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ファンデルヴァーの失われた鉱山  PCの活躍を伝える試み  第 十 三 夜  波音の洞窟と黒蜘蛛の野望

 ファンダリンから15マイルほど東へ進んソード山脈の奥深く、山麓の狭間にに抱かれるように、波音の洞窟があった。
かつて、ファンデルヴァー協定のもとにあったその豊かな鉱脈は、500年もの音、北方一帯を壊減状態に追い込んだオークの侵略の際に失われて久しく、この数世紀の間、無数の山師や冒険者が失われた鉱脈の存在を採し求め、その試みをことごとく跳ね返してきた。
しかし、つい一、二か月ほど前にロックシーカー兄弟がその入り口を見つけ出し、事態は急変した。
また不幸なことに、この兄弟達は自分たちの行動がブラックスパイダーという悪党のスパイに見張られていたことを全く知らなかった。
発見した場所に野営地をこしらえてその場所を守っていたはずのロックシーカー兄弟のふたりは、長男の訪れを待っていたはずだったが、冒険者4人と護衛ひとりを引き連れてグンドレンが舞い戻った時には、出迎えどころか静まり返ったテントが暗がりの中にに佇んでいるだけだった。
1本の自然石の柱が天井を支える大きな洞窟の中には3本の大きな石筍があり、その柱と石筍の後ろ側に位置する洞窟の西側には、大きなテントとその横にうず高く積まれた日用品の山が見て取れたが、ようやく駆けつけることができた洞窟の入り口は、初めての5人にとってはかなり異質な雰囲気を醸し出していた。
山の真下にあたるのか、思ったより寒くてじめじめしており、また驚くほど風が通る。
はっきりとわかる微風が、洞窟の奥底からロックシーカー兄弟の発見した入り口までの吹き抜けてきている。
その叩ききつけるような規則正しい轟音が木霊のように洞窟の中を響き渡っているのだ。
どこからともなく聞こえるその音は、正しく波音と表現するのに相応しく、いったい山奥でなぜこの様な現象が起きているのか皆目見当もつかなかった。
だが、そんなことにはお構いなしにグンドレンは大声をあげながらテントの方へと駆け寄り兄弟の姿を探し始める。
ヴェイトたちもそれにならうが、すぐさま柱の裏側に頽れるようにして倒れている亡骸を発見した。
そのドワーフは正しくグンドレンの弟であるタルデンの姿で、グンドレンが涙を流しながら抱き抱えるが、柱と同じ冷たさとなった体は既にこと切れてかなり時間が経っており、何が起こったのかも風化しているようだった。
シルダーとヴェイトが手伝い、三人で丁寧にタルデン埋葬する間、ウルリッヒとムサシ、アリスの三人は何か分かる事はないかと周囲を捜索してみたが、タルデンが何かに柱に叩きつけられて絶命したらしい事以外では、ドワーフたちが用意した探索道具は概ねそのままの様で、野営地として使えそうという事くらいしか掴めなかった。
また、洞窟の北東部分の床は崩落し大きな亀裂状の断崖となっており、文夫な麻のロープが近くの石筍の一本に結び付けられ、その大穴へと下ろされていたため、降りてみると、2~30フィート程降りた穴の底は粗く切り出されたトンネル状になっていて、暗い穴がぽっかりと北西および東に口を開けていた。
恐らく、どちらかにタルデンを襲った輩、恐らくはブラックスパイダーらが向かったと思えたが、どちらに向かったのか、また、どちらが波音の洞窟の深部へと繋がっているのかは、判然としなかった。
そして、もう一人のグンドレンの兄弟、ヌンドロの姿がどこにも見当たらず、彼の安否が気遣われた。
