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「失われた時を求めて」と「プルーストを読む生活」を読む 126

失われた時を求めて

「失われた時を求めて」を読み終えて、初めてマルセル・プルーストと「失われた時を求めて」のWikipediaを読んだ。プルーストその人の経歴や、作品との繋がりについて、想像していなかった事実に触れた。先に知っていたら、作品の印象も引っ張られていたことだろう。読み終えてからでよかった。作品のWikipediaは、あらすじといった感じだった。抜けも多く、これだけ読んでもどんな作品なのか、何が書かれているのかわけわからない。作品を読んだからこそ、理解できるあらすじだと思う。

主人公が何を書こうとしたのか、なぜ書こうとしたのかについては、本編のいろいろなところで何度も語られている。終盤にも一箇所あった。

私の感じる幸福は、われわれを過去から切り離す純粋に主観的な神経の昂奮から生じているのではなく、逆に、そこにおいて過去が再形成され現在のものとなり、残念ながら一時的ではあるが永遠と同等の価値を与えてくれる、そんなわが精神の拡張から生じているからである。 私はできることならこの永遠の価値を、わが財産によって豊かにしてやれる人たちに託したいと思った。

14巻 P276~277

主人公の感じる幸福とは、自然や人工物、芸術作品に触れることで呼び起こされる時間の飛躍、つまり自らに内在する記憶を現在に感じることで、現在と過去が一体化し、この先の老いや死の恐怖を感じる要素を失い(なぜならこの先にも常に過去が同時に存在するから)、精神の安寧と幸福につながるというものだった。

幸福の構造に気づいた主人公が、それを作品という形に書きとめ、人類に分け与えたいと思ったのが動機だった。主人公はヴァントゥイユのソナタや、エルスチールの絵に記された、幸福を誘発する本質を享受している。それを自分なりに文学という手段で形にして、世に出すことが自分の求めていた姿、やりたかったこと、芸術家としての使命だと感じている。

「失われた時を求めて」は、きっとそういう話なのだろう。主人公にとっては膨大な書物が過去であり、そこにアクセスすることで、いつでも過去を現在に蘇らせることができる。読者も主人公の膨大な過去の一面に触れ、どこかしら自らの過去を蘇らせることができる。「失われた時を求めて」という芸術作品は、そういう自らの内側に眠る過去を喚起する装置なのだろう。

他人の人生に触れることで、それも克明に書かれた生活や感情の動きに刺激され、読み手が自らを振り返るという行為は、この読書日記そのものではないか。この場合、主人公に同意するとか共感するかどうかはあまり重要ではない。自分ならこう思う、自分はこうだった、で十分な役割を果たしている。読書の幸福、芸術作品を享受することの幸福が、自らに内在する過去を現在と同一に感じることができる幸福、なのか、ちょっとやっぱり自分にそういう実感があるのか、上手くつかめていない。自分にとって、芸術作品の感動が何だったのか、解明しようとしたことがなかった。

プルーストを読む生活

749ページまで。著者は1年前の、「失われた時を求めて」を読み始めた頃を振り返っている。秋に買って読み始めたそうだ。たまたま僕も10月頃に買って読み始めたような気がする。第一回を振り返ってみよう。

当時は毎日noteに日記を書いていた。10月3日だった。僕はまず、「失われた時を求めて」の本の構造だったり文体に驚いている。「プルーストを読む生活」については、最初から追い抜かれている。

「失われた時を求めて」の読書日記だと思って買って読み始めた「プルーストを読む生活」は、結局「失われた時を求めて」の内容についてほとんど触れられなかった。

著者は「失われた時を求めて」を読み終わりそうで、終わり方を気にしている。文学フリマで「プルーストを読む生活」の上巻を販売するから、その日まで読み終えるのを引き延ばそうかと奥さんに相談すると、「ぐずぐず引き延ばすのがいちばん格好悪いよねえ」と言われ、あっさり読み終えている。感慨は特にないそうだ。プルーストも直後ではなく後になって振り返ったときに感情を呼び起こされるとか、人の意見を引き合いに出してかっこつけている。ここまでのくだり、全部究極にダサい。そんな最後だった。

「失われた時を求めて」の主人公は、根暗で他人を顧みず自分の快楽に従うだけの嫌なやつだったけど、薄ぼんやりと夢見ていたことが長年かけて結実し、まさに天啓が降りたように取り憑かれ、残りの人生死ぬまで書き続ける作家になった。柿内さんは、日記の最後まで柿内さんだった。もはやこれが柿内さんの売りなんだと思う。このあと「プルーストを読まない生活」という名のただの日記が数ページ続いた。

一つ失敗したと思ったことを思い出した。「失われた時を求めて」を読んでいる途中に、うっかり結末を予想してしまって、それがそのまま結末になった。だれでも予想できたような内容だったけど、ネタバレっぽい興ざめが起こる。あんなことは書かなければよかった。覚えていない方は忘れておいてください。覚えている方はそっとしておいてください。

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