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ファンデルヴァーの失われた鉱山  PCの活躍を伝える試み  第 十 一 夜  アリスの故郷と闇緑の牙

 いざサンダーツリーの付近まで到達すると、アリスが獣道と化していた小道から外れ、もう一つ道があると脇道というよりは藪の中へと入っていく。
ヴェイト、ムサシ、ウルリッヒの3人は頷いてその後に続き、昔は川からの街道であったはずの獣道から、ハリエニシダが生い茂る小藪へと歩を進めた。
道から逸れた先に廃墟が見えると、そこは村であった廃墟の南西であり、元の道が西北西からくるのに比べて幾分か村の中心に近い場所に出た形となった。
アリスから大まかな住居の配置は聞き及んではいたが、村の真北にあたる傾斜のきつい小高い丘は、鬱蒼とした木々に埋もれるようにそびえ、話に合った石塔が半ば崩れていることもあり、ここが廃墟として森の飲み込まれつつあることを如実に物語っていた。
方々に佇む石造りの家屋もまた、蔦や木々が食い込み、その多くが屋根が落ち、吹きさらしの廃屋と化していたが、ここサンダーツリーには小鳥のさえずりもなく、辺り一帯は不気味な静けさに包まれていた。
そして、かつて町の入り口であった付近には木の立て札がひとつ立っており、植物の怪物やゾンビの徘徊する廃墟への注意喚起をよびかけている事が、一層の歪さと狂気をもってこの地が人ならざる者の土地であることを叫んでいるかのようだった。
一行は、用心しながらも迅速に動き回れるようにとヴェイトに健脚の魔法をウルリッヒが掛けたのを合図に、兼ねてからの打ち合わせ通り、まずはファンダリンのミルナから聞いた薬草店を目指した。
話に間違いがなければ中心部から少し東に行った薬草畑の西にある店であるが、藪に飲み込まれかけた廃墟では、一望しても大雑把な方向しか見いだせない。
まずは村の南側から迂回するように真っすぐ東へ進路を取ると、鋭い棘の密集する藪を抜けたところで鍛冶屋であった廃屋の前に躍り出た。
その北に第一目的地の小さな廃墟が見え、情報通りとホッとした瞬間、鍛冶屋の中からこちらを見つけ、立ち上がる異形の人型を発見する。
肉が削げ落ちた腐りかけのゾンビとは違い、灰被りで白く干からびたようなゾンビ。
これが呪いなのか何か別の邪神の意志なのかは分からなかったが、即座に反応したムサシがバツの悪そうな顔をヴェイトやアリスに向ける。
あいつら、しぶてえンだよな、と愚痴をたれるムサシを横目に見ながら、即座に反対側の裏口へアリスが走ると、扉を蹴り開けるや否や迅雷の速さで矢を放つが、いつもとは違い、その矢は部屋のあらぬ方向へと飛んでいく。
ゾンビの姿に一瞬だが生きている村人の面影を投影し、手元と瞳が揺れるように震えたのだ。
気を落ち着かせるように大きく深呼吸するアリスへゾンビどもの気がそれた隙に、今度はムサシが正面入り口の外からドッペルゲンガーからの戦利品である額冠から早速呪文を解き放つ。
その迸る魔法の火箭が3本、燃え盛る火柱となってゾンビを包み込むと、その炎の勢いで大量の灰がボフンとゾンビの周囲にばらまかれる。
火山灰をたらふくため込んでいたのか、どうっと煙に包まれるようにして倒れたかにみえたゾンビは、フラフラと立ち上がってムサシに大口を開けて向かってくる。
じゃからしっかりトドメを刺せというのに、とヴェイトが叫びながらゾンビのひしめく建物に吶喊すると瞬く間にムサシに両手を突き出し向かおうとするゾンビを切り倒す。
だが部屋の中にはまだ3体のゾンビが巣くっており、部屋に入ってきたヴェイトとアリスに猛然と反撃してくる。
