自慢の弟は一番最後 15話
ピピピ ピピピ
○○:...ん
1軍に昇格して初めての試合を迎える
そんな素晴らしい朝
...となるはずだったのだが...
○○:...はぁ....
頭によぎるのは、悲しい顔で真実を告げる本当の姉の姿と...
○○:...あれが夢であったらよかったのに...
自身を一番近くで応援してくれていた姉、和の悲しい顔
○○:...なんで....今、なんだよ...
やり場のない怒りを吐き出しても、何か返ってくるわけじゃない
それでも吐き出さなきゃ自分が壊れそうだった
初の1軍の試合
もちろん不安もプレッシャーもある
だけど...
それを上回る悲しい事実
それを一気に背負うのは簡単ではない
でも...
○○:...試合の準備しなきゃ
試合は待ってはくれない
プロとして、野球を生業にしているものとして...
中途半端は相手にも味方にも、支えてくれていた人にも迷惑をかける
それを1番近くで教えてくれたのは...
ブンブン
○○:今は何も考えない...
感情も...捨てないと...
医者:...うん、血液検査の数値も問題なし
息苦しさもないかい?
和:はい
医者:そうか...
今日のお昼には退院できるから、準備はしておいてね
和:わかりました
医者:さて...もう一人の子も診察してくるね
和:あ、あのっ...
医者:ん?どうかした?
和:あっ...いやその...
もしあの子の検診が終わったら...この部屋に来てもらえるよう伝えてもらえないでしょうか...
医者:うん、わかったよ
ガラガラ
咲月:...し、失礼します...
和:あっ、来た来た
咲月:あの...なんで...
和:はいっ!
そういって渡したのは...
咲月:千葉ロッテマリーンズと福岡ソフトバンクホークスのチケット...
どうして...
和:姉として、○○のことをみてあげてほしいから...
咲月:でも!
"家族関係は今のままで行けるように親が話していた"って...
昨日言ったじゃないですか!
和:...違うよ...
まぁ...違くもないんだけど...
咲月:じゃあ...なおさら...
これは受け取れないです...
和:....ダメ、見に行って
咲月:なんで...
和:病院のミスがなければ...あなたはあの子の姉だった
それは事実、でしょ?
咲月:...コクッ
和:だから...見届けてあげて?
あの子の...晴れ舞台だから...
咲月:...
和:...これが...○○の姉として...できる...最後の事だから...グスッ
なんでよ...なんで...
泣かないって決めたのに...なんで涙が出てくるのよ...
一晩中考えて考えて...
ほんとの姉の咲月さんと話すときはいつもの私でいよう...
そう決めたのに...
咲月:...ふぅ...
それでも...これは、受け取れません
和:...
咲月:確かに私と○○さんは確かに血が繋がっているかもしれない...
和:なら...
咲月:でも!
○○さんの姉は生まれてからずっとあなただった
それも変わらない事実...です
和:...
咲月:私は血の繋がりだけが家族じゃない...
そう信じています
両親が一生懸命育ててくれたから、今の私がある
たとえ血が繋がっていなくても、私の両親は今の2人です
だから...○○さんの姉であるあなたが見に行くべきです
今までも...そしてこれからも姉であるあなたが...
この言葉に何も返せなかった...
決心したはずなのに...
この子は強いな...
同い年なのに...
表面だけの決心しか持てなかった私と全然違う...
和:...わかった
咲月:うん...
私もTVで見てるから...
和:うん...
ZOZOマリンスタジアム
ブン ブン
球場入りしてから、室内練習場で一人黙々とバットを振る
何も考えないようにするために...
ガチャ
コーチ:...はっや!今何時だと...
ブン ブン
集中しているのかコーチの声も聞こえない
後にコーチに聞いたけど、この時殺気を纏ってバットを振っていたから、話しかけるに話しかけれなかったと...
でもそれぐらいやらないと...
そう思って振っていると...
突然バットが止まる
パシッ
髙田:はい、終了~
○○:...髙田さん...
以前ご飯にも連れていってもらった髙田選手...
○○の1軍帯同の前の連戦で1軍に戻って来ていた
髙田:顔、怖いって~
緊張してんの?
○○:...まぁ...そんな感じです...
髙田:確かにな~
緊張するわな
○○:...
髙田:でも...それ以上に何か考えてんやろ?
○○:っ!?
髙田:やっぱり...
昨日、お前の部屋行ってもだ~れもおらんかったから...
どうした?女か?笑
○○:...違います
髙田:まぁ詮索はせんけど...
でも...今のお前はあの時の応援したかった時の○○とは別人やで?
○○:え?
髙田:怖すぎるもん...
人でも殺めに行くんかってぐらい
○○:...
髙田:死ぬ気でプレイをしないといけない
それはそうだよな、俺たちはプロの野球選手なんだから
○○:はい...
髙田:でもな...
同時に野球を一緒に楽しむ仲間でもあるのよ、相手も味方も
○○:...
髙田:自分の負の感情を発散するためだけのプレイしかできないなら、今日はベンチにも入るな
他の選手の迷惑だから
○○:...
言われてハッとした
自分はなんて愚かな考えで試合に臨もうとしていたのだろう...
プロの野球選手である以上、夢を与えることも仕事の一つ
それを俺は...
負の感情に任せて...
ここで止めてもらえなかったらと思うとゾッとする
髙田:...まぁ...先輩からのお説教はこれくらいにして...
話してみないか?俺くらいには
○○:...わかり、ました...
それから洗いざらい髙田さんに話した
昨日起きた事の全てを
髙田:それは...えらい目にあったな...
○○:...もう...自分の感情が分からなくて...
