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応募作品供養「侍がやってきた日」

こちらは今年のImagine Little Tokyo Short Story Contestの応募作品です。 がんばって書いた作品なので供養のためここで公開します 笑


「実は、お前は〇〇族の末裔なのだ」
 ファンタジー映画なんかで聞いたことあるセリフ。こういうシーンは、事実を告げる側はなんだか誇らしげだけど、主人公の方は大抵「そんなこと言われてもどうしたら」って顔をする。

 僕には、主人公の気持ちがちょっとわかる。

 ものごころついた時、おばあちゃんに「あんたは日本人の血を引いてるんよ」と教えられて同じことを思ったから。

 その昔、おばあちゃんのおばあちゃん世代の人達が日本から移住してリトル東京を作ったのが始まりらしい。でも、僕は生まれも育ちもアメリカで、国籍だってアメリカ人。自分が“日系五世”と聞かされても「ふーん」程度だったのが本音だ。

 幼い僕にとって“日本”とは、つまりリトル東京だった。寿司・天ぷら・ラーメン・しゃぶしゃぶ……おいしい日本食レストランにマンガやアニメのグッズが揃ったお店。“日本”は“遠い外国”というよりすぐ身近な「胸がワクワクするなにか」であって、それで満足だった。

 ……はずなのに、行った事もない外国に自分のルーツがある、その事実は、年齢が大人に近づくほど僕の輪郭をボヤかしているように思えてきて、高校生になって気づけば日本語を第二外国語に選んでいた。大学生になった今も、本やネットで日本の歴史や文化の勉強を続けていて、友達からは「日本オタク」と呼ばれている。

 日本を ――自分の起源を学ぶことで、バラけたパズルが一枚の絵に繋がるみたく、僕って何者? というモヤモヤを解決できるかも、そんな期待をしてるんだと思う。


 その日は空が無限に青かった。お昼を食べにやってきた“日本村広場”の入り口で見上げると、空の青に“火の見やぐら”の朱がよく映える。あぁ、いい日だ。自分の細胞というか、そういう原始的なものが悦んでる心地がする。空気をいっぱいに吸い込んで胸をそらす。

 青い空、朱いやぐら、それから、灰色の侍。……僕は目を疑った。やぐらの屋根に和装の男が、二つの映像を繋いで合成したみたくパッと現れたんだ。

「うぉおお! なんじゃ、ここは!?」

 やぐらの下にも響く大声で侍は慌てている。あ、日本語だ。

「あ、あのー、大丈夫ですかー!」

「む!? なんじゃお前ぇは!」

「降りられますか! 人を呼びましょうかー!」

 侍はうむむと考えた後、

「いらん!」

 と叫び、やぐらの輪郭をなぞるようにスルスルと降りはじめた。身のこなしは随分と軽く、ある程度の高さまでくるとパッと飛び降りてきた。素早く体勢を起こしたかと思えば、通行人を見るなり「やや、異人!」と短く叫び、やぐらの柱に身を隠している。せわしない人だな。

 格好は、灰色の小袖に紺の半袴。「二世ウィーク」はまだ先だし、仮装にしては色が地味。だいぶ着古された普段着という感じだ。歳は……僕と同じか少し上くらいだろうか。

「あの……大丈夫ですか?」

 僕が近寄ると、侍は後ずさり、

「誰じゃ! お前ぇは」

 と刀を抜くような構えをとったが、その手はスカスカと空を切る。

「む! 刀がない!」

 ……よかった。今、刀がなくて。 

「ま、まぁ、落ち着いて」

「わしは落ち着いちょる!」

「僕は、スティーブ・ハシモトです。あなたは?」

「何、すてぶ?」

「スティーブです」

「珍妙な名じゃ」

「あぁ、僕は日系人なので」

「む? “にっけい”っちゃなんじゃ」

「え? 日系アメリカ人ですよ」

「「……?」」

 僕らはお互いを“怪しい”と言う目で見ていた。同じ言語のはずなのに話が噛み合わない。

「そういえば、なんでやぐらの上に?」

「知らん」

「え?」

「気づいたらあそこにおった。心底たまげた」

 やっぱりおかしな人なのか。でも、彼は僕が見ている前で突然やぐらの上に現れた。あれが見間違いじゃなかったとしたら……。

「じゃあ、それまではどこに?」

「家じゃ。茶を飲もうと縁側に座ったら、突然、じゃ」

 まるでSFだ。怪しみながらも、どこかワクワクしている自分もいる。それが本当なら、彼はワープ……いや、タイムスリップしてきた本物の侍とか? あぁ、それは流石に空想が過ぎるかな。