テントに戻り、タルデンの遺品を収める3人と合流すると、全員で今後の指針を話し合い、グンドレンとシルダーはこの野営地とタルデンの亡骸を守ってもらう事にしてもらい、まずはヴェイト、ウルリッヒ、ムサシ、アリスの四人で洞窟の先を探索してみることにした。
安全の確保や発見の報告ができる状態になった時、一時休憩が必要になった時に、またこの場所へと戻る。
必ず戻ってくるという約束で、グンドレンの護衛はシルダーに任せることにした。
グンドレンもタルデンをこのままここに置いてはおけず、先ほどヴェイトと二人で奇麗に整えたタルデンのブーツを、自分ら兄弟の代わりに是非お供として履いていって欲しいとヴェイトに願い出た。
ヴェイトは快くその申し出を受け取り、先ほど二人で懐かしんだブーツ、タルデンの魔法の長靴を譲り受けた。
 いざ探索を始めるにあたっては、ムサシが先導として左手の法則なる御業があると北西側への穴から調べる事を提案し、皆はこれに従った。
小声ではかき消されそうな波音と暗がりが待ち受ける穴へと慎重に足を進ませてみると、穴の先はすぐにも滑らかな自然石が人工的に整えられた床となり、その壁は荒く切り出された鉱山の様相を呈していた。
湿っているためなのか、薄汚れたかび臭い洞窟ではなく、奇麗に掃除された通路といった装いに、一同はこここそが未踏の地であった伝説の洞窟であるという可能性の高さに胸を高鳴らせた。
入り組み、無数の行き止まりが見えると同時に縦横無尽に交差する一帯を、ムサシのいう左手の法則で進んでいくが、念のためにと4つ目の行き止まりを調べてみようとなった。
行き止まりまでムサシが近づいてみると、濡れそぼった岩にみえたそれは、グジュグジュとにじみ出るようにムサシへと触手のように粘性の腕を突き出してきた。
慌てて飛び退るムサシに追いすがるその岩であったはずの粘体状の腕や塊をヴェイトが切り捨てると、千切れたその塊はドロドロと溶けるように床に油の浮いた水たまりのように流れ落ちていった。
グレイ・ウーズですね、とウルリッヒが魔法の武器を持っていなかったら危なかったかも知れないと説明するが、ヴェイトは、なんじゃ気持ち悪いスライムだな、と防具が腐食されなかった事に胸をなでおろしながら、ムサシの無事にも安堵した。
アリスもつがえていた矢を引き戻すと、矢尻を無駄に減らされてはたまらないと、余計な捜査はほどほどにしてほしい顔をムサシに向けた。
俺じゃなかったら気付かなかったかも知れないし、気付けて良かったじゃないかと抗弁しつつ、慎重に行こうと先に立ったムサシだが、とりあえずこの採掘地点らしき場所を抜けてしまおうと先を急ぐことにした。
暫くもしない内に、通路は洞窟の掃除屋が舐め尽くした奇麗な床から暗き淵の佇む空間へと4人を誘った。
さざ波一つ立てない静かだか底の見えない暗い池が広がり、その淵には奇妙な青白い二枚貝の砕けた欠片が折り重なるようにして層をなしていた。
波音がここから出ているのではないのか、東側に続く階段の奥から音が迫ってきては反響しているような状態で、池の水は静かに北へと流れているだけでその先を窺い知ることはできなかった。
アリスが岸辺に立って池の様子を窺ってみるが、水自体は奇麗で飲み水に使えそうかもしれないということが分かっただけで、これといった異変などは感じられなかった。
相変わらずドワーフ用で天井の低い一帯の先にみえた東側の階段の先は、少し高くなりムサシやウルリッヒでも苦も無く伸びができる高さだったことから、4人は足早に整えられ、丁寧に石のブロックで飾られた通路へと足を向けた。
