ファンデルヴァーの失われた鉱山 PCの活躍を伝える試み 第 七 夜 メニー・アローズのブラゴア隊
オールド・アウル・ウェルを発ち、西南に絶えず視界に入るソード山脈の連なる岩山を眺めながら歩を進めた一行は、その一歩ごとに険しくなる丘陵地帯に、汗を覚えるほどとなっていった。
ワイヴァーンの止まり岩と名付けられた巨大な丘は、かつて本当にワイヴァーンの巣くう危険極まりない場所だったが、とある冒険者の一団が追い払って以降、今ではワイヴァーンの影もなく、ひときわ大きくそびえ立つ稜線を際立たせていた。
そして、この広い一帯のどこかに潜むオーク共を見つけるには一筋縄では行かないようで、鋭敏な知覚と判断力を兼ね備えたアリスをもってしても、午前中の収穫は何一つ得られなかった。
さらに南西の山麓近くへと丘のすそ野を進んでいくが、途中で先頭を代わったヴェイトの確かな登山の歩みでも足取りがつかめず、一旦のお昼休憩を挟み、午後に気持ちを新たに岩棚を器用にすり抜けるように先行するムサシに期待を託すことにした。
西日も傾き始めるころになり、周囲の風景や切り立った斜面の傾向から、ムサシの主張する方向へと舵を切ってみると、ウルリッヒが微かな煙のたなびきと臭気を察知した。
いよいよ発見か、と鼻息も荒く乗り込もうとするヴェイトをアリスが静止し、夜目の利かない自分やムサシ、そして何より夜目が利くオーク共の勢力もわからず相手する危険性を説くが、ヴェイトは峡谷の底でぽっかりと口を開ける洞窟に、中はどちらにせよ暗いと、早めの掃討を持ち掛ける。
しかし、旅の疲れと一晩様子を見て敵の動きを見るのも悪くはないだろうとウルリッヒにも止められ、ヴェイトは渋々と腰をおろした。
体の芯まで温まるアリスのウサギスープを早々に飲み終えたムサシが寝息を立て始めるが、いつもよりも不愛想に装備の手入れをするヴェイトをみて、調理用具をしまいつつ見張りに立つ準備をしていたアリスが関心をもって声をかける。
始めは面倒くさそうにアリスを流し見たヴェイトだったが、旧知の仲であるファンダリン町長との約束や、オークとドワーフの今も続く昔からの長い争いの歴史を語り、並々ならぬ意欲をアリスに示してみせ、その意気を感じ取ったアリスもまた、明日の討伐への自分の力ある限りの協力を誓う話となった。
静かにその会話を聞いていたウルリッヒが、早朝から叩き起こすのはいいが、そろそろ明日に備えて寝て頂くよう促し、そもそもヴェイトがネヴァー・ウィンターにいた発端の部分を聞き逃すこととなったが、いつもまずは聞き手に回るウルリッヒに、アリスとヴェイトが話の水を向けたことにより、長身のエルフの口から、今まで聞いていなかった話がほころび出てきた。
知識神オグマの天啓、ゴブリン共に穢された祠とその場所であるギザキバ族の居城、そこでは悪しきゴブリンの戦神マグルビイェトが祀られ、一刻も早く清浄化しなければならないという必要性、そしてその大役こそが自分の使命であるという意気込みと強い想い。
その熱にヴェイトが豪胆にウルリッヒの両手を取ると、同じ心持ちの同志だと手を取ったまま激しく上下振って俺を遠慮なく頼ってくれと息巻く。
アリスもなるほどと頷くと、それぞれ4人の思いが絡まるように連なっている、その運命を感じつつ、お互いの思いの成就を願い、いずれはドラゴン退治も手伝ってもらう、と自分の将来への約束を二人に取り付けた。
知識と冒険の旅路に是非もないと顔を見合わせる一同だが、果たして、ではムサシの未来は、と3人の視線が一点に集まり、答えの出ないその問いかけは、ムサシの寝息と共に3人の笑いへとつながり、いつもの夜営の始まりの合図となった。
ヴェイトは然る後、はやる気持ちを抑えながら床につくと、自らの氏族がいる「北方」へと続く道のひとつ、トライボア街道の安寧を願いつつ、ロング・ロード街道やヤーターの先にある故郷を久々に思い返すと、いつか通るであろうその道の前に為すべきことを一つ一つ思い浮かべつつ目を閉じることにした。