かすり傷だがたたらを踏んで後ずさるアリスの肩にウルリッヒが手を置き、視線を合わせて落ち着かせると、アリスは振り返って大きく息を吸い込むと、もう一度狙いを定めようとするが、眼前まで迫ったゾンビに未だ見え隠れする望郷の念と面影が指先を鈍らせてしまう。
無理するな、ここは任せろ!と叫ぶ猛然とタックルしかけるヴェイトの後ろでムサシがゾンビを切り刻み、白煙の狂乱がばら撒かれる部屋はもうもうとした霧に包まれる。
その灰塵の多さに部屋のすぐ外いたウルリッヒが煙にせき込み、目に涙を浮かべるが、いまだ蠢くゾンビに炎の魔弾を正確に放って見事に命中させる。
気を取り直したアリスが、その軌跡をトレースするように奇麗にゾンビを射貫くと、続けざまにムサシとヴェイトもゾンビを切り倒し、なんとか戦闘を収束させた。
白煙が吹き消えてみると、鍛冶屋は比較的しっかりと残っている建物であったことが判明し、扉さえ奇麗に閉じれば野宿が十分に可能なことに気をよくした一行は、万が一の時にと部屋を少しだけ小奇麗に整えると、足早に先ほど見えた薬草店へと足を向ける。
その廃墟化したこじんまりとした商店後は、確かにミルナ・デンドラーの言っていた薬草と錬金術の店の面影を残してはいたが、既に崩れて中途半端に壁からぶらがった数々の棚や家具は腐った書籍と伸び放題の雑草や蔦に覆われてみるも無残な様相をさらしていた。
三人が見守る中、アリスは一人でひっそりと中に入ると周囲を見まわし、一時、過去に賑やかだった店内の様子を思い描いた。
ここにボクの故郷があった。
その過去と現在とのあまりもの違いに得も言われぬ胸の熱さを感じた。
ふとアリスは片隅にあった保存用の棚に近づくと、その奥に隠された木製の宝石箱を事も無げに見つけ出し、上質なエメラルドが輝くペンダントと奇麗に飛び出そうとする黄金の蛙の意匠の施されたアメジストの指輪が中に入っていることを確認した。
これこそが、ミルナの言っていたお宝というヤツだろう。
アリスは、思った通りの位置にあったという、この導きにも似た現象に運命を感じつつ、薬草師の店を後にした。
店を出ると、ヴェイトがどうだったかと柔らかい雰囲気で聞いてきたが、アリスはうっすらとした笑みで返しただけで言葉を返す代わりに二つの品を見せて、自分の感情は見せなかった。
ウルリッヒがアリスが両手を広げて見せた貴金属をみて、その指輪はリング・オヴ・ジャンピング、魔法の一品だとしっとりとした口調で教えてくれた。
ムサシは背中越しにそのやり取りを、ひとり穏やかな笑顔を浮かべながら、そしてその笑みを3人に見せぬままに聞いて楽しんでいた。
 そしてこれにより第一目標を遂げた4人は、次の目標であるいずこかに住まうドルイドのレイドスを探す方向へとかじを切った。
4人で素早く話し合うと、現状の位置から、今いる村の中心近くから反時計回りに東南、そして東北方向へと足を延ばすことにし、道と広場を一周できて同じこの場所まで戻ってきたなら、今度は真北のある丘の塔は避け、西南と西北の廃墟を探索しようということになった。
まずはデンドラー薬草店の廃墟から道路沿いに進むと、廃墟というより瓦礫と化している家屋だった石レンガ材の成れの果てがあり、森に飲まれそうなその瓦礫の先には普通の一軒家と呼べそうな建物が見えてきた。
今までの廃屋とは違い、頑丈そうな扉はしっかりと閉められ、窓も全て鎧戸が下ろされているその小屋をみて誰かいるのかと訝しんだアリスがドアをノックして声を掛ける。
ファンダリンからケリンの伝を頼りに訪れた冒険者であり、レイドスはこちらにおいでかと尋ねるが、小屋の中から声は返ってこず、ただ静寂の中で人がいる気配だけはひしひしと伝わってきた。
アリスの様子にヴェイトも扉に並び、裏口を警戒してムサシとウルリッヒが少し離れて見守る中、暫くもしない内に扉の小窓のすぐ後ろから声が返ってきた。
