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ファンデルヴァーの失われた鉱山  PCの活躍を伝える試み  第 九 夜  決戦! ギザ牙族の城!!

 血刀タルゴルの部隊を退けたヴェイト、ウルリッヒ、ムサシ、アリスの4人は、ファンダリンの北に位置する森林地帯、ネヴァーウィンターフォレストへと足を踏み入れていた。
生き残ったホブゴブリンの話が本当なら、トライボア街道を北に抜けて草原と林の間を進むこと10マイル、さらにそこから鬱蒼とした森林地帯に足を踏み入れてから10マイルほど進む、獣道の旅路だった。
トライボア街道とファンダリンへの分岐点付近で野営をしていたおかげとアリス洞察力のおかげで、次の日は熊の獣道のような小道を見落とすことなく進み、その日の夕方には目的地と思しき地点にたどり着いた。
予定と予測の時間が過ぎてもそれらしき姿が見えず、不安を募らせながらも注意深く森の奥へと進み続ける4人だったが、やがて日もとっぷりと暮れて夜となり、近くに充分な警戒をとりながらの野営となった。

 翌朝、よく晴れ上がった空の元、さっそく周囲の捜索を開始してみると、草深い森に覆い隠されていた廃墟が、4人のすぐ近くにひっそりと建っていたことが判明する。
その天然の擬装に隠されていた建物は、大小さまざまな木々が生い茂り、夕闇に沈む影と同化して遠目からは非常に見づらかったのだ。
 4人の前に姿を現した建物は、複数の塔を一つにつなぎ合わせるような見た目をしていた。
かつては大小が競い合うようにそびえ立ち、お互いに支えあい、重なり合うようにして連なっていたであろう7つもの尖塔は、歴史の経過とともにうずたかい瓦礫の山と化し、今にも全てを瓦解させてしまいそうな危うさをまといつつ、朽ちたのか、それとも打ち壊されたのか、正面入り口の大きな青銅板の門が無惨にも床に転がる形でをぽっかりと口を開け、短い階段からの伸びるテラスの奥にその異様な姿を4人の前にさらけ出していた。
そして、元は頑強な砦であったであろうその尖塔の連なりこそが、今のギザ牙族の居城であり本拠地であり、目的地であると悟った4人は、用心して遠目に外観をうかがってみた。
その壁は、分厚いモルタルと、見るからに固そうな石の切り出しで整えられていた部分が以前の姿のまま残っているのが半分あるかないかであり、上から崩れた岩のような瓦礫の山に押しつぶされた場所の方が多くも見えた。
雨どいや鬼瓦として飾られていたであろう像や尖塔の屋根だった建材も、上層部からいくつも崩れ落ちて粉々になっているのが見て取れた。
瓦礫になりかけている砦の至る所にみえる矢狭間の奥に何がいるのかは近づかなければ分からず、慎重に遠くから外観を探ったところで中の様子を知るには至らなかったが、正門の右手には、裏口の門が、扉が外から見えないように壁の隙間にしつらえてあった。
 さらに近づいて周囲を一周して詳しく見てみようかとも話し合ったが、結局は大勢で見つかる可能性や単独で行った時のフォローが難しいことなどから、道も途切れて使っていなさそうな裏口から侵入してみようということになった。
アリスが瓦礫を崩して変に音を立てる事にも注意しながら矢狭間の死角になるよう壁にぺったり背中をつけると、ゆっくり、慎重に入り口に近づいて行く。
するとそのアリスの耳に、矢狭間の奥からゴブリン共のにぎやかな声が遠巻きに聞こえてくる。
朝になり、寝る前の食事時という時間なのだろうか、食い散らかすような音や聞き触りの悪い笑い声が中から漏れてくるが、外に注意を払うような緊張感は感じられなかった。
ホッとして裏口の扉をアリスが見ようとすると、扉を隠すように立つ外壁の上に置いてある彫像と目が合った。
石でできているはずの翼がうなりをあげて羽ばたき、動くはずのないその角の生えた顔がガチガチと牙を打ち鳴らしてまっすぐ自分へと滑空してくる。
ガーゴイルだ!
