以外は全く変わらないという状況を作ろうとしています。例えば年齢が全く一緒で、かつ住んでるところが全く一緒で、人種が全く一緒で、という人を集めています。


【議論】Test-negative case control design とは

最近は、こういう方法ではない研究デザインでワクチンの有効性を調べているものもあります。NEJM(The New England Journal of Medicine)という雑誌に、デルタ変異ウイルスに対するmRNAワクチンの有効性が88%だという論文が出ました。

▼Effectiveness of Covid-19 Vaccines in Ambulatory and Inpatient Care Settings
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2110362
出典:The New England Journal of Medicine 2021/09/08

この研究のデザインは「Test-negative case control design(診断陰性例コントロール試験)」というもので、case control study(症例対照研究)の中でも特殊なタイプです。

▼研究デザインの選び方、研究デザインの分類
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2019/PA03324_05
出典:医学書院 医学界新聞 2019/06/03

まず、コロナを疑う症状で病院に来た人の中から PCR検査陽性者、陰性者を研究に参加してもらいます。
陽性者の中には、何ヵ月か前にワクチンを打っていた人もいるし、打っていなかった人もいます。同様に、陰性者の中にも、ワクチンを打っていた人もいるし、打っていなかった人もいます。

つまりワクチンを打った人の中で陽性になった人の割合、ワクチンを打っていなかった人の中で陽性になった人の割合がわかり、それを比較することによって、ワクチンがどのくらい 検査陽性者を減らすのかを調べるという研究デザインです。

これが case control study というタイプの研究デザインなんですが、結構トリッキーです。

例えば一般的なランダム化比較試験では以下のようなことをします。
・(広く一般の中から)4万人を集めて
→ワクチンを打つ2万人、打たない2万人にわけて
→ワクチンを打っている人の中で検査陽性者は何人、陰性者は何人、
→ワクチンを打っていない人の中で、同様

この case control study という研究デザインはそうではなく、
・病院に来た人の中から 検査を受けた人を集めて
→その中で陽性者を case(感染者)、陰性者を control(非感染者)と定義して
→その人たちがワクチンを打っていたかどうかは後ろ向きに調べる
ということをしています。

▼研究の「前向き」「後ろ向き」とは
https://pharma-navi.bayer.jp/bayaspirin/imasara/medical-statistics/no1/a2
出典:バイエル薬品株式会社 医療従事者向け情報

なんとなくいろんな問題点が出てきそうなんですが......


《長所1》健康意識行動の偏りの調整

木下喬弘
れおにい、この研究デザインの問題点を述べてください。

岡田玲緒奈
検査を受けないと入らないことでしょうか。

木下喬弘
すごくよいポイントです。
実は、検査を受けないと入らないということは、この研究デザインのメリットなんです。

岡田玲緒奈
えーっと、ワクチンを打った人は PCR検査を受けにくいというような関係ですか?

木下喬弘
それもあります。
他に何かありませんか?

峰宗太郎
PCR検査が偽陰性だった時にどうするのか、僕は気になるところです。

木下喬弘
めちゃくちゃいいポイントですね。
それは Information bias(情報バイアス)といい、この研究デザイン以外でも全ての研究において問題になることで、この研究デザインはそれに関しては優れている方です。

もう少し根本的に、なにか問題がありそうな感じがしませんか。

黑川友哉
つまり入口が PCR検査を受けて陽性になったか陰性になったかということですよね。
私も岡田先生がおっしゃったように、ワクチンを打った人は検査を受けにくいんじゃないかという点が問題なのかなと思ったんですが、それ以外ですよね。

木下喬弘
例えば、
・PCR検査陽性者の中でワクチンを打った人と打っていない人の割合を調べて
→陰性者の中でワクチンを打った人と打っていない人の割合を調べて
→ワクチンを打った人と打っていない人で感染した人の割合がわかるから
→それを比べるとワクチンの効果がわかる
という生の数値をバーンと出されたら、黑ちゃん怒るでしょう。