曰く、この廃墟を調査しに来た一団でモンスターの脅威から用心させて頂いている状態らしいが、レイドスなる人物は知らないという話だ。
その返信に改めてアリスが名乗り、なんでお主等はここにおるのかと、ヴェイトが声を再びかけたのを聞いて人として認識できたのか、警戒を少し解いて、ドアについた小さい覗き窓が木を軋ませながら開くと、仮面を付けた男の顔が二人に見えるようになった。
蜥蜴にも似た、その特徴的な灰色の仮面をみて、一瞬アリスとヴェイトの顔色が硬直する。
ドラゴンカルトの仮面、それは竜を信奉するカルト的な集まりが身の上を隠す時や集まっている時につけるものだった。
だが、ドラゴンを信奉しているとはいえ、トゥルー・ドラゴンの信奉者という可能性も考慮して、闇雲に疑わないようにしながら平静を保った声で二人はその男と応対してみる。
その話から、どうやら彼らはこの地にドラゴンが住み着いた噂を聞きつけ、その真偽を確かめようとやってきた一団らしい。
しかし、村の山側からきた彼らは村の東側と竜のいる塔の周りを一巡りしたものの、ゾンビの気配とトウィグ・ブライトの姿に警戒して町の中心部から西側は全く知らないらしい。
その上で、アリスがドラゴンを倒しにやってきたと言っても、彼らはその邪魔はしないという。
アリスらが打ち倒されたなら、ドラゴンの偉大さを感じて奉りに行くが、アリス達に斬り伏されるのであれば、奉るまでもない竜だっただけだと言い、後ろにいるらしい仲間達を気にしながら、自分らリーダーと共に見た村の東側の様子を教えてくれた。
山からの村の入り口にあった兵舎後には匂いからゾンビがいるようであり、雑多に打ち捨てられた様子から入り口を開けただけで扉を締め直して出てきたらしい。
広場の周りに散らばる廃墟となっていた家の残骸には何も見当たらず、辛うじて体を保っていた南側の木に飲み込まれかけた廃屋には、動く灌木ことトウィグ・ブライトが巣くっており、すぐさまその場を離れたのだという。
デンドラー家の廃墟の中や鍛冶屋の前も見て回ったようだが、とりあえず今いる小屋が手ごろであると考えたのか、滞在できるように補修と補強をしながら塔の入り口への往復を繰り返していたらしい。
アリスが情報に感謝を述べつつ、家からは出てこなさそうな見張り番の男と別れの挨拶を済ませると、では西側じゃな、とヴェイトはムサシとウルリッヒに合図を送ると、早々に今来た道を戻足取りで立ち去り始めた。
 デンドラー家の隣となる、村の中央に佇む蜘蛛の巣だらけの廃墟の前は迂回し、来た道と廃屋の裏手を通り過ぎるように進路を取ると、村に到着したときに見えていた荒れ果てた農家の成れの果てが見えてきた。
その裏手の密集した藪は、農家の入り口だったはずの北側近くまでせり出すように伸びており、そのまま突っ切るには背の高い野原の中をかき分けなくてはならないほどであった。
先頭を行くムサシが厳重に警戒しつつも軽やかな足取りで農家跡地の周辺を通り過ぎようとすると、ふとした目の先に見えた灌木がギシギシと音を立ててこちらに振り返った。
目が合っちまったな、と舌打ちをするムサシの姿を感知したそのトウィグ・ブライトは、もったりとした速度だが、確実にムサシの方へと歩いてくる。
仕方がないと枯れ草を切り分けながら廃墟に押し入ると、藪と家の間にモゾモゾと蠢く他の灌木たちの姿がこれでもかと言わんばかりにひしめいているのがムサシの目を射貫く。
その数に驚きつつもあっという間に2体を切り伏せ、元いた場所に戻りつつも後続の3人に回り込んで左右から包囲するように指示を出す。
再び軽やかにアリスも盾になる位置になるように廃墟に押し入るムサシを見て、3人はそれぞれ分散して農家の周囲をを取り囲んだ。
