Car Seat Headrest / Making A Door Less Open (2020) 感想

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そう来たか

Car Seat Headrest。とある層に深く突き刺さるバンドです。よく引き合いに出される言葉(90sオルタナ、ローファイ、Pavement、Weezer...)を羅列するだけでこれは好きなやつだな、と思う層です。首謀者Will Toledoのナード(日本で言うオタクとか陰キャ、というやつですね)丸出しの風貌からしてもう信頼できます。最近はずいぶん垢抜けてしまいましたが。

前作であり2011年作の再録でもあった大傑作『Twin Fantasy』(2018)から2年振りとなる今作を聴いた感想は、そう来たか…でした。

Will ToledoがドラマーのAndrew Katzとツアー中に始めたヒップホップ寄りのサイドプロジェクト、1 Trait Dangerから発展した作品という触れ込みのとおり打ち込み等エレクトロニクスの比重がかなり大きくなり、これまでのバンドサウンド主体の音作りからは一線を画した曲が増えています。友達の少ないBroken Social Sceneとでも言いましょうか。曲自体は決して悪くはないのですが、これまでのある層に刺さりまくる曲たちを上回る出来かというと...そこまでではないと感じざるを得ません。こういう感じなら他にいいバンドがたくさんいます。冒頭の"Weightlifters"からうーんそう来たかー、と思っているところに、アコギとエレキが絶妙なバランスでアルバムの流れで聴くと爽やかという言葉さえ浮かぶギターポップ"Martin"が流れてきた時の安心感たるや。

カタルシス

Will Toledoは前作の「神よ、僕にフランク・オーシャンの声を与えたまえ」("Cute Thing")という歌詞に代表されるようにヒップホップやR&Bといった現代のメインストリーム音楽も健全に通過したうえで尚、ターンテーブルやDTMではなくギター、そしてバンドという特に欧米ではいまやナードしか選ばない(らしい)道を敢えて選んだタイプの人だと思います。上記の歌詞が2011年版では「ダン・ベイハー(Destroyer)の声」だったのに再録時にわざわざ書き直されているところがポイント。

ラップよろしくとにかく語りたいことが溢れており、それをローファイチックな曲に入れ込んでいるため1曲が10分以上に及ぶこともしばしばです。そんなところはボブディランに似た気質の持ち主と言えるかもいれません。しかもそこに乗せられる言葉たちは

なんてネガティブな人間になったもんだ/ただの演技だったのに/もの凄く簡単に滑り落ちていった
僕らは誇り高い種族じゃない/種族と言えるようなものじゃない/僕らは努力しているだけ/家に帰ろうとしているだけ/心から締め出して、考えるのをやめてしまえ/責任感を持ったところで慰めなんてない/酔っ払い運転、酔っ払い運転…/こんなんじゃなくていいー"Drunk Drivers/Killer Whales"『Teens Of Denial』(2016)
「ほどんどの人はジョークみたいなもんだけど、君はとてもリアル/僕が「君」という言葉を使うとき/大体は君のことを歌ってるんだよ」-"Nervous Young Inhumans"『Twin Fantasy』(2011、2018)

のようにああ生き辛いんだな、と思わせるものばかりです。それを絶妙なボーカルのフロウと緩急豊かな構成・演奏で感情をそのままに、どころかこちらの感情をも無理やり曲と同化させてカタルシスを生むところがこの人たちの魅力でした。

残念ながら今作では大胆なエレクトロニクスの導入という新しい試みによって書かれた曲により、そうしたこれまでの魅力が薄れてしまっているというのが感想です。歌詞は相変わらず世間への鬱屈に満ちたウジウジしたものですが何かが物足りない。恥ずかしながらMatadorからのデビュー前、Bandcamp上でリリースされていたアルバム群はまだ聴いていないので特に新しい要素でもなかったらどうしよう。

おススメ曲

その1:Life Worth Missing

アルバムの9曲目に位置する、エレクトロニクスの導入という今作の試みが成功した曲。ベタですが後半に向けて盛り上がっていく展開はアルバムの流れて聴くとまさにクライマックスです。

※今作はレコード、CD、ストリーミングでそれぞれ曲順、収録内容が異なるため上記はCD版の曲順ですが、どの形態でもこの曲が終盤に位置するのは変わりません。そんな面倒なことをした理由もMonchicon!で訊いてくれています。

その2:Weightlifters


アルバム1曲目。イントロからバンドサウンド主体の旧作との違いが鮮明になります。今作の音の変化を象徴するような曲でありオープナーとしては非常にいいと思うのですが、以降"Life Worth Missing"まではああそう来たか、と冷静に聴いている自分に気づきます。

顔が真っ赤になってクソみたいな気分で目が覚めた/自分の平凡な顔を見たとき/ウェイトトレーニングを始めるべきだと思った/心が身体を変えられると信じているから

その3:Martin

アルバム中盤で登場する今作1ポップな曲。とても安心感があります。このMVに登場するガスマスク君がWill Tredo扮するTrait君だそうです。タイトルがMartinなのに歌詞にJustinという人名しか登場しない理由はMonchicon!のインタビューで語られていました。


点数


6.0

個人的にはCymbals Eat Guitarsの(結果的に)最終作を聴いた時のような気持ちになりました。全体として悪くはありません。が、新しい試みをしたアルバムにありがちな、それまでの曲群に並ぶレベルに達していないように感じられるためイマイチ乗り切れない、というアルバムです(同じ系統の代表的なものにはArctic Monkeysの3rdなどがあります)。今作とは反対に、エレクトロニクスの世界からロックにアプローチしたMura Masaの2ndアルバムの方が断然素晴らしいです。しかし勿論新しい路線を開拓すること自体を悪と考えている訳ではありませんので、これからもナード界の星であり続けてほしいです。

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