 そうこうしている間も、侍は近くを人が通ると

「おのれ! 異人め!」と、いちいち警戒してかかる。

「異人……って、外国人が嫌いなんですか?」

「当然じゃ。黒船のへろり提督が日本を無理やり開国させてから、異人をようけ見る。奴らいずれ日本を乗っ取るつもりなんじゃ」

 へろり……あぁ、ペリー提督。そして外国人を日本から排除しようとする攘夷思想。どうも、この人は幕末の侍 ――あるいは、そう思い込んでいる人、らしい。

 この時、僕は二つのことを決めた。

 一つは、とりあえずはこの人が落ち着くまで一緒にいてあげること。

 こんな危なっかしい人、一人にしておけないし、強がってるけど本人も不安なのかもって思ったから。英語も喋れなさそうだし。 

 もう一つは、ひとまずこの人を本物の“幕末の侍”だと思うこと。

 事実はともかく本人は本気でそう思っているようだし、話を合わせた方が色々スムーズそうだ。それに、生粋の日本人には違いないだろう。

 もしかしたら、この人と関わってみることで、僕のアイデンティティの、ヒントの……そうだな、欠片くらいなら見つかるかも知れない。


 グゥッ。


 僕たちのお腹が同時に鳴った。そういえば、お昼を食べに来たんだった。

「あの……」

「なんじゃ」

「お昼にしませんか」

「腹なぞ空いちょらん……」

 言い終わらないうちに侍のお腹がまた鳴る。

「本当に?」

「こりゃ……なんでもない」

「もしかして、お金もってないとか?」

「……」

 図星のようだ。家でくつろいでたら、いきなりやぐらの上だもんな。

「お金なら僕、出しますよ」

「……情けをかけられては侍の恥じゃ」

「まぁまぁ」

 強がる侍をなだめ、やぐらのすぐ足元のお店でたこ焼きを一舟買う。

「こりゃ、なんじゃ」

「何って……たこ焼き」

「蛸焼?」

「中にたこが入ってます」

 侍は訝しげに、たこ焼きをじぃっと見ている。日本の食べ物なら馴染みがあると思ったけど、後から調べたらたこ焼きは1930年代発祥らしい。

「ほら、おいしいですよ」

 睨むばかりで一向に手を伸ばそうとしないので、僕が一個食べてみせた。うん、熱い。けど、おいしい。

 侍は、意地と食欲が闘っている様子だったが、やがてソースの香りに屈したのか、楊枝の刺さった一個を手に取り、サッと口に放り込んだ。僕が「熱いから気をつけて!」という間も無く……。

 でも、さすが侍と言うべきか。ひと噛みして中身の熱さに驚いた様子だったが、グッと黙って耐え、口にヒューヒュー空気を入れて、熱を冷ましている。すごく、すごく……涙目だけど。

 うぐっ、と侍がようやくたこ焼きを飲み込んだ頃合いで声をかけてみる。

「どう……ですか」

「熱い」

「ですよね」

「だが……うまい」

 僕は、心の中でホッと息をついた。

「一体どこなんじゃここは。こねーなうまいものがあるなんて」

 今度は少しずつ齧るように残りのたこ焼きを食べながら侍が聞いてくる。

「ここは、リトル東京です」

「り、とお……とうきょう?」

「ここは日本じゃなくて……へろり提督の国です。そこに日本人が移住して作った街。それも、多分あなたの時代から百年以上も後の……」

 自分でも変なことを言っているのが分かる。でも、この人が“幕末の侍”なんだったら、そういうことなのだ。

「へろり提督の国? なしてわしが“めりけん”におるんじゃ。それに百年以上経っちょる? 今は、安政何年じゃ?」

「安政は……確か、今から160年ほど昔です」

「お前ぇ頭でも打ったか?」

 心配そうな顔で侍が聞いてくる。分かってます、そんな目はやめて。

「ふむ」

 侍は腕組みをして、しばらく考え込んだ後、

「すると、お前ぇからすりゃあ、わしゃ大昔の人間ということか」

「そうなりますね」

「そねーな事をお前ぇは信じるのか?」

「正直、難しいです。でもとりあえず信じた方が話は早いかな、と」

「一理ある」

 こうして、疑い合っていても仕方ないので僕らはお互いを“昔の人”“未来の人”として扱うことを認めた。

「ここが“めりけん”なら、いわば敵の懐に入ったっちゅうことじゃ。奴らに侍の恐ろしさを教えちゃるのもええな」

「怖いこと言わないでくださいよ」

 意外と物分かりがいいなと思ったらこれか。心の中で小さくため息をつき、空になったたこ焼きの木舟を捨てるゴミ箱を探した。

「それで、これからどうしましょう」

 ……返事はない。振り返ると侍がいなかった。ちょっと目を離しただけなのに。現れた時みたいにまたどこかへ消えた? それならいい。でも、さっき言ってたこと。侍の恐ろしさ云々を実行するつもりなら、大変な騒ぎになってしまう。