十字の右側は行き止まり、左は上り階段が先に見えたが、池の地点から通路に出た場所の真正面には、初めての扉が姿を現した。
高さや幅からみてもドワーフが設えた石の板扉である事は容易に判別できたが、その鉄の取っ手と蝶番の様子から、つい最近も使われている状態であることがムサシには手に取るように分かった。
何から中にいる、そう無言で後ろに伝えると扉の向こう側と鍵の様子を窺うと、しゃがれたドワーフ語に似た違う言葉が飛び交っているのが分かった。
数も多そうだが、素通りして後ろから襲われるのも避けたいところで、4人は飛び込んでみることにして、息を合わせてムサシが扉を開け放つのを合図に部屋へと押し入った。
扉の先は壁沿いに石の燭台が立ち並び、中央に火をくべられた火鉢が明るく部屋を照らす温かい空間だったが、それ以上にむさ苦しいバグベア共が大挙して巣くっていた。
血相を変えて立ち上がるバグベアたちに挨拶よろしくアリスが矢を射かけると、ものの見事に眉間に突き刺さった一撃に早くも一匹がもんどりうって倒れる。
すぐさま引き絞って二射目も隣のバグベアにけしかけると、その矢の下を電光石火の勢いでムサシがなだれ込み、瞬く間にズタズタに斬り結んで武器を手にしたばかりの一匹を打ち倒した。
まだ数の多いバグベアにけたたましくヌンドロをどこにやったのかと吠えるヴェイトをフォローするように、ウルリッヒの魔法の炎の矢がバグベアの足元に爆ぜて燃え盛ると、慌ててその火の粉を払いよける間にヴェイトの弾丸のような突進による切っ先が深々とバグベアの肩口に突き刺さった。
剣を引き抜く手でさらに大上段からヴェイトが切り捨てると、こちらもあっとゆう間に大きな音を立てて3体目のバグベアが床に崩れ落ちていく。
怒りの叫び声と共に一回り大きなバグベアとそれに続く2体がモーニングスターを振り回し果敢にヴェイトに猛反撃すると、今度は盾越しにものすごい衝撃がヴェイトを襲い、たまらず二歩三歩とこれまでの戦闘では頑強に耐え、ドラゴンにも臆さなかったあのヴェイトがたたらを踏んだ。
奥にガラクタの詰まれた行き止まりの部屋だからか、一向に戦意を失わないバグベアたちに少し恐怖を覚えるが、それでも次のアリスの一射は外すことなくバグベアの厚い胸板に深々と突き立てられ、さらにもう一体倒れる隙にムサシがするするとヴェイトを狙うバグベアの後ろからその柔らかい脇腹を突き刺して絶命させると、振りむこうとしたもう一体の腕にも手傷を追わせて飛び退った。
隙のできたその一体にウルリッヒが炎の矢で追い打ちをかけると、慌てて火を消そうと頭を振るバグベアの胴体にヴェイトのドラゴンスレイヤーが突き刺さり、血を吐いて大の字に倒れることとなってしまう。
一対一となったところで下から突き上げるようなヴェイトのタックルがバグベアの腹にもろに突き刺さり、今度は四歩五歩とバグベアがよろよろと後退する。
後退したボスを守るように両脇から吶喊してきた二匹のバグベアがヴェイトを連続してモーニングスターで叩きつけると、指先から肩口までを痺れされるほどの重い衝撃が盾ごしにヴェイトに激震を与え、苦悶のうめき声を引き出させた。
だが、前に出れば格好の的と言わんばかりに立て続けに二本の矢がバグベアに突き刺さり、アリスの攻撃の前に屍となってそのバグベアは床に身を投げ出す。
怯んだもう一体には影に回り込んだムサシの姿が見えることなく、こちらも何が起こったのか分からないといった表情で自分の胸から突き出た剣を見下ろすようにして前のめりに倒れ込んだ。