ウルリッヒの声と他の3人の思いが合致した瞬間には、アリスのすぐ上にあった彫像、いまや悪しき地の元素の化身が、頭上から迫り、アリスの腕を引き裂く。
勢いのままに嚙みつこうとする牙をかわすが、先ほど目が合ったもう一体も同じようにアリスめがけて突っ込んでくる。
とっさにムサシが駆け寄り、壁をけりあがるように空を舞い切りつけようとするが、ガーゴイルは羽ばたいて機動をかえてそれを避けると、一転してまたアリスの体を鋭い爪で引き裂き、一気に奥にいたウルリッヒの方まで飛び退っていく。
手傷を負い、めずらしくかわいらしい悲鳴ともに壁にもたれかかるアリスが、気を取り直して矢を放つが、ガーゴイルはそれをまたしても螺旋を描くように体をひねって躱すと、ウルリッヒへと爪を伸ばした。
ウルリッヒは落ち着いてその動く石造の挙動をひとつひとつ確かめるように追いつつ煌めく氷推の塊を打ち出すが、それを叩きつけるようにガーゴイルは岩のような素手ではたき落とすように叩き壊す。
その一瞬の隙にウルリッヒの前にいたヴェイトがドラゴンスレイヤーで切りつけると、ガーゴイルは自分に深々と突き刺さった剣に驚愕の表情とともに悲鳴を上げて痛がった。
まさか傷を受けるとは思ってもいなかった素振りにムサシも続いて剣を突き立てようとするが、ガーゴイルの肌は岩をガリガリ削るような音がするだけで思ったほど傷がつかない。
それでも素早く打ち振るうように繰り出す両手からの連続攻撃でガーゴイルの気がそれたのか、ヴェイトから受けた傷に怒り狂ったのか、二匹のガーゴイルは爪を振りかざしてヴェイトの盾や体に重い一撃を次々と繰り出していく。
その集中砲火で一瞬ウルリッヒの方を取り囲むように舞っていた2匹の間に乱れが生じたのを、アリスは見逃さなかった。
間隙つかせぬ勢いでアリスの矢が傷ついたガーゴイルの体を射通し、ガーゴイルは再び苦痛の雄たけびを上げ、今よ!という掛け声とともにウルリッヒはその隙に乗じてアリスの元へと駆け寄る。
包囲されかかった一難から助け出してもらうと、ウルリッヒは即座に振り返りざまに炎の矢弾を繰り出して敵の目をくらませる。
小さいが火の塊である矢弾が顔面を掠め、燃え盛り、視界を奪われた直後には、ヴェイトとムサシの連携により、ガーゴイルは大地へと叩き落されていた。
仲間の亡骸を見たもう一体のガーゴイルは恐れおののき、大空へと大慌てで飛び退って塔の反対側へと逃げて行った。
 安堵もつかの間、矢狭間から様子を窺う気配を察知した4人は、壁にもたれかかる様に身をひそめると、気配はすぐに消え去り、不用心な砦は元通りの穏やかさを取り戻したかに見えた。
そこでアリスとウルリッヒの下で一旦傷の手当などをして一休みしつつ、ムサシに周囲の警戒と裏口の確認を頼んでみると、ムサシは、3人が回復するまでに手際のよい作業で裏口の錆びついた上に頑丈に閉じられた閂と鍵をこじ開け、中の通路の様子までを調べ終わって戻ってきた。
アリスが聞いた声の情報もまとめると、裏口を入って左手が食堂か宴会よろしくゴブリン共がたむろってる大きな部屋であろうことは分かった。
他の道は、裏口正面に掛けられた厚めのカーテンだけで、とりあえず通れるようにした廊下は瓦礫が散乱し、灯りのない、か細い光を裏口から取り入れているくらいしかなかった。
そこでムサシは、みんなの話を聞いた後に一度建物の内部に戻ると、裏口のすぐ左にある、カーテンを開けて真直ぐ進む前に左手の扉に、簡単にはこじ開けられないように2度に渡って確認して細工を万全に施すと、優雅に3人の落ち着くまでの時間を見守って過ごした。
 やがて出発の時となり、いまだに宴席会場のような音がする左手を無視して真っすぐ奥へと進むと、またもカーテンに仕切られた先が正面に現れ、左右には瓦礫の雪崩から生き残った扉が1枚ずつ顔をうかがわせる十字路なような通路へ出た。