まずはオーク討伐、そして友、グンドレンの救出を成し遂げて見せようと。
翌朝、ヴェイトとムサシが朝も早くから皆を起こすと、4人は改めて洞窟の入り口を調べに出向いた。
入り口から見える洞窟の奥は暗く、明かりが全く灯っていない事がうかがえるが、入り口の先にある大きな岩が、さらにその奥を見づらくし、様子がさっぱりわからない。
イアルノの部屋にあったハットの力を借りてウルリッヒがムサシの短剣に魔法の明かりを灯し、ムサシが岩の近くまで進んでみるが、奥からの物音も聞こえず、灯りの照らす範囲では何も変わったことは感じられなかった。
そこで、4人は静かにさらに中へと進んでみたが、岩の奥にあったのは入り口付近で汚らしく食事をした残飯やら、たむろった後くらいであり、洞窟は右手の奥へとさらに続いていただけでオークの姿は見当たらない。
どうやらその先にはオーク共がいるらしく、耳障りな音と笑い声などが響いてくる。
警戒しながら隊形を整えていざ進もうとすると、先頭で奥の様子を窺ったヴェイトとムサシが異変に気付く。
音がピタリと止んだ……
しかし、先頭のムサシがダガーを鞘に納めると、アリスとムサシは暗闇の真っただ中に取り残されてしまう。
4人は意を決して、武器を構えて奥の部屋へと飛び込むことにした。
待ち伏せ、それは予測していた。
だが、予想以上に規律の取れた行動にムサシが息をのみ、ヴェイトがその統率の取れた動きに唸る。
一番に部屋へと躍り出た形となったムサシは、手に手にジャベリンを構えるオーク共を見て一番近い真正面の敵に狙いを定めるが、目の前まで迫ろうとしたその時、殺気で足が冷たい洞窟の床を反射的に蹴り、横っ飛びに体を回転させる。
今一歩進んだ先にジャベリンが方々か次々と降り注ぎ、一命をとりとめる。
それでも掠った1本にダガーを取り落とすと、そこから部屋の全周が足元から浮かび上がった。
入ってきた入り口を囲むように3個所ほど口を開けた通路があるが、その先は暗くて分からない。
しかし、その先からも足音は響き、また、部屋にいたオーク共も数は多かった。
そして何より、この部屋には1体の巨人、オーガが今か今かと巨大な棍棒を握りしめてこちらを睨んでいたのだ。
下がれムサシ、とヴェイトが声をかけるのと、下がって、と弓を引き絞りながら叫ぶアリスの声が見事に重なり、急ぎ魔法の糸、ウィードを紡ぐウルリッヒの微かな声色が緊張感と共にムサシの耳にささった。
このままでは癪に障ると、ムサシは目の前で攻撃を充分に警戒していた筈のオークを深々と突き刺して驚愕させると、軽やかな足取りでヴェイトがいる横まで翻るように戻っていく。
ヴェイトが剣と盾を構えて、死にたい奴からくるがいいと叫ぶが、奥の部屋からもオーク加勢が到着し、隊列を組むように距離を取りつつ降り注いだのは、またもジャヴェリン。
そしてそれと同時に近くの通路から現れたのは、プレートメイルを着込んだ隊長らしき偉丈夫なオーク。
「ゲヒャヒャヒャヒャ! 今日はたらふく肉が食えるぞお前たち! ドワーフにエルフ、柔らかそうなヒューマンの肉までついてきやがった! この斧噛みのブラゴア様に血肉を捧げるがいい! 続け者ども! 一気に殺れ! ごちそうだ!」
突進しながら敢然とヴェイトに錆が浮くグレートアックスを振りかざすが、隙も無く盾を構えていたヴェイトは奇麗にその攻撃をいなす。
新調したばかりの盾で、まるで馴染みの長年使いこんだ一品のごとき手さばきでジャヴェリンを叩き落し、斧の一撃も防ぎ切ったヴェイトだが、一瞬この隊長以外のオークが斧で襲い掛からないことをいぶかしむ。
だが、その答えはすぐに目の前で示され、咆哮を上げながら猛然と向かってきたオーガが眼前に迫った。
その咆哮をかき消すようにウルリッヒが爆音とともに攻撃魔法を叩き込み一瞬動きを止めたかに思えたが、巨体の突進は止まらず、また、その巨体の陰にいたおかげか、爆音魔法に飲まれたかにみえたオーク共も大きな傷を受けたりひるんだりした様子もなく、果敢にこちらに吠えたててきた。
