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原田知世のアルバム『パヴァーヌ』の様式美

先日私は音楽メディア「リマインダー」に、原田知世が1985年にリリースした初のフルアルバム『パヴァーヌ』のコラムを寄稿した。

このコラムでは、彼女が歌手を志す転機となったアルバムの魅力を、楽曲をメインに書かせてもらった。しかしながらこの作品は、テーマ性や装丁など、曲以外にも随所にこだわりが見られる。それらも含めて紹介しないと、芸術のようなこの作品に対し失礼な気が段々してきた。

…ということで、音楽以外の「様式美」にスポットを当て、コラムでは書ききれなかった『パヴァーヌ』の魅力を述べてみたい。


「パヴァーヌ」とは西洋の古風な宮廷舞踊

まず、タイトルの「パヴァーヌ」から。
「パヴァーヌ」はフランス語。レコードに同封されたリーフレットには、「16世紀初頭の宮廷ダンスの1つ。孔雀を意味するpavoに由来すると言われる、スペイン起源の優雅な踊り」と、丁寧にも意味が記されている。

「パヴァーヌ」の説明が記されたリーフレット。知世さんの刺すような視線が印象的。

コラムにも書いたが、このアルバムは一つの世界観に沿って作られている。それは、「ヨーロッパっぽさ」というもの。アルバムのディレクターを務めたCBSソニー(当時)の吉田格氏によれば、歌手のイメージに見合う歌詞の世界観をまず作り、そこに音楽を当てはめる手法で制作したようだ。

〜知世さんだったらヨーロッパっぽい、南野さんだったらユーミンや竹内まりやさんのような詞世界をまず作って、そこに自分がイメージする音楽をはめこんでいく感じ~

濱口英樹「ヒットソングを創った男たち~歌謡曲黄金時代の仕掛人 」より

実際の楽曲も、萩田光雄氏がアレンジを担当したA面「Water side」の6曲は、ストリングスを多用したクラシカルな作品で統一されている。先行シングルの「早春物語」も、ワルツ風のアレンジに変わっている。一方、井上鑑氏がアレンジしたB面「Light side」は、シティポップ風で明るめの曲が多い。
A面とB面とで楽曲タイプやアレンジに変化を持たせ、クラシカルで優雅なヨーロッパ舞踏をタイトルに付けたことに、格調が高く気品にあふれた作品作りへのこだわりを感じる。アルバムの帯に記された曲名と作家の一覧からも芸術性が感じられ、どんな曲か聴いてみたくなる。

作曲家、作詞家、編曲家が帯に記されるのは珍しいが、多彩な顔ぶれには驚くばかり。

このアルバムの発売当時は知るよしもなかったが、今では「パヴァーヌ」という言葉からは、フランスの作曲家、ラヴェルの作品「亡き王女のためのパヴァーヌ」を思い出す。アルバムを通しで聴くと、原田知世がヨーロッパの宮廷王女に扮して全11曲の舞踏ショーを演じているようだ。

所有欲をくすぐるジャケットとリーフレット

この「パヴァーヌ」の世界観はジャケットと、同封のリーフレットにも反映されている。
まずジャケットの原田知世の写真が、宮廷で舞踏に参加する気品ある女性をイメージしている。しかも、すまし顔なのが憎い。まるで王様か貴族の娘が「私と踊れるものなら踊ってごらんなさい」と挑発しているようにも見える。リーフレットにも、毅然とした表情で写っている。

笑顔が一切見られないジャケットの写真

なお、リーフレットには原田知世が自ら書いた全曲解説も載っている。かなり贅沢な作りだ。

彼女自身による全曲解説
ジャケットの見開きの写真やレイアウトからも芸術性を感じる。

当時、アルバム(LP)は手に入れる喜びが大きかった。それは、曲を聴く喜びに加え、見る喜びがあったから。歌詞カードの他にもリーフレットやミニ写真集などの特典が充実していて、見たり読んだりするのが楽しかった。CDよりもサイズが大きい分、持つことに価値があったのだ。
ただ学生だった当時の私は、このアルバムを貸レコード店で借りてテープにダビングして聴いていた。ここに載せた写真は、今年になって中古版を入手したもの。発売当時に買わなかったことが、今も悔やまれる。

節目となる18歳の歌声を封じた価値

こうした楽曲や様式美に優れたアルバム制作が実現したのは、原田知世の18歳の誕生日の記念にリリースされたことが大きく影響している。
15歳、18歳、20歳という年齢には特別感がある。それは、学校卒業や成人を迎える年齢であり、大人への階段を登る節目であるからだ。ジャケットの帯には「18歳バースデイ・メモリアル」と大きく書かれているので、成人式に記念写真を撮るように、原田知世の18歳の記念となる優れた作品を作り、残したいというスタッフの思いが結集したようだ。そうした力の入れようは、角川春樹さんと酒井政利さんの名前が制作者のトップにクレジットされていることからも読み取れる。

エグゼクティブ・プロデュースは角川 春樹、スーパーバイザーは酒井政利。知世の誕生日を2人が祝福しているかのようだ

また、この作品では知世自身も、「夢七曜」という曲を自ら作詞している。歌詞には「♪~制服とさよならしていく私」という表現があり、高校を卒業した心境を自ら歌っている。

歌詞カードでは、この曲だけ自筆。これも18歳の記念のよう。

話はそれるがこの曲を聴くと、以前コラムを書いた伊藤つかさのアルバム『さよなら こんにちは』を思い出す。この作品も制作陣が豪華で、中学卒業がテーマの楽曲が多く、つかさ自身が作詞・作曲した曲も収録されている。アイドルが節目の年を迎えた今しか作れない作品を作りたいというスタッフの思いは、共通するようだ。

そして、学校を卒業して大人への道を歩みだすように、翌年から原田知世は歌手活動に本腰を入れる。シングル「どうしてますか」、「雨のプラネタリウム」、アルバム『NEXT DOOR』『Soshite』を立て続けにリリースし、全国ツアーも敢行。音楽面でも、当時人気の後藤次利や秋元康を制作陣に迎え、大人の作品を歌うシンガーへと移行してゆく。
その意味でも、少女の中にも大人の気品を覗かせた18歳という節目の年齢に作られた『パヴァーヌ』には、(映画『時をかける少女』のように)原田知世の今しか録音できない歌声を封じたという点で、大きな価値を感じる。

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