黑川友哉 
それはちょっと雑でしょといいたくなります。
患者さんの条件が揃っていないんですよね。
例えば、感染の状況が全く違うでしょうし、病気を持っているか、年齢などのバックグラウンド条件が揃っていない中で、本当にワクチンを打ったかどうかだけの比較とは全く違うよね、といいたくなります。

木下喬弘
ありがとうございます。
まさにおっしゃる通りです。

例えば年齢、性別、あるいは基礎疾患、肥満の程度といったものがワクチンを打った人と打っていない人で違うはずなので、単純にリクルートした人たちの中で感染した人の割合を比べても、ワクチンの効果とはいえないんです。

例えば、ワクチンを打った人の中で肥満が多ければその人たちは感染しやすい可能性があり、そうすると検査陽性者が多くなるかもしれませんが、それはワクチンの効果ではありません。

これは観察研究と呼ばれる研究デザイン全てで起こりうるバイアス、偏りの原因で、こういうものは数式的に調整します。

調整とは、イメージでは年齢を固定してワクチンの効果だけを比べるようなことをします。
つまり、同じ年齢の人だけを集めてきてワクチンの効果を比べているのに近くなるような数学的な処理をします。

このモデルの立て方自体を説明しだすと1時間半くらいはかかるのでここではスキップしますが、医学研究では、例えばロジスティック回帰分析などによる調整を行うことが多いです。

これは観察研究をやる限りは付きまとう問題です。
つまり
・4万人を集めてきて
→例えばワクチンを既に打った人が3万人、まだ打っていない人が1万人だったとして
→高齢者から順番にワクチンを打っていくと
→ワクチン打った人は高齢者が多く、ワクチンを打ってない人は若い人が多くなる
ということになります。

その時、例えば高齢者の方が感染しやすいとすると、実際にはワクチンの効果が95%くらいあっても、純粋にワクチンを打った人と打っていない人で感染した人の比率を比べると、80%くらいの数値になることもあるわけです。

そういう基本的な偏りはこの研究でも調整されています。ここまではいいんです。
ただ、この検査の陽性、陰性だけで試験に参加する人を決めると、実は他の偏りをなくすことができるんです。

ここから本題に入っていきます。
ワクチンを打った人と打っていない人で、熱が出た時に病院に行く人はどちらの人が多いと思いますか?

岡田玲緒奈
打ってない人の方が検査を受けに行きやすい?

木下喬弘
打っていない人の方が検査を受けに行きやすい......
そういう仮定もありますが、通常この研究デザインでは、ワクチンを打つ人は健康意識が高いとされています。病気にかかりたくないと思っており、コロナはただの風邪、コロナは存在しないとは思っていないんですね。

これを health seeking behavior (健康意識行動)といいます。
ワクチンを打った人は、病気になりたくない、あるいは病気になったらすぐ治療したいと思っているわけです。

そこで、ワクチンを打った人は、例えば熱が出た時に家で寝て治したり、コロナは概念だから治療はいらないという人は少なく、病院に行く人が多いと仮定します。

そうすると、打っている人と打っていない人で偏りがあることになります。

また、このように病気になりたくない人は、感染するかどうかにも関係がありますよね。
黑ちゃん、これわかりますか。

黑川友哉
わかります。
つまり予防策を頑張ってるかどうかですね。

木下喬弘
おっしゃる通りです。
例えば、健康意識の高い人はマスクをしている割合が多いことがあります。
マスクをしていると感染しにくいので、ワクチンを打っている人は健康意識が高く、マスクをしている人が多く、感染しにくい状況だということです。

この方法で、ワクチンを打っている人と打っていない人を例えば4万人集めてきて、その人たちがどれだけ感染したかを調べたら、そのデータはワクチンの有効性を過大に見積もることになるか、過小に見積もることになるか、どちらだと思いますか?