最後の一匹となっても怒りの炎を瞳に宿したままのバグベアは、ウルリッヒの創り出した光り輝く魔法の矢に射貫かれてもなお倒れようとはしなかったが、ヴェイトの重い一撃を受けると、既に力尽きていたかのように、ゆっくりと倒れていった。
思いのほか手痛い反撃を食ったヴェイトが珍しくポーション・オヴ・ヒーリングを呷ると、部屋を一望したウルリッヒとアリスがここでひと休憩とろうと言い、部屋を捜索しながらヴェイトの気持ちも含めた休息を取らせることにした。
かつて鉱夫の休息の部屋、宿舎として使われていたらしい部屋は、東側のドアに雑多にあったものなどを積み上げてバリケードが作られており、入ってきた反対側には行けなくなっていた。
アリスとウルリッヒが丁寧にそのバリケードを取り除く間、ムサシは入ってきた入り口から廊下を見張るとともに、簡易的でも鍵を掛けれるようにドアに細工を施していった。
ヴェイトが気持ちも体も落ち着ける頃には、バリケードの先が通路になっている事を扉越しに確認すると、波音の響きは東側が大きい気もしたが、やはり順番としては左側からということで、元来た道のもう一本続いていた北側の階段へと向かうことにした。
その北側階段を上るとすぐに右は下りの階段があり、左は薄暗い通路で行き止まりと右に折れ曲がった角が見えた。
行き止まりに注意しながら左側の通路へと進むと、折れ曲がった先はすぐに両開きの扉があり、先ほどの扉より何か荘厳な雰囲気が漂っていた。
音もせず、その鍵もかかっていない静かな部屋の扉を少し開いて中を見ると、ムサシの目に飛び込んできたのは至る所が蜘蛛の巣と化した白い世界だった。
6本ある大きな大理石の柱にも全て蜘蛛の糸が無数に張り付き、大広間の奥にある大きなドワーフらしき彫像の姿をぼやけさせているほどだ。
その巨大な石造りのウォーハンマーを膝に乗せた玉座に座る彫像の前には、こちらを窺う二人の人影と一匹の大きなバグベアの姿があった。
これはこれは冒険者一行というやつではないか、と流暢な共通語で語りかけてきたのは、すらりとした銀髪のエルフだが、その目は赤く光っており、ドラウであることが窺えた。
そして、そのドラウの脇でバグベアと同じように身構える魔法使いらしき男が思わず声を漏らす。
「ムサシぃ……」
紛れもなく、その姿はファンダリンから逃げ去ったガラス杖ことイアルノ・アルブレックその人だった。
「なるほどなるほど、話が見えた。どうだね? 君たちと手を結んでもよいのだが、話をしないかね?」
そう言ってバグベアを制すと、フードを開けてドラウは顔を露わにして杖を小脇に抱えるようにすると、ヴェイトたちに敵意がないことを示して見せた。
ヴェイトがドラウの話など信用ならん!ヌンドロはどうした!と叫ぶのと、ムサシがガラス杖と仲良くしてるやつの話が聞けるか!と声をあげるのが被るが、それを制するようにアリスがまずは名前を聞かせてもらおうと弓を引き絞ったままで問い詰めた。
油断なくドラウの挙動をみつつ通路側も警戒しているウルリッヒにも動じるでもなく、そのドラウは、私の名はネズナル、人は私のことをブラックスパイダーと呼ぶと名乗り、この遺跡の調査に難儀しているのだと笑ってみせた。
その名に一歩にじり寄るヴェイトに、ネズナルはヌンドロは無事だよ、すぐ連れてきてもいいと言い、訝しむヴェイトの横でイアルノを睨むムサシに続けざまに、この男が憎いのなら、差し出してもいいと述べてイアルノを驚愕させる。
その言葉に狼狽えるイアルノに、まだ失敗の償いも済んではいまい?と問いかけながら、ヌンドロを連れて来ようともう一度四人に向かって語りかけた。