正面からの風の動きを気にしつつ、正面玄関とは反対の方角へと向かうべく、まずは様子の窺いやすそうな北側をこっそりと覗き見てみることにすると、そこは周囲がほぼ完全に崩れ落ちた瓦礫と化しており、その瓦礫を端に寄せてつくられた倉庫のような作りとなっていた。
一旦、垂れ幕を元に戻し、左手のドアに先ほどと同じようにムサシが細工を施すと、もう一度カーテンを開けて右手のドアの先、北の部屋へと入ってみる。
入ってみるとそこは、周辺の石組みや瓦礫に溶け込むように分厚い帆布で隠された外への出入り口が外気を通しており、部屋の反対側にあったその垂れ幕越しに感じる風を確認しようとムサシが布をよけてみると眩しい日差しが差し込み、平穏な森の風景が広がる明るい光景が目を刺した。
この様子を見てアリスは、貯蔵庫と搬入口を兼ねた脱出口ではないかと考えたようだった。
他の3人も頷き、石造りの感じから見てもすぐ右にある無傷の扉の先が、普通であればこの城の主のいる場所だろうと踏んで右手の扉の奥の気配を窺ってみると、今度は獣じみた鼻息が聞こえてくる。
狭いところに何かいる、そんな感覚だったが、ムサシには果たして何が潜んでいるのか見当がつかなかった。
だが、先ほどの十字路から戻るよりこの先の部屋、そしてその南側が十字路の右手だろうとの予測の元、忍び寄るか奇襲をかける算段を取ることにした。
 音もなく、そして滑るように扉の先へと入ったムサシの手に握られた剣はライトの魔法がかかっていた。
その眩しさに思わず目を閉じた、けむくらじゃの怪物は何度も出会ったバグベアであり、門番のように盾を携えていた。
肩にかけたモーニングスターを手に取るより早くウルリッヒの燃え盛る矢弾がその肩を射貫き、明るくなったその一瞬にムサシの急所を突く連続攻撃がバグベアの体を壁に押し付けるように串刺しにし、首筋を射貫いたアリスの一撃でもなんとか声を張り上げようとする頭に、ヴェイトの長剣が振り下ろされた。
音を立てることもなくムサシがその遺骸を床に寝かしつけると、やはり部屋の右手には分厚いカーテンで仕切られており、それを揺らす火鉢からの温もりと薪の爆ぜる微かな音が、わずかながら漏れてきていた。
正面の固そうな一枚扉を一旦無視して急ぎカーテンの奥の気配を窺うと、くつろいでいる感じの野太い声が4つほど聞こえてくる。
ゴブリン語であることを確認し、意味は分からなくともやることは一つと、4人でカーテンをすり抜けるように部屋へ押し入ると、ウルリッヒの睡眠をいざなう魔法で寝床の上であぐらをかいて寛ぐ3匹のホブゴブリンと、矢狭間から外を警戒して背中を見せていた1匹のホブゴブリンは、あっとゆう間に半数が床にへなへなと寝そべり落ち、起きていたホブゴブリンも、すぐさま4人の手にかかって息絶えた。
少し身なりの整ったホブゴブリンを見て、守衛か何かの部屋だろうと思った4人は、挟撃されないように部屋の南側にある扉が最後の区画であろうと用心して、先にこの扉の奥を制圧しておくことにした。
 3度目の吶喊ではさすがに無警戒とはいかなかったが、床で唸り声をあげた狼は先ほど同様にウルリッヒの眠りの魔法に誘われ、影に潜んでいたバグベア1匹も、3人の連携の前に一撃も振るうことなく倒れ伏した。
そしてこの角部屋は、他の塔よりも大きく高かったことを物語っており、サイロ上に崩れ落ちた上層部が天井に暗い影を作っていたが、埃や瓦礫に交じり本棚の残骸もあり、ムサシとヴェイトはまだ上に階が残っている気配を感じた。
瓦礫を駆け上がってムサシが上に何があるのか様子を見に行くと、手狭に残った2階部分にはちょこんとした張り出しがあり、そこに埋もれるように一つの木箱があった。
頑強に金属の枠で守られたその木箱を、ムサシが持ち前の手腕を活かしてこじ開けてみると、中には太古から眠っていたエレクトラム貨と金貨に交じって巻物が二本とポーションが1本見つかった。
