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【音楽×珈琲 鑑賞録】4月26日~ノルベルト・ブルグミュラー(ロベルト・シューマン) 『交響曲』第2番

音楽観を鍛える鑑賞録。
4月26日のテーマは、【作曲・演奏】

とりあげる作品は、
ノルベルト・ブルグミュラー(ロベルト・シューマン) /
『交響曲』第2番

です。

アウグスト・ヨーゼフ・ノルベルト・ブルクミュラー
August Joseph Norbert Burgmüller
1810年2月8日 デュッセルドルフ - 1836年5月7日 アーヘン
ドイツの作曲家。

交響曲第2番 ニ長調 作品11 (Symphony No.2 in D-major, Op.11)
ピアノ教則本「易しく段階的な25の練習曲 作品100」で有名なヨハン・フリートリッヒ・フランツを兄にもつ、26歳で早世した作曲家の作品です。
旅先のアーヘンで入浴中にてんかんの症状が出てしまい、溺死してしまったのが死因だそう。
この交響曲は、未完のままだった作品をロベルト・シューマンが補筆して完成させたといいます。
のちの評価で、「シューマン以上にシューマン的」とあり、少なからずシューマンの感性に影響を与えた音楽であったのでしょう。

この音楽を受けて学んだところは、
「いつ死ぬか分からないから、この生に感謝しよう。そして、残したいものがあったら、伝わるように残しておこう。」
ということ。

シューマンは「シューベルトの早世以来、ブルグミュラーの早世ほど悲しいことはない」と語ったそうです。
ノルベルトは、この交響曲第2番の第3楽章までを作曲してあったところで急死してしまいました。
その譜面をみて、シューマンはノルベルトの無念さを不憫に思い、補筆したのだと思います。

シューマンとノルベルトに、親交があったこと。
作曲家として通じ合う想いが共有できていたこと。
作品を完成させてあげたいと思えるクオリティとパーソナリティがあったこと。
こうした粋な図らいができるのは、お互いがリスペクトしあえる関係を築いていたからこそできたものでしょう。

メンデルスゾーンも、葬送行進曲 Op.103をノルベルトのために作曲し捧げたといいます。それだけノルベルトのパーソナリティが愛らしく、作曲家としても惜しむものがあり、悲しみを覚えたのだと思います。

どんなアートワークも、届いたらいいなという想いを載せて作られています。
わたしたち自身の存在もさることながら、リリースされたものが快いかたちで遺っていってもらうための図らいも大切です。
窺い知れない未来を想い、いまここに従事しながらも、そうしたデザインの意匠は凝らせるよう努めていきたいものですね。

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