北側からアリスが矢を射かけ、東側からヴェイトが吶喊し、ウルリッヒが木々と深い藪の中に隠れるヴェイトの後ろにつく頃には、無数の灌木の残骸が4人の手によって藪の中に新たな薪として散乱して果てていた。
驚かせやがって、と軽口を叩きつつ剣を収めたムサシが灌木に刺さった矢じりを回収してアリスに渡すと、アリスはムサシの後ろに見える、
村の南西側の入り口で調べずに通り過ぎたまだ頑丈そうな佇まいを見せる、一軒の家屋を見据えていた。
重厚な鉄帯で補強された扉は建付けもよく、さきほどのカルト教団の者がいた小屋と同様に窓にはしっかりと鎧戸が下りている。
しっかりとした予感をもって、4人は頷きあうと使用感のあるドアをノックして先ほどと同じように声を掛けてみた。
今度はすぐさましゃがれかけた声の反応があり、パタパタと扉に駆け寄ってドアが開かれる。
その扉の向こう側に立っていたのはかなり年を召した男性で、いかにもドルイドといった風貌の彼は、自ら自分がドルイドのレイドスだと名乗って、アリスの言ったケリン・オールダーリーフの名に旧友の紹介であれば遠慮はいらんと4人を家の中へと招き入れてくれた。
 4人の自己紹介や事の経緯の話を頷きながら聞き入っていたレイドスは、少し思い悩むように4人の顔を眺めると、波音の洞窟の場所を知らない事を申し訳なさそうに吐露した。
その上で、知っていそうな者の居場所は知っている、と曖昧な言葉を漏らす。
ムサシが鋭い感と、思い出した言伝をここぞとばかりにレイドスにぶつけてみると、しかし彼は憤怒の形相で怒り狂いだした。
「あの女狐めが!! たばかるのもいい加減にするがいい! こうなることを見越しておったなアヤツめ!!」
その剣幕に何事かと思い、俺じゃなくてアガサが伝えて欲しいと言っていたんだ、とムサシが弁明するが、レイドスの怒りは収まらず、見透かすように事を運ばれた何かに憤っていた。
だが深い深呼吸の後、落ち着きを取り戻したレイドスは、アガサは、彼女ならば、洞窟の場所を知っているはずであり、自分と会った話をすれば、その情報も教えてくれるだろうと憮然とした表情で語ると、サンダーツリーから早く出てアガサを当たるといいと先を促した。
その申し出にはアリスがすぐさま竜を倒してからだと反論し、レイドスを少々驚かせる。
レイドスはこの町に巣くい始めてしまった緑竜のヴェノムファングがいかに危険な存在か、その情報を掴んであるだけ全て伝えるが、逆にその情報で竜との対決の場が整ったと笑うアリスに、苦笑いを浮かべるしかなかった。
だが、その今までの準備内容を4人の口から聞くと、レイドスは早まった事だけはするなと警告をし、万が一の時にはこの場所に逃げてくれば何とか煙に巻くことは手助けしてやると助力も申し出てくれた。
そして4人は最終確認の準備をしっかり済ませると、決戦へと旅立っていった。
 傾斜の激しい斜面を用心深く登り、小高い丘の頂上にたどり着くと、平屋の一階部分が西側に張り出した、大きな円桂状の塔がそびえ立っていた。
遠くからは、塔や小屋部分がよく保たれているのが見えていたつもりだったが、しっかりとした石造りの塔は、近づいてみると塔の屋根の半分は朽ち落ちてボロボロになってしまっていた。
小屋の入リロの扉がひとつ半開きになって薄暗い部屋の中を見え隠れさせていたが、この辺り一帯が不気味をほど静まり返っている異様さに身震いを覚えた。
そして、鼻をつく刺激奥か漂っていることにいやおうなく鼻をつまんでしまう。
忌まわしくもジャイアント・スパイダーのグシャグシャに打ちのめされ、べしゃんこになった死体が2つ、入り口から引きずり出されるように道の端に横たわってし腐臭をまき散らしていた。
