見出し画像

『顔晴れ』


○○:はぁ...

新卒で入った会社で働き始めてもう3年
入社した当時の想いなんて、もうどこかに行ってしまった
残業は少ないって説明会で言っていたけど、実態は月50時間残業なんて当たり前
同僚や先輩のミスを被ることなんて日常茶飯事…
なんのために生きてるのかすらわからなくなる


ピロリン

誰だ...?
なんだニュースアプリの通知か...
ん?

▶乃木坂46 新シングルのセンターは賀喜遥香!


ん?...ん!!

その名前には見覚えがあった
なぜなら...






俺の小さい時の幼馴染だから...


~~~~~~~

ピンポーン

○母:○○~、出てくれる?

○○:はーい


ガチャ
遥香母:あっ、こんにちは

○○:こんにちは!

遥香母:お母さん居る?

○○:います!
お母さ~ん

○母:はーい...
あら、こんにちは

遥香母:この度お隣に越してきた賀喜と申します
わからないことも多くご迷惑をかけてしまうかもしれませんが、よろしくお願いいたします

○母:ご丁寧にありがとうございます
白石です、何か困ったことありましたらなんでも言ってくださいね

遥香母:ありがとうございます!
そういえば...さっき出てくださった息子さんいくつなんですか?

○母:今年6歳になるんですよ
○○~

○○:はーい

○母:ちゃんと賀喜さんに挨拶した?

○○:したよ!

遥香母:元気な挨拶でしたよ
ほら、遥香もちゃんと挨拶しなさい

『遥香』
そういわれた子は恥ずかしがりながらお母さんの陰から顔を出し...


遥香:...こ、こんにちは...

○母:あら、かわいい子!
いくつなの?

遥香:...4しゃい

○母:4歳か~、可愛いね~
ヨシヨシ

遥香:えへへ...

○母:可愛いね~
○○!仲良くしてあげなさい

○○:うん!よろしくね、遥香ちゃん!

遥香:...うん

遥香母:ごめんね…この子人見知りで...

○○:大丈夫!
向こうに公園あるんだ!一緒に行こ?

遥香母:いいよ、ほら遥香行ってきな

遥香:...うん

○○:やったー!お母さん行ってきまーす!

○母:行ってらっしゃい、気を付けてね~

○○:うん!
遥香ちゃん!行こ!

ギュ

遥香:あっ...待って~


遥香母:近くに年の近い子が居てくれてよかったです

○母:こちらこそ!ここら辺は高齢者が多いので...
あの子もずっと一人で遊んでいたので良かったです!

遥香母:そうなんですね

○母:姉もいたんですけどね...
子役やりたいって言って○○が2歳の時に家を出ていってしまって...

遥香母:子役ですか!?すごい...

○母:いえいえ...
夫がやらせたかったらしくて...私は反対したんですけどね

遥香母:そうでしたか..

○母:○○はずっと寂しがっていたので、遥香ちゃんが来てくれて嬉しいですよ

遥香母:遥香も極度の人見知りなので、初めて会った子とあそこまで仲良さそうに行ってくれて嬉しいです

○母:少し強引な気がするんですけどね...

遥香母:ふふっ


○○:遥香ちゃんはどこから来たの?

遥香:…おおさか

○○:おおさか?...どこらへん?

遥香:...どこだろう?
でもね!たこ焼きがね!おいしいところなの!

○○:そうなんだ!いいなぁ..たこ焼き食べたいなぁ

遥香:ママが作ってくれるの、すごくおいしいから今度一緒に食べよ?

○○:いいの!?食べたい!

遥香:やった♪
あっ!ブランコ!

○○:やる?

遥香:うん!

○○:じゃあ押してあげるね!


それから遥香とほぼ毎日一緒にいた
遥香が小学校に入学した後も...


遥香:〇兄~!あ~そ~ぼ~

○○:ちょっと待ってて~

遥香:じゃあ○兄の絵、描く~!


遥香は運動神経もよかったが、絵もすごく上手に描く子だった
俺がここで勉強をしていると、向かいに来て絵を描いてくれた



そんな楽しい毎日を過ごしていたが、転機は急に訪れる...