岡田玲緒奈
過大になりますね。

木下喬弘
そうですね、(ワクチンの有効性が95%だったものが)98%とか、そのあたりになるはずなんですよ。なぜかというと、ワクチンを打った人は感染対策を頑張っているからです。

Test-negative case control design の1つめのよいところは、健康意識行動の偏りをある程度調整しようとしていることです。この調整は結構難しいんですよ。年齢や性別はデータで調整できるんですが、健康意識みたいなものを測定するのは難しいからです。

熱があった時に病院に来て検査を受けた人だけを対象にしているということは、その人たちは、一定程度自分の健康を守りたい人です。そういう人だけを対象にしているということは、研究に入っている人の健康意識の振れ幅が少ないと考えられます。

だからワクチンを打った人と打っていない人が同じような健康意識になっている、つまりそれによるバイアスが低くなり減っているわけです。

よく勘違いされていることとして、この健康意識バイアスが「なくなる」と言われている論文などもありますが、それは嘘で、「減っている」「少なくなっている」というのが正しい表現です。

もし世の中に「熱が出たら必ず病院に行く人」と、「熱が出ても絶対に病院に行かない人」のどちらかしかいないのであれば、このバイアスは完全になくなります。熱があったときに病院に行く人だけを対象にした研究であれば、熱があっても病院に行かない人は自動的に研究には絶対入らないことになり、健康行動による2群間の差はなくなるということです。

実際には、しんどさの程度によって病院に行くかどうかが違ったり、39℃だったらさすがに病院行ったらと周りの人に言われたりしますので、専門っぽい言葉を使うと確率分布になるんですね。

必ず病院に行く人と絶対に病院に行かない人の2種類で人類を説明できるんだったらバイアスは「なくなり」ますが、実際には確率的に病院に行きやすい人と行きにくい人がいますので、バイアスを「減らす」ことになります。

安川康介
これは観察研究におけるワクチンの効果判定の限界、という話をしてるんですよね。

木下喬弘
おっしゃる通りです。
その中で、Test-negative case control design のメリットをお話しています。

コホート研究と言われるものでは、
・ワクチンを打った人と打っていない人を集めて
→いまから感染するかどうかを見て
→健康意識が両群間で違うけれどもその差を調整できず
→なぜなら健康意識は測れないから
という状態です。

一方 Test-negative case control design では、
・まず検査をして陽性だった人と陰性だった人を集めてくるので
→検査を受けてない人は1人も入っておらず
→検査した時点で研究の中に入り
→陽性だったら感染者、陰性だったら非感染者として
→それぞれさかのぼってワクチンを受けたかどうかを調べる
ということを行っています。

Test-negative case control design では、研究に入った人は必然的に全員ある程度の健康意識のある人となるので、ワクチンを打った人と打っていない人での健康意識の差は、コホート研究の中で前向きに観察している研究に比べて減っているわけです。

安川康介
なるほど。
イスラエルのクラリットの保険機構のデータを使った研究も、過去数年間でインフルエンザワクチンを受けた回数も考慮に入れて health seeking behavior を頑張って調整していますよね。これはすごく重要な話だと思っています。

▼BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine in a Nationwide Mass Vaccination Setting
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2101765
出典:The New England Journal of Medicine 2021/04/15

いま、いろんな数字が出てきています、例えばワクチンの予防効果が39%に落ちたとか。それらがどのような数値をどのように比べているのかはすごく重要です。これらの1つの数字だけですぐ反応して、ワクチンが全く効かなくなったとは思わないほうがよいですね。

木下喬弘
おっしゃる通りですね。
あのイスラエルの研究の何がいいかというと、健康意識を別の指標で代替して、一定程度調整しているんですね。

普通はそれは無理なんですよね。
ワクチンを打った人と打っていない人を集めてきていまから感染するかどうかを見ますという研究をしたら、その人たちがどんな行動をとったかは制御不能です。

しかしイスラエルの研究では、どんな行動をとりやすいタイプの人かを過去の何シーズンかのインフルエンザワクチン接種回数で調整しているので、ワクチンを打っている人と打っていない人でだいたい同じくらいだと言っています。

Test-negative case control design は、研究デザイン的には健康意識がある程度高い人しか研究には入れないので、ワクチンを打った人も打っていない人も同じくらいの値、同じぐらいの頻度になると言っているわけです。

これが、最近よく NEJM という世界で一番信頼されている医学論文雑誌に載っている研究で使われているデザインで、それなりの理由があるわけです。


《長所2》バイアスの低減

木下喬弘
もう1つ重要なことがあります。
実はれおにいが最初に言ったことなんですが。
ワクチンを打った人と打っていない人であれば、打った人の方がそれなりに自分の健康に興味がある人が多く、そういう人は病院に行きやすいことを考えると、検査陽性者を感染者、検査陰性者を非感染者とすると、偏りが出ることは、なんとなくわかりますか?