この巨大な蜘蛛の死体は、どうやらかなり前にここに引きずられてこられたものの様だったが、丸いはずの蜘蛛の胴体はベコベコにへしゃげたり異様なに膨らんだりと変形しており、巨大な1体の獣か怪物にでも散々に痛めつけられた跡が至る所に見て取れた。
その凄惨さに、ドラゴンというモンスターの脅威を考えずにはいられなくなるが、帰るか?このまま帰ってもいいゼ。むしろ帰りたい気分だなどとムサシがふざけ半分にカラ元気で吹聴してみるが、他の3人が無言で首を横に振る。
その様子に気を引き締め直すと、ムサシは静かに塔の中へと、暗がりの中の様子を窺ってみようと一歩踏み出してみる。
静けさの中に、威圧感に溢れた気配が睨みつけているのを右側から感じた。
首が軋むような思いで視線を動かすムサシに、唸り声のような力強い吠え声が聞こえる。
竜語の分かるウルリッヒとアリスが、ようこそ小さき訪問者よ、という旋律を捉え、それに呼応するように、すぐさまアリスが叫ぶ。
「ヴェノムファングよ! ボクの故郷を穢すのは許さない! ボクがお前を成敗してやるわ! この地の舞い降りたことを後悔させてあげる!!」
その凛とした声に、吠え声か笑い声か分からない竜の猛々しい声が重なるように響くと、ヴェノムファングは唸るような声で共通語を紡ぎ出す。
「エルフとドワーフも一緒か、ランチにはちょうどいいな、エルフだけなら召使にしてやってもよいぞ。今すぐひれ伏せばな!!」
高圧的で偉丈夫な声とともに、ヴェノムファングは翼をはためかせてその巨体を誇ってみせる。
見聞きしたより、実際に目の前でみてみると、その巨体に震えが走る。
金緑職の眼光にすくみ上りそうになる。
牙や爪の鋭さに目をそむけたくなる。
だが、4人は猛然と雄たけびを上げて、その強大な力に立ち向かっていった。
ヴェイトがすぐ足元まで迫ろうとすると、それを払いのけようと竜の尻尾が眼前にものすごい勢いで打ち付けられる。
その風切り音に冷や汗が出るが、ヴェイトは叩きつけられた床から爆ぜる瓦礫も器用に盾でいなすと、一歩、たった一歩の差で立ち止まれた先にある恐怖につばを飲み込んだ。
竜の注意がヴェイトに向いた隙にウルリッヒが煌めく炎の閃光を立て続けに3本撃ち込むが、ヴェノムファングは怯む様子もなく煙の中から首を出す。
そこ目がけてアリスが矢を射かけると、首筋に突き刺さった痛みに竜が怒りの咆哮を上げてアリスを睨み返した。
その隙に再び前へと躍り出たヴェイトに再び尻尾の強襲が襲い掛かるが、一瞬アリスに気を取られたその攻撃の間合いより内側に先にヴェイトは竜の右側へと回り込む。
また、ヴェイトへ攻撃している最中に煙に紛れるようにヴェイトの反対側に回り込んだムサシは、階段に上りながらここぞとばかりに左の脇腹の柔らかそうな場所へと必殺の一撃を繰り出す。
固い竜鱗をショートソードで引きはがし、その中へと魔剣シャドームーンを深々と突き刺す。
その激痛に吠え猛りながら首をめぐらすようにムサシに向き直ると、向き直った反対側から繰り出した尻尾の奇襲に反応しきれず、ムサシは尻尾で吹き飛ばされ、塔の壁に強かに打ち付けらてしまう。
肺から空気がすべて出てしまいそうな勢いに喘ぐが、膝をつくことなく体勢を立て直すと、ムサシとヴェイトの後方、アリスや建物の角の影に移動したウルリッヒとの間に真っ暗な空間が音もなく広がり、ヴェノムファングが飛翔する。
「ダークネスだと!!」
ウルリッヒの驚愕の声が聞こえるが、一瞬後ろを振り返ったヴェイトとムサシの二人には、黒い、何物をも見通せない闇がそこのあるだけだった。
「逃がさん!」と飛び立つ竜に果敢にドラゴンスレイヤーで斬りつけるヴェイトが、後ろ足を抉るように竜に痛手を与えると、そのままジャンプして下っ腹に体ごとぶつかって行き竜をたじろかせる。