○母:はぁ!?家を売った!?
ちょっとどういうこと?

○父:麻衣を次の芸能事務所に入れるには早急に金が要るんだ!
だから売った

○母:意味わかんない!
私と○○はどうするの?

○父:...知らん

○母:は?知らないって...

○○:お母...さん

○母:ごめんね、○○
ちょっと隣の賀喜さんの家に行っててくれる?

○○:うん...


○母:お金必要って言ってたけど、あなた仕事は?

○父:ん?辞めた

○母:辞めたって...
じゃあ今までどうやって暮らしてたの...

○父:麻衣が稼いでくれるからな
そのサポートを...

パシン

○母:信じらんない!
もうあなたにはついていけない

ドン

○母:離婚します
これにサインして!

○父:わかった

○母:あっさりね

○父:そりゃそうだろ
もう邪魔がいないんだ、精々する

○母:あっそ!
○○は私が育てますから

○父:ご自由に

○母:わかりました
では"さようなら"


賀喜家
ピンポーン

遥香母:はーい
あっ!○○君!

○○:こんにちは...

遥香母:どうしたの?
元気ないじゃん

○○:お母さんと...お父さんが喧嘩してて...

遥香母:そっか...
ごめんね、今遥香友達の家に泊まりに行ってるの

○○:そうですか...
じゃあお邪魔しました...

遥香母:待って待って!
うちに居ていいから!ご飯もできてるし、食べよ?

○○:...うん
ありがとうございます...

遥香母:(いつも元気な○○君がここまで憔悴してるとは...)


それからご飯を頂いてゆっくりしていると...

遥香父:ただいま

遥香母:お帰り

遥香父:あれ?○○君いるじゃん!
こんばんは

○○:こんばんは...

遥香父:どうした?元気ないじゃん

遥香母:お父さんとお母さんが喧嘩してるんだって

遥香父:それは嫌な部分見ちゃったな~
○○君、キャッチボールしようか!

○○:えっ?

遥香父:ほら、庭にライトつけたんだ!
○○君投げるの上手いんだって、いつも遥香が言ってるよ?

○○:...うん!やる!


それからキャッチボールをしていると...
ピンポーン

遥香母:あっ!○○君のお母さんかな?
はーい

○○母:こんばんは...
すみません...急にお邪魔して...

遥香母:いえいえ...
どうしたんです?そんな大荷物持って...

○○母:夫がなんの相談もなしにあの家を売ったんです

遥香母:えっ...

○○母:もういっぱいあの人のやって来たことには耐えてきたけど、もう限界だった...
○○を連れて東北の実家に帰ろうと思うんです

遥香母:そうですか...

○○母:急でほんとにごめんなさい
遥香ちゃんにも賀喜さん一家にも何もできていないのに...グスッ

遥香母:そんなこと...気にしないでください
もう今日行ってしまうんですか?

○○母:はい...
多分そうでもしないと、私の車まで売られてしまいそうで...

遥香母:そうですか...
今遥香が家に居なくて...○○君とお別れができないんです

○○母:えっ...

遥香母:今日ももう遅いんでうちに泊まって、○○君と遥香でちゃんと話をさせてあげてほしいんです

○○母:...

遥香母:お願いします...


○○母:ありがとうございます...

...でもごめんなさい
もう私の心が耐えきれそうになくて...

遥香母:...わかりました
遥香には私の方から伝えます

○○母:ほんとにごめんなさい...
○○もほんとに良くしていただいて...

遥香母:いえいえこちらこそ...
寂しくなりますね...
○○君呼んできます

○○母:すみません...
お願いします


○○:お母さ~ん

○○母:お待たせ
○○、これから東北のおばあちゃんち行くけどいい?

○○:うん...

もうここには帰ってこれない
母親の目に溜まった涙と悲壮感と疲労が混ざった顔を見て、子供ながらにそう悟った...