髙田:...○○、お前がここまで野球を頑張れたのはなぜだ?
○○:...
髙田:つらい走り込み、手にタコができるまで素振りをする
簡単で誰でもできることだけど、継続するのはきついし難しい
それにプラスしてノックやバッティング...
きつい練習なんて挙げればいくつでもある
それでもお前はそれに耐え、今ここでプロ野球選手としてのキャリアを歩んでいる
なんでお前はそこまで頑張れた?
○○:...自分の活躍を...喜んでくれる人がいたから...
髙田:それは誰だ?
○○:...姉、であり家族、です...
髙田:そうだろ?
そんな人たちにお前が苦しそうに野球をしている姿を見せるのか?
○○:それは...見せたくない...です
髙田:な?
もう答え出てんじゃん
○○:...
髙田:血が繋がってないから家族じゃない?
血が繋がってないから、今まで応援してくれていたことは無意味?
違うでしょ?
今までの感謝をあのグラウンドで示すんだよ
○○:...はい
髙田:まぁ...
感情を整理してからグラウンドに来い
いいな?
○○:わかりました
髙田:待ってるから...
髙田さんに言われて思い返すと出てくるのは...
高い野球道具を何回も買ってくれた両親
そして...
献身的に支えてくれた和の姿...
あいつだってやりたいこといっぱいあっただろうに、練習に付き合ってくれたことも走り込みを一緒にしたこともある...
あぁ...なんでこんな大切なこと忘れてたんだろう...
俺の活躍を嬉しそうに見てくれる和のためにも頑張ろうって決めたのに...
ただ"血が繋がってない"ってだけで、動揺して...
情けな...
○○:ふぅ....
和:うわ...すごい...
今まで2軍の試合を中心に見てきたからか、これだけの人が平日の夕方でも集まっているこの球場にびっくりする
和:みんな...ユニフォーム着てるよね...
そういいながら○○の『69』のユニフォームを取り出す
和:...これ...私が着ていいんだろうか...
ここまで来ても尚、自問自答してしまう
それだけ○○と姉弟でないことがショックだったし、自分の中の大事な物を取られたような感覚だった
和:あの子と約束したんだ...しっかり応援しないと...
そういってバックネット裏2階最前列の席に座る
夏のムシムシとした球場
だけどナイターということもあり、少しだけ涼しくなってきた夜
和:あっ...パ・リーグTVで聞いたことあるウグイス嬢の人だ...
いつも動画で見ていたシーンを生で聞けてると思うと感動する
ちなみに今日のホークスのスタメンは...
1 今宮 遊
2 髙田 二
3 柳田 中
4 デスパイネ DH
5 谷川原 右
6 野村大 三
7 増田 左
8 黒瀬 一
9 甲斐 捕
P 石川
まぁそうだよね...
上がってきてすぐには使われないか...
試合はホークス劣勢で進み...
6回終了時 ロ8-2ソ
和:...負けが止まんないなぁ...
ここまで点差を広げられてしまったら、大半が負けを覚悟するだろう
でも...
和:ここまで敗戦濃厚なら...○○出してくれないかな...
夏の暑さや選手の疲労を考慮して、敗戦が濃厚となると主力選手に代え若手選手を使うことが多い
敗戦処理、なんていうと聞こえが悪いが若手にとっては絶好のチャンスが回って来る
そう考えていると...
和:っ!?
ネクストバッターボックスに立つ○○の姿が...
○○はいつものルーティーンに加え...
和:...誰か、探してる?
相手も投手が交代するため、投球練習が設けられており少しだけ時間が空く
その間、準備を進めつつも観客席を見渡して誰かを探しているようだ
和:○ま...
正直、大きな声で名前を呼びたい
あなたの力になるなら...
でも...
私がここに居ていいのか...
胸張って○○を応援する資格が私にあるのか
そんな弱気な私が出てきてしまった...
臆病な私が...
いつもの場所にあいつはいない...
今日は来てないのかな...
いや、でもチケットは買ってたはず
どこだ?どこにいる?
試合の準備はここまでできること全てやって来た
代わるピッチャーの癖、持っている球種、すべて頭に入っている
だから...
アナ:7回表ソフトバンクホークスの攻撃は
1番今宮に代わりまして...
井上○○ 背番号69
結局探している人を見つけられないまま、バッターボックスへ
"プレイ!"
相手は岩下投手
ストレートとフォークを中心に投げてくる...
ビュン
"ストライク!"
内角高めのストレート
まぁまぁ...タイミングは取れていた
あとは...
"ビュン"
キーン
あぁ...くそ
真ん中に入って来たストレート、打ち損じた...
ボールどこ飛んで...
○○:っ!?
"ファールボール"
アナ:打球の行方にご注意ください
○○:ふふ...やっぱ来てんじゃん...ボソッ
人探しを終え、再びバッターボックスへと戻る
0ボール2ストライク
もう追い込まれた状態
普段なら焦るところだろう
何もできてない、まだチームの力になれていないって...
でも今は違う
あなたの姿を見つけてからは何でもできる気がするよ
"和"
"ビュン"
"カキーーーン!"
打った瞬間にベンチから出てくる先輩たち
湧くホークスの応援団
静まり返るマリーンズの応援団
綺麗な放物線を描いた白球は、迷う事なくバックスクリーンへ飛び込んでいく
ロ8ー3ソ
○○、プロ初ホームラン
ここまで育ててもらった両親、コーチ、小中高でお世話になった人たち
色々感謝しないといけない人はいるけれど...
まずは...
和、あなたに捧げるよ
ここまで一緒に居てくれて、俺を信じてくれて...
ありがとう
To Be continued...
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