オーガの一振りがヴェイトを襲うかに見えたが、その攻撃の先にいたのは初めに部屋に飛び込んだムサシであり、雄叫びともに繰り出された一撃は洞窟の壁まで穴を穿つと、ムサシも飛散した石や岩まではかわし切れず、致命傷に近い大きな傷を受けてしまう。
血を流しながらよろめくムサシをカバーするようにアリスの矢弾が隊長の腕を刺し貫くが、意にも返さないとでも言いたげにブラゴアと名乗ったオークが吠えながらアリスを睨み返す。
その気迫にアリスは一瞬気圧されるが、冷静に間合いを取りながら自分の横まで退いてきたムサシを一息つくよう促すと、ムサシは陰になる壁にもたれつつ一気にグレーター・ヒーリング・ポーションを呷った。
まだまだ行けるゼ、と息も荒く空瓶を投げ捨てるムサシの、その爛々と輝く瞳を見て一安心すると、アリスは頷き、また1本矢を引き絞る。
連続で連なる爆音と剣と大斧の鋭いつま弾きの音、そして唸るように響くジャベリンの飛翔音に支配された部屋へと舞い戻ったムサシは、獅子奮迅と前線を一人で受け切っているヴェイトの力強い姿と肩を並べると、待たせたな旦那、と笑いながらオーガに深々と刃を突き立てた。
これに勢いづいたヴェイトが剣をブンブンと振り回し、ウルリッヒも輝く魔法の矢弾を次々とオークに突き立て、アリスがジャベリンを投げるのに気を取られたオークの数を確実に減らしていく。
オーク共のジャベリンが尽き、斧を両手に切りかかろうとし始める頃には、ついにムサシの猛攻にオーガが膝をつき、間をおかずヴェイトがスパイクアーマーのタックルで浮かした体を剣でものの見事に体を切り刻んだ。
それでも倒れないオーガに、反撃の恐怖が奔るが、その動きの止まりかけ、最後の一振りを振り絞ろうとした巨人の眉間をアリスの正確な弓矢が射貫いていた。
激しく地を打つような音ともに倒れたオーガに舌打ちしつつ激怒するブラゴアがヴェイトを激しく切りつけ、深手を与えようとするが、強靭な胆力と歴戦の感でヴェイトは致命傷を避けて器用に攻撃をいなしていく。
いら立つブラゴアの背後ではまた一人オークが倒れ、その数は半減した。
完全に形成の入れ替わった一瞬先には、自分が倒れるという現実を信じられない表情とともにくず折れたブラゴアの姿がそこにあった。
隊長であるブラゴアも倒れ、オーガもすでに倒れたのを見たオーク共は、一斉に斧を投げ捨てて降伏の意思を示そうとする。
しかし、情けは無用とばかりに攻撃を止めようとしないアリスやウルリッヒの姿を見て、オークは先ほど倒れた自分たちの隊長と同じように舌打ちをしながら、騙せなかった事を口ぎたなく罵り、叫びながら、取り出そうと隠し持っていたダガーや手斧を取り落として息絶えていった。
一瞬、降伏のしぐさでヴェイトの手が止まりかけたのをムサシは気にかけたが、アリスやウルリッヒからも分かったであろうその事をあえて言及しない仕草にならい、自分も見なかったことにした。
ヴェイトは、その間、かつての傭兵時代で繰り広げられた蛮行や凶行が脳裏によみがえった嫌悪感と、善たるは何か、自身の為すべきことは何かと逡巡しながら、ブラゴアの握りしめていた、錆びついた何の変哲もないドワーフづくりの斧を見つめていた。
無事に戦いの終結を勝利で飾った4人は、気を取り直して洞窟を見て回った。
この部屋の奥は小さな通路を寝床にした場所と調理場しかなく、この部屋にすぐ戻るように一巡した後、ブラゴアの出てきた彼の寝床であった部屋にポツンと置かれた荷箱のような櫃からは、略奪品の金銭と誰かの持ち物であったはずのスクロールが2本見つかり、また、不思議と奇麗なままの状態の矢が3本見つかった。
ウルリッヒがブラゴアの斧と矢の真の力を見抜き、魔法の品であることが判明すると、討伐の証しとして一行は持ち帰ることにして、帰りの道を急ぐことにした。
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