黑川友哉
それは偽陰性の問題ですか?

木下喬弘
いやこれは偽陰性、偽陽性の問題ではないんです。

検査陽性者を感染者として、それ以外の人を非感染者とします。
そこでは、検査を受ける行動そのものが、ワクチン接種や感染したかどうかに関係しています。

例えば、ワクチンを打った人の中で、熱が出たけれど病院に行かずに自宅で寝ていて病気を勝手に治した人は、比較的少ないはずなんですよね。そういう人はあんまりワクチンを打たないので。

逆に、ワクチンを打っていない人で、感染していたけれど病院に行かず自分で治してしまい、研究上で感染者としてカウントされなかった人は結構いるはずなんです。

そうすると、ワクチンを打った人の方が感染者数が高く見積もられるのはわかりますか?

黑川友哉
なるほど。
これもさきほどの健康意識と似ているような気がします。
ワクチンを打つということは、なにか症状があったらすぐに病院に行くという話ですよね。

木下喬弘
そうですね。
ワクチン打った人と打ってない人だけを比べるという研究デザインにしてしまうと、ワクチン群で病気がたくさん見つかり、非ワクチン群ではあまり見つからないという偏りが出ます。つまり観察研究では、研究上で感染している人の数が正しい感染者数とは違う値になってしまうということです。これを selection bias(選択バイアス)collider stratification bias といいます。

Test-negative case control design では、検査を受けに来た人だけを対象にしているので、このバイアスも減らすことができます。健康意識が低く、熱が出ても病院に行かず、検査を受けない人はこの研究に入ってこないからです。

安川康介
そうですね。普段の僕みたいな人は多分いないと思います🥦

木下喬弘
健康意識が低いのか🔥

Test-negative case control design にはそういう人が入ってこないので、ワクチンを打った人も打ってない人も、熱が出ると病院に行くくらいの同程度の健康意識の人なので、自宅で勝手に治した人は、どちらの群からも除かれ、どちらの群についても有利不利がなくなります。

このようにバイアスを減らせることが Test-negative case control design のもうひとつのよいところです。研究デザイン的に健康意識がある程度調整されるので、ワクチンを打った人の方が検査を受けに行きやすくて、その結果陽性として見つかる人が増えるというバイアスが取り除かれるデザインになっています。数式的な処理をする前に、デザイン的にバイアスが少ないということです。

なので、最近のワクチンの有効性を調べる研究でよく用いられるデザインなんですね。


《限界》減らせない偏りもある

岡田玲緒奈
「俺はワクチンを打ってるから大丈夫なはずだ(から検査を受けに行かない)」というのはないですか。

木下喬弘
ワクチンを打っているから大丈夫、というのは調整できないですね。

岡田玲緒奈
それは、実際にはそんなにおこらないということでしょうか。

木下喬弘
いま説明したようなバイアスはデザイン的に除けますが、おっしゃったような偏りはデザインからは減らせないということです。
基本的には、曝露(ワクチンを打つこと)を「したことによる」行動の変化というのは調整できないんですよね。あくまで元々の健康行動や健康意識を自動的に調整しているだけで、曝露後に起きた変化を考慮するとなると、媒介分析という更に難しいことをやらなければならなくなります。

このように、Test-negative case control design が完璧というわけではありません。
それはランダム化比較試験であろうが、観察研究であろうが同じことで、「ワクチンを打ったことにより、自分は感染しないと思った人は、検査を受けに行きにくいことにより感染が見つかりにくい」というバイアスは、どんな研究でも起こります。

岡田玲緒奈
わかりました。

木下喬弘
さらに、検査の偽陽性・偽陰性という話を最初に峰先生がしてくれたんですが、そういう要素も少しあり、偏りとして残る可能性があります。

黑ちゃん、検査の精度が下がったら、ワクチンの有効性にとって有利だと思いますか、不利になると思いますか?

