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ファンデルヴァーの失われた鉱山  PCの活躍を伝える試み  第 十 四 夜  緑の炎と笑う髑髏

 パチパチと火が爆ぜる中、壁沿いに石の燭台にも灯された温かい炎の光が立ち並び、その部屋の中央でアリスが味を調えた鍋が、火鉢の上で芳醇なスープの香りを漂わせていた。
宿敵ブラックスパイダーを倒し、残党一味も敗走したのか、4人が傷を癒すために舞い戻った守衛部屋も、以前と変わらず奇麗なままで、一休憩取るのに快適な空間を5人に増えた冒険者一行に提供してくれていた。
「ねえ、最後、なんで退いてくれたのかしら?」
不思議そうにムサシの顔を覗き込みながら汁椀を手渡しながら問いかけるアリスに、ムサシは油断なく今きた通路の方を睨みながら一瞬だけアリスに視線をおよがす。
「あいつら、ああ見えて臆病なんだよ……ウルリッヒと話してて、奴らの生態も把握させてもらった。なりだけはデカイくせして意気地なしで実は小心者、不利だと思うとあっちゅう間に逃げ出すんだ、とさ」
ぶっきらぼうに言葉を返す彼に、へぇ、と感心したようにアリスは相槌を打つと、そのやりとりを静かにほほ笑むウルリッヒとムサシを交互に見返しながら全員に椀を配ってそれぞれの意外な関係性の進展に静かに驚いていた。
「アイツは意外と熱心な勉強家じゃぞ」とヴェイトが不愛想に汁をすすると、思いのほかびっくりとするアリスに、お前さんも腕を磨いたな、このスープは人の温かさを感じるいい味になったと、しみじみとした視線をスープに注ぎながら旨そうに飲み干した。
嬉しさよりも男どもの一体感が羨ましい気持ちが湧いたが、それでもその一体感の中に自分もいる物言いに、まだまだだけどね、と誰に向けてと言うでもなく何に向けてと言うでもなくつぶやくと、アリスは自分のスープの味がどう変わったのか噛みしめてみた。
皆が体を芯から温め、救い出したヌンドロの話を聞きつつ状況を整理してみると、どうやらブラックスパイダーとその手下たちは、この波音の洞窟を発見した場所を守っていたヌンドロとタルデンに突如として襲撃してきて脅し掛け、立ち退きか死かと突き付けてきたらしい状況とその後の奴らの動向がありありと判明していった。
脅しを拒んだ顛末は概ねブラックスパイダーことネズナルの言葉に間違いはないようだったが、その後、捉えられて毎日日課のごとく洞窟について知ってることを洗いざらい話すように尋問され続けたヌンドロは、何も知らなかったためにろくな返事もできないでいたが、情報がないがゆえに、そしてまたネズナルの探索が上手く進展していかなかったおかげで、疲れ果ててはいたが希望は失わずに生き延びてこれたらしい。
最後に来たネズナルの援軍は探窟作業をしていたバグベアたちだろうという事も、激戦の場所がドワーフの主神であるデュマイソン神殿である事も、その場所を拠点として探検を続けていたことも分かったが、ネズナルたちが洞窟の東側に手を焼いて未踏破であったことが分かると、一旦グンドレンと合流してヌンドロの安全を確保しようという事になった。
ネズナルが呪文の鍜治場の知識を欲しているのは事実だったようだが、そこに到達するにはまだ至っていない。
また、とどろく波音の真実も明らかになってはいないし、本当に波音の洞窟であるのかすら真偽は不明のままだ。
そこで休憩で英気を養った4人は、かつてバリケードだった東側のドアから東側を探索してみる事にしたが、部屋を出ると右の通路と直線の丁字路のすぐ先に、大きなふいごの見える部屋が目の前に巨大な空間を形成していた。
製錬所か、と先頭のムサシとヴェイトがそう思った矢先、一筋の光点が4人の間で大きな火球となって炸裂した。
激しい轟音とともに呪文、ファイアーボールが炸裂し、何事かと火煙の中から巨大なふいごと溶鉱炉がある部屋に視線をめぐらすと、ゾンビがこちらに歩み寄ってくるその奥で、ふいごをかつて回していたであろう水車の上に浮かぶ、小さな緑の松明のような揺らめきが見える。
その炎の中で燃えているのは人間の頭蓋骨のようだ。
奇怪な笑い声と共にさらにゾンビをけしかけてくるその怪物に、4人はどうしてバリケードが築かれていたのかを悟った。