 頭がグルグルして動けなくなっていると、日本村広場の少し奥から怒鳴り声が聞こえた。


「なんじゃ! 何をするつもりじゃ!!」

 いた! 紅白の提灯が頭上に浮かんだ円形の広場に人だかりができている。侍は、その中心でスマートフォンを自分に向ける人々を威嚇していた。

 見つかってよかったけど、そうも言ってられない。侍は、お土産屋の店頭にある刀にチラチラ目線をやり、手に取る機会を窺っているようだ。これはまずい。もちろん本物の刀じゃないけど、あれで周りの人を襲ったら大怪我させてしまうかも。

「ちょっと! ちょっと待って!」無我夢中で、間に入った。

「む、すてぶ!」……スティーブです。いや、この際どうでもいい。

「この人たちは危なくないです!」

「何を! 此奴ら、この小さな武器をわしに向けちょる!」

「それは、写真……あ、いや、絵! 絵を描く道具です」

「絵じゃと!?」

「そう、あなたが色男だから! みんな絵を描きたいと」

「……何?」“色男”と聞き侍の表情が少し緩んだ。こういうところは素直で助かる。

 侍は、むっと口をつぐんだまま周りの人たちの顔を見渡す。

「Wow」「Samurai」と小さい歓声が上がった。

 言葉はわからなくても喜ばれている空気を感じたのだろう。侍が警戒を解いたのが分かった。――もう大丈夫だ、そう思った瞬間、なんと侍はダッと駆け出し刀を手に取ったのだ。

「ちょっ!!」慌てて止めようとする僕を侍は手で制止し

「なら、この方が様になるじゃろう」と刀を構えた。

 周囲からワォと歓声が上がる。侍はギュッと口を結び仏頂面を保っているけど、頬は紅くなって小鼻がピクピク動いている。気を抜くとニヤけてしまうんだろう。周りの人たちは大盛り上がりのまま侍の写真を撮り始めた。

 肩を組んでくる若者たち、「Thank you! Samurai」と足元に抱きついてくる小さな男の子、熱烈なウェルカムムードの中、時折(どうすりゃええんじゃ)と困った顔をしながらも、侍はひとつひとつに応じていった。


「異人は、やっぱり嫌いですか?」

 その場が落ち着いて、どちらともなく歩き出したタイミングで聞いてみる。

「……」

 答えなかった。そんなすぐに心変わりはしないか、と思っていると

「さっきの連中は……嫌いとまでは言わん」

 侍は、咳払いでごまかしながら小さめの声でそう言った。

「……ならよかったです」僕は、なんだか嬉しくなった。

「すてぶよ、なして見ず知らずのわしにそねーに良うする?」

 ふと足を止め、今度は侍が尋ねてくる。

「え?」

「捨て置きゃあよかったろう。わざわざ面倒を見たんはなしてだ」

 そういえば、なんでだろう。確かに他人だし、放っておくこともできた。

「うーん……なんだか、そうしないと落ち着かない気がして」

「なるほど。お前ぇは”お節介”なのじゃのぉ」

 侍がフッと笑った。

 

 不思議だ。――お節介。その言葉が風鈴の音みたく胸に響いた。見知らぬ人のために一生懸命になってしまう日本人の気質、それが僕の中にも生きてるのか。お節介な日系人……か。うん、悪くない。

 自分は何者か? の答えがひとつ、見つかったような気がした。


「あぁ、たこ焼きは実にうまかったで」

 思い出したように侍は言った。見るとその姿が足元から段々と消えている。あぁ、帰るんだな、なぜか直感的にそう理解した。向こうもそうなんだろう。お互い不思議なほど落ち着いている。

「よかった。また、食べにきてください」

「今度はちゃんと銭を持ってきちゃる」笑いながら侍は言った。

「あの……ありがとうございました」

「うん?」

 なぜわしに礼を? と小首を傾げたまま侍は消えた。


 肩の力が抜け、ふぅと息を吐いた瞬間、僕のお腹が鳴る。たこ焼き、半分ずつだったもんな。よし、ラーメンでも食べにいこうっと。


 気持ちいい晴れ空のリトル東京を僕は背伸びをしながら歩いていった。

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