ここでウルリッヒがタルデンはお前たちがやったのかと問いただすと、物憂げな顔でネズナルは、あれは不幸な事故だったと語り始める。
彼曰く、この遺跡の奇跡と英知と財産を欲望に駆られたドワーフ共がむやみやたらに発見の事実を吹聴し、ファンダリンとその周辺に新たな要らぬ紛争を巻き起こすのをだまって見てられなかったのだという。
そこで先んじて探掘と調査をと思ったが、入り口から逃げもどこうとしない二人に業を煮やしたバグベアの一人が、うっかり怒りをまき散らして突き飛ばしてしまい、哀れドワーフの一人は柱に頭を打ち付けてしまったといい、言ってもきかないもう一人は隣の部屋で大人しくしてもらう事にしたらしい。
叡智が公衆の面前に触れるのは、オーク共の侵攻をまた誘発するぞ、この知識が蹂躙され、失われる前に、破壊されてしまうかもしれない未来が訪れる前に、知識の継承は為し終えておくべきなのだと語り、ネズナルは4人と共に調査することに前向きな姿勢を示す。
まずはヌンドロの安全だというヴェイトに、ならばバグベアに連れてこさせようと4人の右手に見えるドアを指さして判断をゆだねる。
4人は目くばせしてバグベアの退出を許すと、それほど時間も立てず戻ってきたバグベアが約束通りにヌンドロを縛りも手かせもしてない状態で連れてきたことに少し驚いた。
再会を喜ぶヴェイトとヌンドロを横に、一旦武器を収める4人だが、じゃあイアルノはこちらで好きにしてもいいのかとムサシが問うと、何食わぬ顔で町の人に突き出そうがここで勝手に斬り結ぼうが構わぬとネズナル言い切った。
動揺を隠せないムサシの肩に手をあてると、ウルリッヒはきっぱりとした口調でネズナルに反論をした。
「我が神オグマの言葉を聞いている身としては、その軽い、薄っぺらい言葉の裏に貴様の好奇心とペテンが見え隠れしているのがハッキリ分かるぞ。ドラウよ、知識を独り占めしてアンダーダークへの手土産にでもするつもりか? それともこの地に更なる暗黒の組織を拡大させるつもりか?」
酷い言い草だと薄ら笑うネズナルに、アリスが毅然とした態度で追い打ちをかける。
「自らの仲間をこうも簡単に差し出すお前は、どう見ても信用ならない。次は私たちを裏切るのが目に見えるようだわ!」
「……よかろう、決裂ということだな。残念だが、お前たちを生かす理由がなくなった。」
その瞬間、ヌンドロが、「上だ! 上に気をつけろ!」と叫び、一同は一斉に武器を構えると同時に上からスルスルと降りてくる巨大な蜘蛛に目を見張った。
4匹ものジャイアントスパイダー、その静かな挙動はヌンドロの一声がなければ危う急襲さえてしまうところだったかもしれない。
先手を打ち、蜘蛛もろともネズナルをもウルリッヒの必殺の一撃が部屋を覆い尽くし、その巨大な火球が今まさに炸裂するかと思われたが、ネズナルのカウンタースペルが火球の光を瞬く間に萎ませて消し去ってしまう。
蜘蛛に気付かれたことか、魔法使いの脅威の大きさにか、チッと舌打ちをするネズナルの顔を見ながら、ヴェイトはありがとう友よ!と叫び、続いて貴様だけは許さんと心に滾る怒りの炎と共に雄たけびを上げた。
蜘蛛の糸を器用に最低限の動きで避け、時にはバリバリと突き破ってネズナルに吶喊するヴェイトに、バグベアがその動きを脇から止めに入るが、ドラゴンスレイヤーの鋭い切っ先に血を滲ませ、一瞬のにらみ合い状態になる。
その隙にムサシが珍しく力技で吶喊し、イアルノに迫り、お前の相手はこの俺だ!と叫びつつ素早く剣を繰り出す。
