けもの道
脚本 二人芝居
A: 軍服を着ている兵士 20歳くらい。男
B: 女
A: ……お前
B: なあに?(振り返る)
A: もう、お前を追いかけたくはない
B: 君の小さな頃は逆だったもんね。懐かしのおいかけっこでもする?
A: そうじゃない!俺は……俺は、お前を殺すために軍服を着たんじゃない!
B: 知ってるよ
A: ターゲットなんかにしたくはなかったんだ
B: うん
A: 俺をこのけもの道で拾って、育ててくれたのは、お前だ。こんな、なんにもない森でお前はずっと俺を育ててくれた
B: 同情したら殺しにくくなるんじゃない?
A: 分かってるよ!でも言いたくなったんだから聞いてろ!
B: あはは。分かったよ聞く聞く。で?
A: 俺は、お前に恩返しをしたかったんだ。だから入隊して兵士になった
B: そうだね。今年で入隊して3年だ。異例の速さで昇進していった君は、国の秘密について知ることになる
A: ……お前は、魔女なんだな?
B: うん
A: なぜ、魔女を殺す必要がある
B: ありゃ。聞いてないの?仕方ないなあ、大魔法使いが教えてあげよう。それはね、怖いからだよ
A: お前がか?
B: 自分より強くて長生きで、人間には使えない奇跡が使える魔女……ああ違うね、そんなんじゃない。人間ではないのに人間の見た目をした生き物は、排除したくなるものなんだよ
A: 種の存続のために?
B: よく覚えているね。そうだよ
A: だが俺は、お前を
B: 私は君を殺せるよ。今すぐ
A: ……知ってるよ
B: 君の記憶に私がいる限り、私は君の精神を崩壊させて自殺に導ける
A: その秘術は上司から聞いた
B: 私の存在は脅威にしかなりえないんだよ。分かってるよね
A: ……あはは。そうやって突き放すんだよね。いつも。お前はなぜこんな森に住んでいる。それは、人間に自分の記憶を残させないため。お前はなぜ俺に兵士になるよう勧めた。それは、俺を人間社会に戻すため。お前はなぜ名前を教えなかった。それは、俺の記憶の中に、名前という最も強い記憶を残させないため。合ってるだろ?
B: ……間違いだよ。全部間違ってる
A: じゃあ訂正してみろ
B: 私は森に住みたくて住んでる。兵士は、君に向いてると思ったから勧めた。私の名前は、聞いたら死ぬから教えなかったんだよ
A: 言ってみろよ
B: 言わない
A: なぜ
B: 君が死ぬから
A: 今すぐ殺せるんじゃなかったのか
B: それとこれとは話が別!もー殺せばいいよ!ほら!本当君ってめんどくさいなあ!(兵士が持っている銃を自分の胸に突きつける)
沈黙
A: ……実はこれ、潮風で錆びて駄目になった銃なんだ
B: なぜそんなものを私に向けていた!?(銃をはたき落とす)
A: 戦う意思がないことを示すためだったんだが……。お前なら分かると思ってた
B: 最先端の武器は分からないよ!私何年森に引きこもってたと思ってるの!?
A: 知らない
B: そうだよねー知ってる。知らないことを素直に知らないと言えるのは良い子だね。ちょっとかがんでみな?
A: (かがむ)
B: いい子いい子(頭を撫でる)。懐かしいね。昔はもっと小さかったのに、こんなに大きくなっちゃってさ
A: お前、俺はもう子どもじゃ
B: (もう片方の手で目を塞ぐ)おやすみ
(倒れ込む兵士)
B: ……さっき言ったこと、全部正解だよ。大正解。凄いなあ。流石私が育てただけあるよね。でも、情もなくさないと一人前の兵士とは呼べないなあ。私がお手本になってあげる。起きたらちゃんと弔ってね
B: (兵士の内ポケットからナイフを取り出す)
B: ……。……私のあげたナイフ、いつまで使ってんの
B: (心臓を突いて、兵士の頭を撫でながらゆっくりくずおれる)