とりあえずウルリッヒに鑑定をしてもらうと、ウェブの魔法とリヴィヴィファイの魔法が込められたスクロールであること、ヒーリングのポーションであることが即座に判明し、後顧の憂いがなくなった4人は、決戦の部屋との思いを強くして、先ほど通り過ぎた一番北東に位置している扉の前まで戻っていった。
 舞い戻った扉の奥は、先ほど通り過ぎる時に感じていた言い争うような声や会話がする気配は感じられず、静まり返った感じが伝わってきた。
気付かれたかと思い、門番のバグベアがいる振りを装ったマネをムサシがこそりとしてみるが、それ以上の変化は感じられず、猫の真似も悪ふざけかと考えて4人は気を落ち着けつつ、意を決してムサシが部屋の扉を勢いよく開け放った。
息を合わせてムサシの肩越しに弓を構えていたアリスが、いの一番に目に飛び込んできた、他よりも大柄で凶悪で、眉目に怒りを滾らせてこちらを睨みつけていたバグベアへ必殺の一撃を見舞う。
深々とその胸板に刺さる矢の衝撃に盾を取り落としつつも、凄まじい大声で吠え返しつつそのバグベア、グロール王は自分の居城に押し入った侵入者に、不埒な者め生きては返さんぞ!と巨大なモーニングスターをブンブンと振り回し始めた。
それに臆することなく、むしろバグベア以上の怒りをもって部屋に飛び込んだのはヴェイトで、グンドレンをさらったのは貴様か!と叫びつつグロール王の前にあるテーブルに駆け上がると、防ごうとするモーニングスターもろとも大上段からドラゴンスレイヤーを打ち据える。
あまりの勢いにモーニングスターの鎖がグロール王の頭に轟音を響かせるが、石頭を勝ち割るまでとはいかず、今度はお返しとばかりに鎖についた鉄球がヴェイトの脇腹に叩きつけられる。
ムサシはその激しい乱打戦に紛れるように、入り口にいた偉丈夫なヒューマンのならず者をすり抜けてグノール王の傍らに走り抜けると、容赦なく追撃を繰り出して突き刺すが、グノール王は傷つけたムサシに残忍な笑みで睨みを返すと横にいたホブゴブリンに命令を下す。
その合図でならず者とホブゴブリンがテーブルに上がったヴェイトに怒涛の攻撃を繰り出すが、ヴェイトに致命傷を負わせるには至らない。
盾でメイスの連撃をいなし、長剣で大剣を受け止めつつ、ヴェイトはさらにグロール王へと振り返った。
気がそれた一瞬、そこにウルリッヒの魔法の霧が飛び、グロール王は意識を保とうとはするが、それはかなわず、どうっという音を立てて気を失いながら頽れていった。
それを見てアリスが、お前たちの頭は落ちた!投降するなら今は許すわ!と声を張り上げるが、その先の言葉を言わせぬ勢いでならず者が、しゃらくせぇ!とがなり立てる。
それを見て容赦はせぬとグノール王を切り捨てたヴェイトが突進して鎧の棘でならず者を串刺しにすると、ならず者はホブゴブリンに扉を抑えてろと叫びヴェイトに向き直る。
戦意を失わないならず者に、ムサシがヴェイトの陰から回り込んで左わきから一撃を見舞うと、攻撃されたならず者が傷つきながらもニタリと笑った。
その瞬間、ムサシの右手にあった扉、おそらくグンドレンが捕らわれているだろうと踏んだ扉の先から漆黒の剣先が深々とムサシの脇腹を突き刺していた。
深手を負いつつも態勢を整え、振り返った先に現れたのは、一人のドラウの女性。
その右手に握られた剣には自分の血と、それ以上にねっとりと張り付いた何者かの血が赤く刀身を染め上げていた。
痛みに目が眩んだ隙は大きく、態勢を整えたつもりのムサシの体を次々とドラウの剣が突き刺していく。
力なく倒れるムサシに、ならず者は深手を負いつつもあざけりの笑みを向けるが、すぐさまドラウの女が叱責と共に命令を下し、ゲイルと呼ばれたならず者はヴェイトへブンブンとメイスを振り回す。
面食らったヴェイトが足に一撃をもらって態勢を崩すと、そこにホブゴブリンが追い打ちをかける。
ムサシの安否を気遣う叫び声と怒号、剣戟が交錯するが、ホブゴブリンが閉めた扉で部屋の外だったアリスとウルリッヒには正確な状態がつかめない。
