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回教について:血縁

イスラム以前のアラビア砂漠においては、人間生活の単位は『部族』だった。
砂漠の遊牧民ベドウィンは部族中心主義で、血縁を重視し、血のつながりを神聖視しており、日常生活の営みや道徳、宗教も一切が過去(祖先が幾百年となく履み行って来た人生の途)により担われていた。
血のつながりを絶対神聖視してそれによりすべてが決められていた時代の外的生活は対立、闘争、分裂を繰り返していた。
その、血のつながりという神聖なものを根本から破壊し異を唱えたのが預言者マホメット(ムハンマド)である。

イスラムの預言者ムハンマドは、自分とは何の血のつながりもない住民たちを同胞と呼び、血のつながりによって結ばれた部族に対して、その誰も犯すことの出来なかった神聖な血縁を真正面から断ち切った。
預言者ムハンマドによれば、人間の高貴さは生れや血統から来るものではなく、ただひとえに敬神の念の深さによって計られる、という原理である。
万人の平等性と同胞性に基く、というのがイスラム社会の基本理念とされているのですが、私も以前はこれはある意味魅力的であると感じていました。
名前がわからない信仰者同士、互いを『ブラザー、シスター』と呼びかけ、信仰で結ばれた者達を自分の兄弟姉妹と考えられるとしたら、それは友人よりももっと距離が近く、いわば家族がたくさん増えたようなものだろうと思ったのでした。
(続く)


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