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「失われた時を求めて」と「プルーストを読む生活」を読む 103

失われた時を求めて

11巻、266ページまで。バルベックの画家、エルスチールの死にまつわる今後のネタバラシというか、先走りの記述があった。前回のサニエットもそうだけど、まだ死んでいない人がこれから死ぬ話が、この小説ではたびたび登場する。結局スワンはこの時点で亡くなっていたんだっけ。時系列がややこしい。なんでそんなややこしい書き方をするのか。

エルスチールとは、4巻バルベックで主人公が知り合った画家。恋人アルベルチーヌと知り合うきっかけにもなった。そして2巻「スワンの恋」にも登場しており、かつてはヴェルデュラン夫妻が主催する「水曜の会」のメンバーだった。いろんな人物があらゆるところで繋がっている。どこかで相関関係があるおかげで、登場人物が多くてもその存在をなんとなく認識していられる。しかし「失われた時を求めて」で人物相関図を書いたら、ものすごいことになっているはずだ。きっと誰かが作っている。

2巻「スワンの恋」における、スワンとオデットの恋愛模様の裏話が、シャルリュス氏の口から語られる。2巻でシャルリュス氏は、たびたびスワンを助ける人物として登場する。スワンとシャルリュス氏が恋愛関係だと噂になるぐらい親しかった。しかしここでは、シャルリュス氏とオデットの関係が暴露される。これは作中において事実なのだろうか。それともシャルリュス氏のでまかせなのか。そもそもここで語られるシャルリュス氏の話は、2巻と整合性があるのか。読み終えた後に一度、2巻と11巻を照らし合わせて検証してみたい。2巻を読んだのが前過ぎて、細かい内容を全然覚えていない。

シャルリュス氏の口からは、10人のうち3人か4人は同性愛者だという話が語られる。それは古代ギリシャの哲学者に限らず、作中の現代でも、またフランスの歴史上においても数多く存在すると。事例として実在の同性愛者の名前が、次々と挙げられる。10人に3,4人は多すぎるような気もするけれど、いつだったか10人に1人ぐらいと聞いたことがあった。「失われた時を求めて」は、当時悪徳とされていた同性愛の擁護小説だったのだろうか。当時のフランスでどういう受け止められ方をしていたのか気になる。

単純化すると、「失われた時を求めて」では20世紀初頭の社交界、ドレフュス事件(ユダヤ人差別)、同性愛が大きなトピックとして繰り返し語られている。「失われた時を求めて」がどういう小説なのか聞かれたら、そういう小説だと要約することができる。

プルーストを読む生活

545ページまで。何かの引用で「ご機嫌な人は未来を考えやすいのです」とあった。僕がそれを読んで真っ先に思い浮かべたのは、イタリア人だった。イタリア人は未来を考えやすいだろうか。ご機嫌なイメージはある。情熱の国はスペインだった。どちらも料理が秀でている。

昔何かで読んだか誰かに聞いたか忘れたけれど、寒い国のほうが問題解決にシビアで発展すると聞いたことがあった。北欧諸国など。逆に暖かい国は、服や家が簡素でも凍死することなく、植物は勝手に育ち、生存のハードルが低いため物事をシビアに考えなくなると。イタリアやギリシャなど。

だから僕はこの、ご機嫌な人が未来を作る的な意見は間違ってるんじゃないかと思った。イタリアもギリシャもかつて天下を獲ったことがあるから、一概には言えない。

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