だが、疾風のごとく風を切った剣の切っ先はイアルノがとっさに繰り出した魔法の障壁に阻まれガチガチと鈍い音を響かせる。
蜘蛛の糸の隙間をものともせず射通したアリスの弓矢がネズナルの肩口をそびやかすと、その腕から黒い蜘蛛を象った杖が床へと転がり落ちる。
連続で射かけられる弓矢にさらに傷つき後ずさるネズナルに、今よ!とアリスがムサシに声を掛け、ネズナルに駆け寄る隙を教えるが、ムサシが駆け寄った先にはさらに2匹の新手のジャイアントスパイダーが柱を伝って上から下りてくるところで、吐き出された糸に絡めとられそうになる。
とっさに横にあった糸を引っぺがすように盾にすると、二つまとめてムサシは糸を投げ捨て、さらに噛みつこうとしてきたもう一匹の攻撃も華麗にかわしてみせた。
他の蜘蛛達もヴェイトやアリス、ウルリッヒヘと糸を吐きかけるがそれぞれに阻まれ、また噛みつきの牙も届かなかった。
イケるか、と思った4人の耳に、特にアリスのほど近くから、今まで暗がりだと思っていた影が揺らめきたち、「ネズナルよ、苦戦しているようだな。加勢しようか」と耳障りな声が響いた。
「シャドウ・デーモン!!」とウルリッヒが叫びながらヌンドロをかばって部屋の外に彼を押しやると、デーモンはアリスに襲い掛かり、その影のような鉤爪を突き立てようとしたが、その鋭い爪が届く寸前ぜアリス身をよじってよける。
避けた拍子にデーモンを見失うが、今はそこに気を払うどころではなかった。
アリスが横っ飛びに飛んで転がり逃げると、ムサシの眼前でスクロールを電撃の嵐で燃やしながら呪文を完成させたイアルノがドアの出口まで凄まじい雷で一直線に周囲を焼き払う。
避けきれずシャドームーンとショートソードを避雷針のごとく床に突き立てて耐えたムサシがバチバチと音を立てながら膝をつくのがアリスの目にちらりと映るが、自分の足にも雷撃の衝撃は少なからず残っていた。
ネズナルを気にするあまりバグベアに手痛い一撃を食らっていたヴェイトも思わずムサシの安否を気遣うが、その一瞬にネズナルの姿がぼやけるようにうっすらと掻き消えていく。
ヌンドロを避難させたウルリッヒが部屋に舞い戻ると、既にネズナルの姿は杖と共になく、エーテル界への蠢動を微かに感じ取れるだけで何処か判然としない状態だった。
見えないものは仕方がないと、目の前の敵、バグベアを散々に斬りつけたヴェイトは、トドメとばかりにタックルして蜘蛛の糸ごとバグベアを吹き飛ばすとムサシに加勢しに奥へと急ごうとするが、バグベアは蜘蛛の糸を引きちぎってヴェイトに追いすがり、ヴェイトの足を止めさせてしまう。
傷ついたムサシは感電したままの体を無理やり動かしてイアルノへと切りかかるが、イアルノはその挙動をあざ笑うように避けつつ次の呪文を紡ぎ始める。
伏せろと叫ぶウルリッヒの声に慌てて伏せたムサシの頭の上で、轟音とともに巨大な火球が部屋の上部を覆い尽くし、蜘蛛の糸ごと蜘蛛とイアルノを業火の火炙りにする。
その轟音とともにボトボトと落ちてくる蜘蛛にアリスが矢を射かけてトドメを刺すが、奥の蜘蛛までは数が多くて手が回らない。
ムサシがフラフラと立ち上がったところに二匹の蜘蛛が噛みつき、苦痛に体をこわばらせて毒が体に回るのを感じながら再びムサシは床に倒れていった。
続いて直上から降りてきた蜘蛛にウルリッヒも嚙まれ、深手を受けてしまう。
いつの間にか後ろに迫っていたシャドウ・デーモンの影にも気を取られ、ヴェイトの注意が前後や仲間へ急ぎ向けられ、目の前から逸れた隙をバグベアが見逃さず追撃で傷を負わせると、ヴェイトは怒り狂ってバグベアを今度こそ打ち倒した。