黑川友哉
いきなり難しい質問だと思うんですが。
検査の精度が下がったら?

木下喬弘
つまり、陽性なのに陰性と判定される人や、陰性なのに陽性と判定される人がいるわけです。

黑川友哉
差がつきにくくなるような気がします。

木下喬弘
そうなんです。
ランダムに誤判定されるのであれば、効果が0の方向に向かいます。そうでなければ、突拍子もない方向に向かうこともあります。

ワクチンを打ったかどうかによって検査が誤りと判定される頻度が変わらず、かつ感染しているかどうかによって検査で陽性陰性を間違って判定される頻度が変わらないのであれば、効果が0の方向に向かいます。

簡単に説明すると。
感染していようがしていまいが、全くランダムに陽性・陰性と判断される検査結果をもとに判断してしまったら、どんなに効果のある治療を行っても効果0%になる、というのは黑ちゃんわかりますか?

黑川友哉
そうですね。
検査がめちゃくちゃなので、差が出ないということですよね。

木下喬弘
そうなんです。
偽陽性・偽陰性というのは程度問題となり、効果が0%に向かう方向になるということですね。つまり効果が落ちると判定されるということです。実際には、例えば92%くらいの効果があるけれど90%といったような結果になります。

これは、この研究デザインでも完璧には克服できない問題です。

ただ、感染したかどうかというのは検査を元にしているので、例えばインフルエンザ様症状が出た人といったような基準で感染したかどうかを判断する研究に比べると、これらのバイアスはかなり減ると考えられています。

黑ちゃん、これはわかりますか?

黑川友哉
わかります。
症状が出ても、風邪かもしれないしコロナかもしれないので、咳が出たなどの症状はコロナの診断にとってはあまり有用ではなく、精度が悪いということです。

木下喬弘
そうですね。
誤診断が比較的少ない研究方法なんですね。
なぜかというと、症状ではなく検査で感染の有無を定義しているからです。


【まとめ】しっかりした研究は一流雑誌に掲載される

そろそろ時間なのでまとめます。
この論文では、Test-negative case control design というトリッキーな研究デザインを用いてワクチンの有効性を調べています。

これはいわゆるコホート研究のように、4万人集めてきてワクチンを打った群と打っていない群にわけて、その中で検査を受けて陽性になった人とそれ以外を比べることで感染者数の比率を比較する、ということをしているわけではありません。

まず最初に、検査を受けた人を研究に参加させて、陽性だった人と陰性だった人それぞれに研究前にワクチンを受けたかどうかを聞いて、ワクチンを打った人と打っていない人での感染者の比率を比べるということをしています。

そうすることによって健康意識が一定程度揃っている集団になるということです。健康意識による感染のしやすさの差、すなわちマスクをしているから感染しにくいなども自動的に調整されていますし、ワクチンを受けているような健康意識の高い人は熱が出た時に病院に行きやすいという偏りも調整されている研究デザインです。

このような研究デザインが主流になってきており、ワクチンの有効性を議論する論文が出ています。

この辺を考え出すと結構難しい話になりますが、結論として何が言いたいかというと、このようなちゃんとした研究デザインの論文は一流の雑誌に載るということです。

一方で、そうではない研究デザインのものは、プレプリントもたくさんありますが、どれを信じればよいかわからないことになりがちです。英語の論文のサマリーを DeepL に放り込んで日本語に訳して、結果だけを見て、ということではなかなか正しい判断ができないと思うんですよね、専門でないと。

一定程度以上の査読を経た正しい研究であり、読むに値する研究デザインのものだけが一流誌に掲載されます。その一流雑誌に掲載された論文は、プロが研究デザインをしっかり見て、いろんな偏りがないことを明らかにし確認しているものが掲載されているということを知っておくとよいと思います。

