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【サラリーマン】から【個人事業主】になった理由

こんにちは。
琴葉です。
今回は、【サラリーマン】から【個人事業主】になった父親について話していきます。

父は昔からやんちゃでバイクレースやお祭りなど楽しいことには一直線に取り組んで楽しんでいたと話していました。
工業高校を卒業し、お兄さんの紹介でトヨタの会社へ就職しました。
そんな中、トヨタで母と会い恋に落ちたそうです。
父はそれまでやんちゃをして遊んでいましたが、母や家族のことを第一に考えて全てを変えて行動しました。
第一子、長女が生まれるとわかると、「トヨタ」の仕事をやめ、【個人事業主】となり、手に職をつけました。
普通、「トヨタ」そう聞いただけでとてもいい会社一生入っていたいと思います。が、父はそれでは母のそばにいられないと考えたそうです。

もちろん、最初は収入が低すぎて、よく生活できるなというレベルまで下がったと母は話していました。
第二子次女が生まれ、アパートでは狭く、4人川の字で寝て過ごしていたそうです。

流石に狭すぎて、家を持つことにしました。
その時の収入も月により売り上げが違い、奮闘する日々が続いていました。

家の経費も個人事業主だったことから事務所件、家として一軒家をいただきました。
そんな中、第三子、末っ子の自分が生まれました。

3人の子ども、母を養いながらさぞ大変な日々を送っていたんだろうなと思うような出来事は正直たくさんありました。

お金がなくてぶつかっている父と母親を見て育った三姉妹はそんなものを欲しがらなく最低限のものを買って過ごしていました。
母からは父親が【サラリーマン】から【個人事業主】になったことで収入が不安定になったと話していました。
だから、絶対に安定した大きな会社に入りなさい、「ブルーシートで生活するような人になりたくなかったら勉強しなさい」と耳が痛くなるほど言われました。
なりたくない理由で勉強する気がまったく起きず、なんのために生きるのかわからない時にふと人を救うためになら勉強できるとわかり、勉強をするようになりました。

社会人となり、就職し、いろんな経験を経たあと、夢を目指している中でいつの間にか、【個人事業主】となっていました。

なった今、本当に今更ですが、父になんで大手のサラリーマンだったのに【個人事業主】になったのかを聞きました。

「【サラリーマン】である俺よりも【個人事業主】である俺の方が家族と過ごせる時間が多い。」
「何かあったらすぐに駆けつけられるだろ。」

本当に家族を想って行動してたんだなと感じた日でした。

確かにいきなり家族が体調悪くなったときに一番に駆けつけてくれるのは父親であった。

言葉数少なく、ものすごく不器用で、正直未だに家族の中でいるのは私だけであろうと思う今日このごろ。

私自身も、そんな父親のような家族思いの母親になりたいと強く思いました。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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