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「失われた時を求めて」と「プルーストを読む生活」を読む 105

失われた時を求めて

11巻、395ページまで。ヴェルデュラン邸から帰ってきた主人公は、家で待っていたアルベルチーヌに別れ話を切り出す。その前に、ヴェルデュラン夫人のシャルリュス氏を貶めるくわだてに協力したブリショ、ソルボンヌ大学の教授は、そんなことをしておきながらシャルリュス氏という本物の貴族に並々ならぬ好感というか、敬意というか、憧れのようなものを抱いていた。破綻している。

ヴェルデュラン邸から帰ってきた主人公が、ヴァントゥイユ嬢に会って全て知ってしまった風を装うことで、勘違いしたアルベルチーヌの暴露が始まる。旅行のふりをして別の人と会っていたことなどを聞かされ、主人公にとっては全て初耳の、アルベルチーヌがついてきた嘘の真相を聞かされ動揺する。でも動揺を気取られないように、冷静を装う。いつもの主導権の取り合い、駆け引き、僕はこういうやりとりが心底バカバカしいと感じる。

嘘をついて、相手より優位に立ち、関係をコントロールしようとすることは、卑劣な人間のやることではないか。それを男女関係で行うなんて、そこにあるのは恋愛感情というより独善、わがままではないか。でも世の中には人を支配したい人がそこそこいるようで、僕には全然その気持ちがわからない。

私がアルベルチーヌと別れたいと口に出して言ったのは、私がアルベルチーヌなしには生きてゆけないときだけだったからであり、またバルベックで私がべつの女性を愛しているとアルベルチーヌに告白したときも、一度はアンドレのこと、もう一度は謎めかした女性のことであったが、その二度とも嫉妬のせいでアルベルチーヌへの恋心がよみがえったときだったからである。
11巻 P354-355

こんな人は嫌だ。こんなに回りくどいことをしないといけないのか。主人公は、自らの沽券に関わるとでも思っているのか、自分の気持ちを正直に相手に話すようなことはない。ややこしすぎる。アルベルチーヌの暴露により、アルベルチーヌ自身もだいぶいやしい人間だということがわかる。なぜこんな人同士で関係を続けているのだろう?お互いどうかしてる。

アルベルチーヌはあちこち意見が振れすぎて、虚言も多いため、何が本心なのか全然わからない。主人公が疑いすぎていることもあるんだろうけど、その疑いが正しいこともあったから、尚更アルベルチーヌの気持ちがわからない。アルベルチーヌからは、主人公を利用しようとする意思は見えない。しかし自由奔放に、いろんな女性同士の関係を持ちたい様子は伺える。そして主人公が嫉妬に狂い、そのお陰で主人公とアルベルチーヌの関係は続くことになる。このややこしい不健全な関係はいつまで続くのだ。

プルーストを読む生活

557ページまで。著者がウェブサイトのことをHPと呼んでいる。きっとホームページのイニシャルなんだけど、HPという表記は久々に見た気がした。僕はだいたいウェブページとか、ウェブサイトと呼ぶ。もしくはwebページと表記することもある。HPって言ってたことあったかな?あったとしたら、ネット黎明期の2000年前後だけ。だからHPって言う人は珍しい気がする。

著者は夏風邪をひいて、一週間近く長びいている。そしてついに奥さんに伝染したようだ。僕もちょうど今夏風邪真っ最中で、高熱が出ては寝込んでいた。今は少しましになった。体温を計ったら37.2度だった。僕の平熱は36.3度であり、まだ9分高いことになる。うちの奥さんは風邪とか全然ひかない。同居していてもうつらないから、家庭内マスクはやめた。

著者がYouTubeで音楽を聴いている。YouTubeにしか音源がなかったそうだ。YouTubeで音楽聞くのはときどきやる。iPhoneでのYouTube再生は、有料会員でないとバックグラウンド再生できないため、主にパソコンで開く。音楽を聞くのは、結局レコードで聞くことが一番多い。以前Spotifyに課金していたけれど、奥さんがApple Musicを使っており、同じ世帯で音楽サブスクに2箇所課金するのはもったいないと思ってやめた。Spotifyは、今ほとんどポッドキャスト専用アプリになっている。

著者は体の不調を治すために、鍼灸に通っている。日々のストレスとか、僕はもう満員電車に乗って毎朝会社に通うとか無理だな。よほどの事情がないと、一気に壊れる自信ある。そうなると夏風邪どころではなくなる。

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