アニメ「BANANAFISH」感想
アッシュ・リンクスは光か?
思ったんだけど、アッシュは英二に出会うまで、本物の光を見たことがなかったんじゃない?
(※オタク、軽率に光とか闇とか使いがちだけど定義が曖昧なので、とりあえず本文中において「本物の光」とは、"才能や外的環境に関係なくどこにいても周りを救う存在"とします。)
彼の住む世界はあまりに悲しくて闇深くて冷たいから、光が寄り付くはずもなかった。で、そんな暗闇の中でアッシュは擬似的な光として扱われた。アッシュのカリスマ性、強さ、才能を見れば光だと勘違いしてしまうのもまぁ仕方ない。みんなアッシュと同じで、本物の光を知らなかったんだもんな。
でも問題は、アッシュは光じゃなかったこと。いや、確かに輝いてはいるんだけど、例えるならば太陽のような力強い光じゃなくて、月みたいな静かな光。太陽(=守るものや愛する存在)があって初めて輝くんだよ。もちろん彼のカリスマ性や強さは偽物じゃないし、その才能や人間性が彼を輝かせてたんだと思う。それに頭がいいから光として求められてることを察して、そういう振る舞いを無意識的にしちゃってたのかもしれない。でも、本物の光になるにはアッシュの人生や環境は暗すぎた。
で、人々はアッシュを光として愛してたんだけど、だんだん愛の形が多様化していくんだよね。(この辺の愛の多様性がバナナフィッシュでは割とガッツリ描かれていて僕はうれしい)崇拝や尊敬みたいなポジティブな愛だけなら良かったんだけど、嫉妬や欲情のようなネガティブな愛が生まれてしまった。この愛にアッシュは苦しめられてきたんだな〜〜〜。愛っていえば聞こえはいいけど、結局「愛してる」という便利な言葉をずるく使って、アッシュを消費してるだけじゃん…みたいな奴が多すぎるんよ…この作品…。
アッシュ、あまりに男どもの欲望を受けすぎぃ!みんなすーぐベルトカチャカチャやるんだから!!!やめろ!!!!散れ!!!!!!誰もアッシュの本質を見ようとしないじゃないか…泣 いやそんなことある?きつすぎん?人々が、アッシュの中に救いを(勝手に)見い出すのほんとに生々しくてヒェ…ってなった。救済を得た人間が光を神格化するのはまぁ自然な流れだけど、アッシュは本物の光ではなかったし、そもそも人間なんだよな。
まぁとにかく、本物の光じゃないアッシュとって、これは苦しみでしかなかった。みーんな、アッシュの可視化できる部分(外見の美しさとか戦闘能力とか)ばかりに気を取られて、誰も自分を本当の意味で見てくれない、わかってくれない(わかろうとすらしてくれない)ってかなり地獄だよね。誰といてもアッシュは孤独だったんだろうな...もちろん親友や仲間はいるけど、彼らとは背中を預け合う仲…というか、弱い姿を晒せる関係ではないじゃんか。もちろんそんな関係も最高に尊いし、アッシュにとってリンクスグループのみんなは本当に大切な存在だったのは間違いないんだけどね。
で、ここで英二登場です。英二と出会って、アッシュは光である必要がなくなった。だって英二が本物の光だもんな。アッシュは自分が勝手に救いとされてることを気付いてたし、悟ってた。(諦めてた…の方が近いかも)でも英二は自分が光であることに気付いてない。太陽は自分が光ってることを自覚しないのと同じなんだよな、いや太陽の事情は知らんけど。そんな英二をみて、アッシュは本物の光を初めて知ったのではないでしょうか。そりゃ英二に夢中になるよな。当たり前だわ。今までの暗い彼の人生からすると、英二の光は危険すぎるまである。しかも、そんな存在が自分を愛してくれるんだよ?そんな最高なことある?ほんとによかったね〜〜〜アッシュ!!!アッシュの人生が初めて報われた瞬間だっただろうなぁ。経験してきた絶望が深ければ深いほど、幸せを味わった時の絶頂も深くて気持ちいいんだろうし………彼が生まれて初めて幸せだと実感したあの宝石みたいな瞬間を切り取って宝箱に閉じ込めたいね。
ていうか前述したように、アッシュは月タイプだから太陽タイプの英二に出会ったことで、発光量はレベチになるよな。
終盤にさ〜ブランカだっけ?「英二はお前を救うために生きてる訳じゃない」みたいなこと言ってたけど、まじしんどすぎて変な声出た。いや正論なんだけど、それアッシュに言っちゃう?ていう……。アッシュはみんなが勝手に自分を救いにすることに苦しんでたはずなのに、本物の光の前では自分も英二にすがってしまうしんどさな……皮肉がききすぎてるのよ。もちろんアッシュが英二に一方的に寄りかかってた訳じゃないけどさ〜人間は結局、光に抗えないんだな...って思いました(オチが弱い)
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