~~~~~~~~


今思えばあそこでごねていたら、遥香に別れの言葉を言えただろう
俺はあの家が好きで…日常が好きで…遥香と一緒にいれる環境が好きだった

でも母親を困らせてはいけない、いい子でないといけない…
そう考えて自分の意見を言わなかった
いや…言葉が詰まって出てこなかった


そこで俺の感情は...死んだ


東北の母方の実家での生活は何も覚えていないくらい、楽しくなかった

友達もいない...
向こうで少しやっていた野球もやめてしまった
毎日1時間の登校時間を一人、自転車をこぐ


自分に姉が今はアイドルグループにいるらしい
母親からそう教えてもらった

でも興味なんかなかった
ライブのチケットみたいなものも何回か送られてきたけど、すぐにゴミ箱に捨てた


姉が小さい時に俺を捨てたように...



高校卒業後は、地元の会社に就職し一人暮らしを始め...今に至る

もう何をしても無気力
頑張ろうとすら思わない

はぁ...もう生きることすらやめてしまおうかな
縄も剃刀も薬も...どれなら一番楽かな...



ピンポーン
○○:…はい

配達員:お届け物でーす!

○○:はーい、お願いします

最近何か頼んだっけ?
差出人の所を見てみると…


差出人:賀喜遥香

と書いてある...
まさかな...



予想はまさかの大当たり...
荷物の中身は遥香のグッズと写真集
そして...一通の手紙が入っていた



○兄へ

久しぶり、私の事覚えてるかな?
いきなりでびっくりしたよね...ごめん

でも○兄も同じようなことしたんだからそれの仕返しだと思ってよ!
○兄が引っ越してから私の生活は色が無くなった
〇兄は知ってると思うけど、私は極度の人見知りだから
学校でもほとんど友達もできなかった

でもね、これじゃダメだと思ったんだ
〇兄に頼りっきりじゃ...私は依存してるだけ
それを変えたくてアイドルになったの

〇兄の過去の話も最近聞いた
もし頼る人がいないならここに連絡してよ

私は○兄と話したいな

                                                                                     遥香



俺は....


この連絡先に連絡できなかった


○○:あいつは頑張ったんだな...

小さかったころ俺にくっついていないと行動できなかった遥香が、今や国民的アイドル
それに比べて俺は...

そう考えるたびにさらに自分が嫌いになる

あの荷物を受け取ってから数日
ずっと手紙を眺めてはため息をはいて、自己嫌悪に陥る


命の最期をいつにするか...
それだけが思考の8割を占めていた


そんなある日...


ピンポーン

○○:...はーい


遥香:○兄!

○○:遥香!?

遥香:開けて~

○○:...わかった

散らかった部屋をみて一瞬躊躇したが、まぁ大丈夫だろう


ガチャ
遥香:○兄~!

ギュ

○○:久しぶり、元気そうだね

遥香:うん!

○○:でもうちに来て大丈夫なの?

遥香:大丈夫!
ほら!

??:こんにちは

○○:こんにちは...
あなたは...

奈々未:乃木坂46のマネージャーをしています
橋本奈々未と申します

○○:マネージャーさん...

遥香:奈々未さんは元々乃木坂46のメンバーだったんだよ!
伝説のメンバーなの!!

○○:そうなんだ...
でもマネージャーさんがなんの用で...

奈々未:賀喜がこっちで仕事で...
○○さんがこっちにいること知ってたから行きたいって駄々をこねまして
週刊誌等から狙われないように私も同伴して、って感じです

○○:なるほど...

奈々未:私は玄関で仕事をしているので、賀喜と話をしてあげてください

○○:わかりました...

遥香:○兄~!はやく来て!

○○:はいはい...
(いつの間に上がって...)

奈々未:...
(麻衣に連絡しておくか...)


遥香:ちょっと...散らかってるね

○○:急にきてそれ言います?

遥香:まぁ...私も人の事言えないけどね

○○:確かに昔から片付け苦手だったもんね

遥香:う、うるさい...


遥○:ぷっ...ははは

二人で目を見合わせて笑った
いつぶりだろう...こんな感情が戻ったのは...


○○:それで遥香は何しに来たの?

遥香:ん?あぁ...ちゃんと荷物が届いたか心配だったの!

○○:ちゃんと届いてるって
ほら...

遥香:...あの段ボール?

○○:うん..


でも遥香が送ってくれた段ボールの隣には...

遥香:...麻縄とカラビナ...刃がむき出しの剃刀...大量の睡眠薬...
○兄、これで何するつもりだったの?

○○:...

遥香:〇兄!!
答えて!!

○○:...なぁ遥香...俺って生きてる意味あるのかな

遥香:...

○○:小さかった頃から父親に除け者にされ...
家庭の事情で仲の良かった幼馴染とは無理やり引き離され...
学校に行ってもすでにあるコミュニティに入れず...
会社行ってもミスしてないのに濡れ衣を着せられ、挙句の果てには暴言を言われ...

遥香:はぁ!?そんなのあるに決まってるじゃん!

○○:!?

遥香:○兄がいなくなったら私が悲しい!
私は〇兄と一緒にやりたかったことだっていっぱいある
それができないなんて...そんなのやだ!!