幸い、寸前でファイアーボールに気付いたウルリッヒが静止下おかげでヌンドロはまだ部屋から出ておらず、傷は受けなかったがその代わりにウルリッヒは大きな火傷を負ってしまう。
慌てて迫るゾンビをムサシが蹴散らして追い払うとヴェイトもそれに続き、道の開けたところでアリスが物陰に潜もうとする元凶、フレイムスカルのうつろな両眼を弓矢で射止めて見せた。
緑の炎が立ち消え、乾いた音とともに床に落ちた頭蓋骨は粉々に砕けて跡形もなく消えていくが、ゾンビは歩みを止めようとしない。
ウルリッヒが先ほどのお返しとばかりにファイアーボールをお見舞いして半数近くのゾンビを巻き込むが、そのしぶとさゆえか火球に呑まれた半分近くのゾンビ共が立ち上がってくる。
肉の焦げる嫌な臭いが立ち込める中、奥から奥から湧いて出るように向かってくるゾンビ共に悪戦苦闘するが、これまでの経験の差か、手傷を追いながらもなんとか溶鉱炉の周囲一帯を制圧し、4人はゾンビ共を打ち滅ぼす。
肩で息をする3人に、ウルリッヒはフレイムスカルは脅威のアンデッドであり、何度打ち倒そうとも復活し、よみがえってくるだろうといい、素早く調査を済ませてこの場を離れた方が良いことを告げる。
再びファイアーボールを食らってはたまらないと、溶鉱炉や枯れてしまった水路とそこに伸びた水車式の巨大なふいごを調べてみるが、魔法の火球でも傷一つつかない溶鉱炉がかつての採掘事業の中心地であった事実は分かれど、呪文の鍜治場はこれではなく、別の場所にある他の施設であろう事しか分からなかった。
また、部屋にいまだ多く残る荷車に積まれた石炭の山や未精錬の鉱石の束だけでは、鉱石をインゴット化した後の作業がどこで行われていたのか判断できる材料は残されていなかった。
また、北に延びる水路はかがめば通れそうだが、どちらかといえば東側の水路の先から激しい波音が響いている気がして、これ以上の探索を続けるかどうか、判断への迷いを増大させた。
部屋から東と南に通路は伸びているが、先ほど休憩した部屋を出た直後にあった南側の通路もまだ調べてはいない。
床に散乱する大量の過去の戦闘の証し、干からびた骸骨と化した死骸の山をみながら、4人はこれ以上の調査はヌンドロを危険なこの場所から連れ出したその後で、改めて4人で行う事をシルダーにもドワーフ二人の護衛を引き続きお願いせねば脅威は大きいだろうと話し合い、先ほどのかつてバグベアがいた部屋に戻って傷の手当を素早くすませると、休憩後に早速もと来た道から安全かつ慎重にロックシーカーの野営地へと向かった。
例によって湧き出す池の横を通り、採掘場を抜けようとすると、十字路に入った辺りで不意にムサシの左手から水の揺らめきのように透明な何かが包み込もうと這い寄ってきた。
素早く一歩先へと逃れたムサシが向き直ると、半透明のソレは、通路を覆い尽くす不定形なゼリー状の何かで、意味も分からず、何しやがると言わんばかりにムサシが斬りつけると、プルプルとその身を震わせた。
不快感を募らせるその挙動にウルリッヒから放たれた連続する炎の火線が立て続けに3本突き刺さって燃え盛ると、焼け焦げて身を縮こませるキューブ状の怪物の体をヴェイトが細かく切り刻み、いまだ蠢動する中央部をアリスが射貫くとドロドロと崩れて流れ落ちていった。
なるほど、掃除係か、とウルリッヒがゼラチノス・キューブについて解説を始めるが、3人は嫌な話を聞いたとばかりに、包み込まれて息もできずに溶かされ、消えていったこれまで被害者と自分が不幸に見舞われた場合とを想像し、この区画には二度と入るまいと誓った。
 なんとか元来た道を辿り、グンドレンの元まで帰還した4人とヌンドロは、再会に喜びつつも敗走したバグベアたちが通ったかどうかを懸念したが、グンドレンとシルダーはその気配は感じなかったらしく、いまだ迷宮をさまよっているのか、いつの間にか撤収を終えたのか、はたまた先ほどの掃除屋の餌食になったのかと思いを巡らせた。
だが、いくら悩んだところでその結論は出ず、もはや考えても仕方ないと、簡易的とはいえ久々にベッドやハンモックに身を委ねながら、見張りをシルダーとドワーフ二人に任せると、4人はゆったりとした休息をとって次の日の目覚めを待つこととした。

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