学校が開かれないのは。
この仕事をスタートする前に確信に近い形で、未来の学校に必要なこととして考えていたのが、
学校をオープンにすること(外部の力を借りて学校運営をする!)
働く人(教員)の仕事への誇りを取り戻すこと
だった。
それで、実際に現場に入ってみてそれは間違っていなかったと確信している。
いや、そもそも私が考える2つは当然でしょってレベルなんだけど、それが実現していないのはなぜか、何が障害になっているのか? どうしたらできるのか? そんなことを肌で感じ取れる距離いることができた。
私が必要だという2つの要素。
これは、うまくやらなければ片方が叶えば片方が叶わない。そんな関係となりやすい。
「学校を開いていくべきだ」という言葉は、そこで働く人たちにとっては仕事を奪われる、これまで大切にしてきた文化を壊される、そんな風に受け取る。
それは「今を否定されること」になり、仕事への誇りが奪われる。
現場に入った時、想像以上に教員の皆さんの文科省への抵抗がすごかった。
それは、現場も知らないくせにいろいろ文句を言う、注文を付ける。人も時間も増えないのにやることだけは増やす…。
そして社会の強い風当たりから守ってくれない。
学校はもう限界だ。
全てを学校の中で行うのは無理だ。
だから、どんどん開いていかなければならない。
しかし
それは、先生たちが無能だからではない。
学校が開かれていくということの、現場の恐れをしっかりを理解しなければならない。ただただこじ開ければいいわけではない。
とっても大切な「先生たちの働き甲斐・誇り」を失ってしまうのだから。
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