イラついたヴェノムファングが翼を激しくはためかせて暴風を巻き起こすと、目を開けていられないほどの強風に着地しようとしていたヴェイトが床に叩きつけられ、ムサシの足取りが一歩二歩とたたらを踏んだ。
暴風の音とヴェイトの苦悶の声を頼りにウルリッヒが暴風をかき消すようにヴェノムファングの上空から凄まじい魔法の衝撃波で打ち付けると、一瞬上空まで上がろうとした竜の動きが止まる。
その隙にと近寄る気配を見せたムサシにこれでもかとヴェノムファングが尻尾を振り回し、塔の壁面まで打ち据える轟音と襲い掛かる勢いにムサシが階段から吹き飛ぶ。
ムサシは辛うじて意識は保っていたが、塔の床に膝をつき朦朧としかける意識に必死にあらがった。
だが、そのおかげで暴風も立ち消え、ヴェイトの傍まで闇雲に走り寄ったアリスがヴェイトが立ち上がるすぐそばで怒涛の勢いで矢を射かけると、再び首に突き刺さる矢じりに怒りの咆哮が木霊する。
再び闇の中へと舞い戻るアリスの後を目で追いつつ激しくい吠え猛る轟音に意識がハッキリと戻ったのか、ムサシは勢いよく飲みほしたポーションの空瓶を投げ捨てると階段の元へと再び走る。
その瞬間、ムサシのいた場所からヴェイトのいる場所までを毒々しい暗緑色のガスが勢いよく空間を覆い隠してゆく。
ドラゴンブレス、塔の一階を覆い尽くし、さらに小屋の奥までも到達するその禍々しいまでのガス雲に、暗がりの中から咽る声が響く。
ドワーフのヴェイトがそんなもの利かんわ!とドラゴンスレイヤーを握り直して駆け出し、耐毒ポーションのおかげで窮地をなんとか逃れたアリスとウルリッヒが息苦しそうに喘ぐ苦悶が聞こえるが、3人とも息があることが竜の懐に飛び込んで難を逃れたムサシの耳にしっかりと届いていた。
自らのブレスでも立ち続けている3人に驚愕の声を上げる竜に、今なら首に届くとウルリッヒが叫び、その声に導かれるように階段を猛然と駆け上がったヴェイトがドラゴンスレイヤーの切っ先を首に深々と突き刺す。
鮮血を吹き出しながらもなおも跳び退ろうとはためく竜の翼を散々に切り刻むと、フラフラと舞い上がる巨体に棘の弾丸のごとくヴェイトは追撃のタックルで竜を塔の壁へと叩きつける。
塔が崩れんばかりの勢いで打ち据えられた竜が血反吐を吐きながらヴェイトを翼で打ち据えて階段下まで叩き落すと、階段を崩しながらも爆音を立てつつヴェイトの上に踏みつけようと舞い降りてくる。
ヴェイトとっさに転がり回ってかわしはしたが、巨体の降り立つ激震と土煙で自分の剣の居場所を見失い、竜とにらみ合うように対峙する羽目に陥る。
お互い野獣の様に吠え、竜が真正面からヴェイトに襲い掛かろうとしたまさにその時、ウルリッヒが今度は下から突き上げるような爆音魔法で竜の首を付け根から上へと叩きつけた。
その衝撃波の威力と追い詰められている現状に怒り狂い、ヴェノムファングが鎌首のように跳ね上げられた頭部を、振り下ろす勢いそのままにその巨大な牙と両手の鋭い爪を大上段から襲い掛かろうとした瞬間、ヴェイトの傍らに再び舞い戻ったアリスが奇麗な半身の姿勢と共に弓を構える。
「正射必中」
その静かな囁き声と共に、振りかぶった首の露わな一点、柔らかなあごの裏側である付け根に、研ぎ澄まされた矢弾が奇麗に吸い込まれていくように突き刺さると、口からあぶくのように血を吹き出しながら、赤い色にまみれた緑竜は、その身を地面に打ち付けるように投げ出して息絶えた。
 一瞬の静寂、その息を飲む静寂の後、アリスが喜びの声とともに飛び跳ねると、静かで落ち着いた歓声と、勝利の雄たけびと、やり遂げた勝鬨の声が塔の中に響き渡った。
それは、4人が、ドラゴンスレイヤーとなった瞬間だった。

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