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自分らしく生きるために

初めての記事。最近の自分の生き方に行き着いた経緯やそうにしてみて感じていることを書こうかと思います。

私は海なし県に住む30代後半の女です。ずっと転職を繰り返しながらも定年まで続けられる仕事を探していました。
しかし昨年、工場勤務で5年目を迎えていた私は「このままあと30年近くここに居られるだろうか」という不安を感じるようになりました。身体的に衰えていくことに対してはもちろんですが人としての成長、内面の成長がもうここで止まってしまうのではないかと、とても不安になりました。
雇われて仕事をいただいているという立場をわきまえずに毎日同じ不満を口に出し、勤続年数を重ねた人ほど仕事での態度が身勝手になっていく。それを若手が気を遣ってマルチに動かざるを得なくなるという現状に、疑問を抱き続ける日々でした。職場で周りを見ても輝いてる人などおらず、自身も周りから聞こえてくる不満の雑音に嫌気がさしていました。

ー自然の中で仕事がしたいー

疲れた先に浮かんだ最後の光でした。
退職届を出してどんな仕事があるのかたくさん調べて、農業、漁業、酪農、猟師…地域おこし協力隊などもあることを知りました。興味の向くままにわな猟の免許を取り、ふるさと回帰フェアなどの移住相談会にも足を運んでみたりしました。趣味のバンド活動のライブ予定もあったためそれをこなすまでは県内に居なければならず、農業の手始めとして短期アルバイトを始めました。

とりあえず農業にふれてみた

初めての農業はこんにゃく芋の掘り取り作業で機械で掘り起こした芋を木子と売り玉に分けるというもの。ふかふかな土の畝を何度も跨ぎながらの往復、作業着はどういうものが必要なのか、雨天の翌日は湿った土の上での作業、強風の中で砂埃を浴びながらの作業、カイロを貼りながら寒空の下での作業、、全てが初めてでした。

毎日場所は変われどほぼ同じ作業でしたが全く飽きなかったし、行きたくないと思うこともありませんでした。拙くも日本語で笑顔でいつも話しかけてくれるネパール人の実習生たちがいることや力仕事は男性がしてくれたりといったサポートがあったおかげもあるかと思いますが、少なくとも工場に居続けるよりは居心地の良い日々でした。

私にはこういうスタイルが合ってるかもしれない」。自分の選択が間違えてなかったと思えた日々でした。

初めて知るライフパターン

そこでシーズンごとに仕事を変えるライフスタイルを持っている人たちと出会えました。彼らは春夏はラフティングスタッフ、秋に畑仕事、冬はスキー場でコーチングなり小屋仕事をして生活しています。
自分らしく生きる選択肢ってまだまだ色々あるということを知れて心強さに近い安心感ももてました。

そんな中、たまたま一方的に知っていた脱サラ漁師さんが「後継者を探しているみかん農家さんがいる」といった情報をSNS上に発信していて、すぐに私はコンタクトを取りました。農業をしたいと思っていてもやりたい作物はまだ決まってない状態でしたが、もうすでに果樹がある状態でそれが育つ時間を省けるならいい話だと思ったからです。

そこで私のお試し移住生活が始まるわけですが、こういう人生の選択をしてみて、私は今まで自分で自分の人生の枠を固めてしまっていたんだということに気づきました。
ここ3年くらい自分自身と向き合って自分のことを知るように意識してきたからこそ選べた道だとも実感しました。もしまだ生き方に疑問をもっていたり今の生活に疲れている人がいたらまず立ち止まって、まっさらにしてみるのも良いと思います。「こうじゃなきゃいけない」っていう生き方はありません。みんな違う人間なんだから。

次回からはお試し移住のことを書いていこうと思います。読んでくださってありがとう。

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