そこでホブゴブリンが攻撃している隙に扉を開こうとウルリッヒが手を掛けるが、ならず者ゲイルがそれに気づき、押し合いになった。
深手のせいか、ウルリッヒの気合が勝ったのか、強引に扉を押し開けたエルフの腕力に力負けしてよろめくゲイルを、ウルリッヒは上から見下ろし、杖を眉間に差し出すようにしてその口に大量の魔法の霧を注ぎ込む。
溜まらず気絶したゲイルが力なく倒れ、振りまくようにホブゴブリンへと向けたその魔法の霧は部屋をも充満させる。
だが、ならず者に注ぎ過ぎたのか、その霧が他のものを寝かしつけるには至らなかった。
そこで位置をとってかわるようにアリスが扉の傍らから渾身の一撃をドラウに見舞うが、傷は負わせても一撃ではドラウは倒れなかった。
ホブゴブリンがその射線の間に割って入りヴェイトをけん制すると再び扉を勢いよく蹴ってアリスとウルリッヒを締め出し、再び部屋は密室となってしまう。
ヴェイトはムサシをかばおうと一人奮戦し、ホブゴブリンを背を向けつつドラウに切りかかるが、よろめくドラウは貴様ら全員こうしてやるぞ!奥のドワーフ同様にな!と薄ら笑い、華奢な体格に似合わずヴェイトの攻撃を耐えきってみせた。
その足元で微かにと息をもらし、一瞬の暗転から崩れ落ちて倒れていたムサシが意識を取り戻し、なんとか体をおこす。
生き返った彼に一瞬びっくりするも、ドラウは残忍に見下ろしてまだ思うように立てず、剣を必死に握りなおすムサシの手から剣を蹴り飛ばすと、その背中に再度、剣を深々と突き立てた。
口から泡を吹くように吐血し、体を震わせて再び倒れ行くムサシの姿を追うようにヴェイトの悲痛な叫びが続き、その後ろからホブゴブリンの一撃がヴェイトの背中をとらえ、最後にはドラウの甲高い高笑いが木霊した。
必殺の一撃を食らわせたと思ったホブゴブリンだが、血をだらだらと流しながらもヴェイトは追撃を許さぬように交互に両者を睨みつけるように剣を構え直してホブゴブリンとドラウを驚かせる。
その隙に再びアリスが扉を押し開け、一歩で遅れたホブゴブリンが扉を開けさせまいとするより先に、驚いているドラウに矢を射かける。
利き手に深々と刺さった矢の痛みに顔をゆがめるが、それでもドラウは倒れず、剣も落とさず、切っ先を研ぎ澄ますように構え直してヴェイトへ剣を繰り出そうとする。
一瞬先、ポーションを取り出していたヴェイトが薬を呷りつつも体ごとドラウに飛び込んでいくと、ドラウの剣の下で、スパイクアーマーに付けられたおびただしい量の棘が、ドラウの体を突き刺しつつ壁へと叩きつけ、彼女を絶命させていた。
 大局の先が見え、大露わでアリスとウルリッヒの二人が部屋に飛び込んでムサシの様子を窺うと、彼の掻き消えそうな命の灯はまだ潰えておらず、ウルリッヒが急ぎ応急処置を施して止血する。
ヴェイトが振り返って剣を向け、そして部屋に入ってきたアリスが唯一生き残ったホブゴブリンに死ぬか降伏か迫ると、ホブゴブリンはあっけなく武器を投げ捨てて降伏した。
グノール王の部下であった彼は、ドラウや人間のならず者の仲間ではなく、グロール王なき今、抵抗はしないと部屋の隅にどっかりと座り込んだ。
その瞬間、けたたましい笑い声をあげて床に転がったドラウの体がぐずぐずと崩れ出した。
「あぁ…口惜しい。この目でお前たちが死にゆくさまを見れないとは……だが、だがだが! お前たちはもうブラックスパイダー様に追いつけやしない。邪魔立てできやしない! 指をくわえてそ…ご…で…み゛…で…い゛…る゛…がい゛い゛……ス゛コ゛ーチ゛ン゛ク゛レ゛イ゛ィ゛!!」
ドラウの額に輝くティアラが怪しく光ると、3本の灼熱の光条がのたうつ様に部屋を駆け巡り、ドラウの体、ならず者ゲイルの体と次々に突き刺さり、もう一本はあてどなくさまよったのか、火鉢に突き刺さって豪快に炎上した。
火だるまになってこと切れるゲイルとは異なり、皮膚が解け落ち、肉がそげ、しだいに灰と化していくドラウの姿に戦慄が走る。