○○:遥香...

遥香:...〇兄、生きることを頑張りすぎだよ...

○○:...

遥香:私ね...『頑張る』って言葉嫌いなの

○○:頑張る?

遥香:うん...
この『頑張る』の語源知ってる?

○○:知らない...

遥香:いくつか説はあるんだけど...
自分の考えを押し通す意味の「我を張る(がをはる)」が転じて今の頑張るになったと言われているの

○○:...

遥香:あの人意味のないことを意地張って、頑張ってんな~...っていう風に軽蔑の意味で使われていた言葉なの
頑なに自分を押し通す・言い張る...
それがいつの間にか現在、美辞の意味での『頑張る』になったんだって

○○:そうなんだ...

遥香:アイドルとして活動していると『頑張ってね』って声をかけてもらえるの
それは嬉しいんだけどね...もう頑張ってるよって思っちゃったりするの…
困難にめげずに精いっぱい努力してね...
じゃあ今の私は全力でやっていないように見えるの?って、そんな風に感じ取ってしまうこともある

○○:...

遥香:嫌なアイドルだよね...
ファンの気持ちをストレートに受け取れないなんて...

○○:...そんなこと...

遥香:だからつらかった
選抜に初めて選んでもらった時なんて特に…
応援してもらって嬉しいと思う反面、それがプレッシャーになったり、その人の裏の心理を考えたりしちゃってね…


でもね…奈々未さんに教えてもらったんだ


嫌い・苦手・困難なことを一生懸命耐えることの「頑張る」じゃなくて、自分や周りの人の顔が晴れてるような笑顔になるように努力すること
顔が晴れると書いて『顔晴る』(がんばる)と読みなさい
ってね

○○:顔が晴れる...

遥香:そう...
自分が笑えるための努力をする『顔晴る』
自分が苦手なことを我慢する『頑張る』
こう使い分けて考えなさいって

○○:...

遥香:こう考えるようになってから楽になったの

だからね...〇兄...
頑張らなくていいんだよ
〇兄は楽しく笑っていてほしい...私はそのためにアイドルをやっているんだから

○○:遥香...

遥香:そして...私が卒業したら迎えに来てよ

○○:...いいのか?

遥香:私は○兄以外やだ!

○○:わかった...
それまでに遥香に似合う人になっておくよ

遥香:うん!


奈々未:賀喜~、そろそろ行くわよ~?

遥香:はーい!
じゃあ○兄、元気でまたね!

○○:おう
遥香も『顔晴れ』な

遥香:うん!!

奈々未:賀喜、下に車来てるから先乗ってて

遥香:はーい!


奈々未:白石○○君

○○:は、はい!
(なんで俺の名前を...)

奈々未:これ...お姉さんから...

○○:姉?

奈々未:では、私も失礼します
遥香をあんなに元気づけてくれてありがとね

○○:えっ?

奈々未:あの子...今日の仕事でミスが多くてね...
落ち込んでいたの
でもあなたに会って、もう一度自分の原点に立ち返れたのね
目が変わっていた

○○:...

奈々未:ほんとはあなたにマネージャーやってもらいたいけど...
それはやりすぎかしらね

○○:...遥香には助けられてばっかです
そんな風になっているなんて知らなかった...その遥香に元気づけられたのは自分の方なんです

奈々未:うん

○○:だから...もし...






遥香:まゆた~ん、ケータリング取り行こ?

真佑:うん!

柚菜:まゆたん、柚菜もいい?

真佑:もちろん!

遥香:今日は何が入ってるかな~

柚菜:楽しみだね!

マネ:あっ!賀喜、ちょっとごめん

遥香:はーい
ちょっと行ってくるね

真佑:うん

柚菜:行ってらっしゃーい!


マネ:5期生も入ってきて奈々未さんがそっちに行くことになったから

遥香:そうですか…

マネ:それで新しく賀喜のマネージャーになった...

○○:白石○○です、よろしくお願いします!


遥香:ふふっ...
よろしくお願いします!


自分のために生きることもうできない...
自分が虚しくなるから


だから俺は...
彼女が笑顔で『顔晴れる』ように...
彼女の支えとなれるように...


彼女が表舞台で『頑張って』いるなら負担を少しでも減らしてやれるように...

二人で笑いあって顔が晴れるように...


生きていく







...fin

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?