だが、ヴェイトが振り返るとシャドウ・デーモンの姿は見えず、その代わりにいつの間にか部屋の奥に佇むように姿を現していたネズナルが呪文を紡いでおり、部屋の入り口から中心迄と覆い尽くす業火の火球が3人の身を焼いた。
器用に蜘蛛を避けるように爆発した火球は、深手を与え、ウルリッヒが耐え切れずに昏倒していく。
だが、傍らにいるアリスに何事か必死になって何かを伝えようとつぶやきながら、ネズナルの周囲のウィードをかき乱す事だけにウルリッヒは集中して何かを成し遂げた。
珍しく肩で息をしながら指先を震わせていたアリスは、自らがエーテル界に旅立ったはずだったネズナルの姿をはっきりと目視し、ウルリッヒの力に感謝しつつ大きく息を吐いて呼吸を整えた。
その間にヴェイトは目の前を遮る蜘蛛どもを蹴散らしてムサシの元へと駆け寄ってムサシから蜘蛛を遠ざけると、己の姿がさらけ出されたままのネズナルに残念だったな悪党めが!と叫び、見えている事実を突きつけた。
ハッとしてアリスの方を見返したネズナルと視線が交錯し、吸い込まれるようにアリスの矢尻はネズナルの胸のど真ん中を射貫いた。
信じられない表情のまま後ろに倒れていくネズナルとは対照的に、奇跡的にすぐ目を覚ましたウルリッヒが床に伏したまま微笑むと、
「オグマ神の白地図がこう記されることは、すでに見えていたのです。成し遂げる意志さえ失わなければ」とゆっくりと片膝をつきながら体を起こした。
ネズナルの杖の落ちる乾いた音とともに蜘蛛がその杖に集まり始めるが、とりあえずポーション・オヴ・ヒーリングを飲むウルリッヒは、通路の先が騒がしくなっているのを聞きつけた。
ヴェイトがムサシを助け起こすのを急かしつけると、アリスにまだ終わってない事を伝え、急いで臨戦態勢を整える。
アリスも蜘蛛が攻撃を止めたのをみてどうにかできないかとネズナルの落とした杖を急いで拾い上げに行くが、アリスには杖を手に取ってみたものの、杖を見ているだけの蜘蛛にどうすれば自分の言う事を聞かせられるのか、分からないままだった。
とりあえず目覚めたムサシが扉を閉めようとポーションを飲むのも片手間にドアへとかっ飛んでいくが、ヌンドロを急いで部屋に引き入れたウルリッヒと三人で、ドアの目の前まで通路を掛けて迫った来たバグベア共とドアを開けろ閉めろの押し問答になる。
もう一方のドアはヴェイトが一人でドラウとバグベアの二体と同じような事を繰り広げるが、ヴェイトのがんとして動かない力強さにあきらめたのか、二体は扉から離れていった。
一瞬ほっとした5人が顔を見合わせるが、すぐさまヴェイトのいない方、ムサシたちがいるドアに先ほどの二体が加勢に駆けつける音が扉の向こうから響いて来た。
ここでムサシがドアを閉めるや否や大声でと叫び声をあげた。
「貴様らのボスは既に俺たちに斬り殺されたぞ!お前たちもそうなりたいのか!今逃げるなら見逃してやる。」
扉の前まで響いた吠え声が一瞬途切れたそのわずかな動揺を見逃さず、「こちらは体制が整ったからな、容赦はしない!」とさらに追い打ちの言葉をなげかけると、扉を叩く音がすぐさまやみ、それきり怒号や獣じみた音が途絶え、波音以外の音がしない静けさが暫く続いていった。
 どうやら敵が去ったらしいことに胸をなでおろした4人と救出された一人は、改めて激戦を乗り切り、生き残れた幸運に喜び、ひとまず先ほど休憩した部屋でもう一度一休みすることにした。

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