ドラウとは全く違った筋肉質な体躯と目鼻立ちの低い、およそ皮膚を持たない顔面と体表がブスブスと焦げる嫌なにおいを発しながら崩れ去り、灰と化す体とは対照的に光り輝くティアラと、影に潜ませるように黒くて光を反射しない刀身とを残し、カサカサと音を立ててその者の体は外からのそよ風に吹き消えていった。
ドッペルゲンガー、その忌まわしきモンスターの最後に、ハッとなってヴェイトが急いで奥へ部屋へと駆け出す。
その様子を見たウルリッヒが、この場は任せて大丈夫だと言いつつムサシの処置を続け、アリスにヴェイトの後を追うように促す。
奥の部屋からはグンドレンを見つけたヴェイトの大声と、死ぬんじゃないという嘆願にも似た叫び声が響いていた。
黙ってうなずいて奥の部屋に急いだアリスは、血を流し、顔色を土気色に変えつつあるドワーフの肩口をゆすりながら、部屋にあったぼろきれをちぎり破っては止血しようと必死になる仲間の姿があった。
アリスは冷静にヴェイトを押しとどめつつ背負い袋から清潔な止血用具一式と簡易医療用具を取り出すと、適切な処置を手際よく進めていく。
幸運の神タイモーラに祈る必要もありそうだと思った矢先、長らく顔を見ることのなかった依頼主であるグンドレンの顔色にうっすらと血の気が戻り、意識が回復する。
胸をなでおろすアリスの横で、食い入るようにグンドレンの顔を見ていたヴェイトが弾けんばかりの笑顔を浮かべ、アリスと顔を見合わせる。
力なくか細い声を絞り出すグンドレンに、そうだ、俺だ、ヴェイトだ、安心しろ、もう大丈夫だ、と声を返し、いったい何があったのか思わず聞き始めそうになるが、ヴェイトがあれこれしゃべり始める前に、グンドレンはまた深い眠りへと落ちて行った。
だが、その寝息は安らかで、顔色には安堵の色が見て取れた。
 グンドレンの容態が落ち着くまでヴェイトはその場を離れなかったが、その間にウルリッヒはムサシの手当を済ませ、スナールと名乗ったホブゴブリンとの話を終えていた。
その上で、黙ってこの城から出ていくのなら見逃してやろう。だが、再び出会うようなことがあれば、その時は容赦はしないというウルリッヒの言葉にスナールは礼を返し、その恩赦に城に残るトラップの場所と仕掛けを伝えると部屋から転げるように出て行った。
 4人と寝息を立てる一人のドワーフが落ち着くと、しぶとくも生き残っていたらしいグノール王が血を吐きながら目を覚ました。
もう長くはないのを悟ったのか、それともただのカラ元気か、ドラウの姿をしたドッペルゲンガーとの関係を問いただすと、野心の潰えた老いたバグベアは吶々と皮肉めいた口調で自分の知る顛末を語った。
残虐で強欲なギザ牙族の頭目であるグロール王は、ブラックスパイダーの使者としてグンドレン・ロックシーカーの身柄と波音の洞窟の地図の回収にやってきたドラウの女、ヴィアリス(実はドッペルゲンガー)に、おめおめとドワーフと地図を渡すのではなく、高く売りつけてやりたいと思っていたらしい。
その商談が佳境を迎えたときに、お前たち4人が我が城に侵入してきたわけだと語り、グロール王はホブゴブリンの落としていった大剣を手に取ると、自ら息絶えた。
 この顛末をして、グロール王の口からは、この地域のごろつきどもとゴブリン族のネットワークを牛耳るブラックスパイダーから、地図を持つドワーフの強奪を依頼されたことも判明したが、ブラックスパイダーは、その名前以外は謎めいた悪党でグロール王も連絡役のヴィアリスしか知らない輩だった。
そのブラックスパイダーが、グンドレンらロックシーカー兄弟の3人のドワーフが波音の洞窟への入り口を見つけたと息巻き、鉱山を再開しようとしてファンダリンで地下探索と発掘道具をしこたま買いあさりつつ準備する噂を聞きつけ、道具不足からネヴァーウィンターでまで買い付けをもしようとした事により、この「波音の洞窟」に相当の関心をもったのだ。