我々が紹介している論文は、雑な比較が行われているわけではなく、かなりいろんな要素が調整されて、完璧ではないにせよ正しくワクチンの効果を推定しようとしているものです。そういうものを集めて紹介しているということを知ってもらえたら、というのが結論です。

安川康介
これは本当に重要な話です。
いま、ワクチンの効果がないんじゃないかという誤解を与えるミスリーディングな情報が溢れています。

例えば、YouTube で7時間で21万回再生された動画があります。
Public Health England の6月23日の時点の資料を持ってきて、ワクチンを受けた人の中でデルタに感染して亡くなった人数を、ワクチンを受けていない人の中で同様に亡くなった人数で単純に割ってみたら、デルタに感染して亡くなった人はワクチンを受けた人のほうが6倍多かったというものです。

ワクチンに否定的な人は、それをもって、ワクチンを受けた人の方が亡くなっているとコメント欄に書き、これだからワクチンは危ないと言っています。

単純に考えれば、イギリスでは、ワクチンを先に受けたのが高齢の方や基礎疾患の方が多いわけです。つまりワクチンを受けた群と受けていない群の集団の中では、すごく大きな偏りがあるんですよね。ワクチンを受けてない人は比較的若くて基礎疾患がなく、ワクチンを受けた人は疾患があってかなり高齢だということもあって、このような結果になっていると思います。

それを全部すっ飛ばして単純に死亡率を比べただけにもかかわらず、ワクチンを受けた人の方がデルタで亡くなっているとか、ワクチンを受けた人のほうが死亡率が高く、ワクチンは危ないんだということを、すごく多くの方が信じてしまうんですよね。コメント欄にワクチンを受けないでよかったということばかり書かれています。

統計の基礎的な知識や、効果を調べる上では2つの群をできるだけ似せるというコンセプトといった基本がわかっていないと、今後もいろんな情報が出てくる度に騙されてしまうのではないかと思っています。

今日の話は多くの人にとって難しかったと思うんですが、すごく重要だと思います。

木下喬弘
ありがとうございます、おっしゃっていただいた通りだと思います。

今回の話は、(研究をできるかぎり)精密にやろうとしているということです。
基本的なところでは年齢や性別は両群で揃えないといけないし、それが揃っていないある種の研究、ワクチンを打った人と打っていない人の死亡率の比較みたいなものを安易に一緒にしてはいけませんよという話かなと思います。

黑川友哉
私も今日の話はすごく面白いと思って聞いています。
そして安川先生のおっしゃる通り、すごく重要な話だと思っています。

治験ではどうしても人数が限られていますが、年齢や基礎疾患のない方を対象にしているなど、いろいろな条件を整えて、厳密にワクチン打った人と打ってない人で症状が出たかどうかを厳密に比較しています。

しかし治験や臨床試験などの観察研究では、かなり多くの方を対象にして実施できるというメリットがある反面、今日 Taka先生がおっしゃったような非常に厳密な調整が必要だったり、細かなことに配慮しながら解析を行わなければならないということを解説いただきました。

データが出てきたからといって安易に飛びつかず、ワクチンが承認された後の実際のデータみたいなものには注意しなければならないというメッセージだったと思います。とても楽しかったです。ありがとうございます。

木下喬弘
本当におっしゃる通りですね。
ワクチンを打った人と打っていない人での感染者の割合を単純に比較するのはめちゃくちゃ難しいことで、打った人と打っていない人でいろんな要素のバランスを取らなければなりません。そのためには目に見える年齢、性別もそうですし、目に見えない健康行動も調整したいわけです。

目に見えない健康行動も一定程度調整できる Test-negative case control design という研究デザインが多く受け入れられているという話でした。これからもときどき疫学っぽい話もさせていただきたいと思います。

15分もオーバーしましたので、この辺りで、こびナビの医師が解説する最新医療ニュースを終わりにさせていただきたいと思います。

ちょっと難しかったかもしれませんが、専門家の評価を得たものを信じるようにしていただければと思います。

それでは皆さん、よい1日をお過ごしください。

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