このため、グンドレンは襲われ、タルデンとヌンドロはブラックスパイダーの手により行方不明となったのは間違いなさそうだった。
そして話を持ち掛けらたグロール王は手下のクラーグを使い、まんまとグンドレン捕獲に成功する。
さっそく吉報を受け取ったグロール王は、気をよくしつつも居城にグンドレンを運ばせる一方で、ヴィアリスと再び接触を図ることに一計を案じたのだろう。
商談が上手くまとまれば、多額の報酬をと思っていたが、グロール王のその夢は冒険者たちの前に脆くも潰えた。
骸と化した老バグベアの口から聞き出せたのはここまでだった。
 また、ふらつく体をどうにかしようと部屋の椅子に腰かけたムサシは、そのテーブル脇に残されていた下手な手書きの似顔絵が記された手配書を見つけ、4人の抹殺が計画されていたことを知る。
下手すぎる似顔絵にスティクス河から戻って観る初めの芸術としては最低だなと思いつつ、どうやらヴィアリスは新たな依頼として自分たちに賞金をかけ、始末する話をグノール王に持ち掛けていたことを理解する。
この手配書には似顔絵が追加されてはいるが、ファンダリンでのイアルノへ宛てられた手紙と同様の内容と思われた。
 要は、ブラックスパイダーにとって自分たちはすでにお宝を嗅ぎつけた邪魔者らしい。
グンドレンは救出されたが、いまだ結末の見えない未来に、4人は不安を覚えたが、彼を下手に今起こすよりはとウルリッヒがこの居城の中を散策しようと言い出す。
東側は見終えたが、いまだ西側は未踏破であり、ホブゴブリンはこの城を空にして出ていくことを約束してから手ぶらで部屋を出て行った。
傷口の痛むムサシとグンドレンがいることにアリスは躊躇するが、それならばとムサシは万が一のグンドレンの護衛として俺を残し、ポーションがあるからウィスキー割にできる酒でも持ってきてくれと軽口を叩いて笑ってみせた。
その笑顔に後押しされ、3人で西側に向かってみると、確かに誰の気配もなく、薄汚れ、穢された礼拝堂と内寺院が残っている他は、ゴブリン共の寝床と物置と化した部屋や食い散らかしのひどい汚臭のする広間がもぬけの殻となって残されており、主人を失ったさみしさを静けさで表しているかのようだった。
しかし、寺院と礼拝堂とを見つけたウルリッヒは静かな中にも大きな喜びを持ってヴェイトとアリスにこの二部屋の大掃除と聖別をし直さなくてはと息巻き、午前中の残りは全て、掃除に費やされることとなった。
 その甲斐あってか昼前にはきれいな祭壇が整えられ、中央にオグマ神、向かって左にはミスタラ神、右にはラサンダー神が祀られ、今までの黒々として薄汚れたマグルビイェト神の祭壇から内寺院は生まれ変わった。
礼拝堂も、城の中心であり雨露をしのぐためか簡易的に補強された天井のおかげで光は入らなかったが、そのおかげか敬虔な光を現すかのようなろうそくの灯りが煌々とともされ、昨日までとは違った神々しさを携えた空間へと場を改めたように見えた。
 昼の礼拝を済ませてお昼にしようとしたところ、礼拝中にまたもウルリッヒの心の内には天啓が舞いおり、知識の神であるオグマ神の冷厳とした声が響いた。
 ―――汝、信徒にしてよくよく信心を積み、新たな知識を蓄えんがこと、賢明である。なればこそ、悪しきドラウの手にかつての英知であった鉱山への探索行を見過ごしてはならぬ。悪しき力を増やすなかれ。知識こそ善意と敬虔なる配慮をもって秩序をもたらす働きを示し続けたらんこと、照らし行く末を先導すべきものなり。ドラウの求める魔法の力への渇望、それは阻むべきものなり―――
ウルリッヒは新たな天啓の声に打ち震えながら祈りを終えると、仲間にいかにしてこの話を示すべきかを考えつつ、さらに料理の腕前を上げつつあるアリスの昼食に舌鼓を打つべく、仲間の元へと戻っていった。

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