"環り渡る自己"と「創発場」 - ポストヒロイック・リーダーシップの地平
新しい形而上学としての”環り渡る自己”の哲学から新しいリーダーシップの在り方を考察します。”環り渡る自己”の哲学の概要はこちらの記事を参照してください。
"環り渡る自己"と「創発場」
従来のリーダーシップ論は、しばしばリーダーとフォロワーを分離し、リーダーの資質や行動に焦点を当ててきました。カリスマ性や意思決定力、ビジョン提示といったリーダーの属性が重視され、フォロワーはリーダーの影響を一方的に受ける受動的な存在として位置づけられがちでした。
しかし、こうした「リーダーシップ」の捉え方は、主客二元論に基づく「主語的世界」の発想にとらわれているのではないでしょうか。リーダーを能動的主体、フォロワーを受動的客体として固定化し、両者を分断して捉える見方は、もはや現代の組織の実相にそぐわなくなりつつあります。
ここで、"環り渡る自己"の思想を踏まえるならば、リーダーとフォロワーの関係もまた、渦巻く運動の中で絶えず生成変容する動的なものとして捉え直される必要があるでしょう。リーダーシップとは、個人の資質ではなく、リーダーとフォロワーの相互作用を通じて立ち現れる「場」の性質なのです。
西田幾多郎の「場所」の哲学に倣うなら、このような発想を「創発場」と呼ぶことができるかもしれません。リーダーとフォロワーを分離するのではなく、両者を包含する「場」こそが、リーダーシップの本質的基盤なのです。リーダーもフォロワーも、「場」に参与し、「場」を通じて関係し合う存在として捉えられるべきなのです。
「場」としてのリーダーシップ
このように「創発場」の視点に立てば、リーダーシップとは個人の属性ではなく、関係性の質として立ち現れるものだと言えます。
リーダーという存在は、「場」を観察し、「場」に働きかける一つの視点に過ぎません。リーダーは「場」を構成する多様なアクターやコンテクストと切り結ぶ関係性の中で、初めてリーダーたり得るのです。フォロワーもまた、リーダーに一方的に影響を受けるのではなく、「場」を通じてリーダーに影響を与え、「場」の生成に能動的に関与する存在なのです。
したがって、「創発場」においては、リーダーの役割は「場」をコントロールすることではなく、「場」に潜在する可能性を引き出し、創発を促すことにあります。多様な価値観や専門性が交錯する「場」の中で、相反する要素を止揚し、新たな統合を生み出すことがリーダーに期待される機能なのです。
具体的には、リーダーは以下のような「場」への働きかけを通じて、「創発場」を発揮することになるでしょう。
1. 「場」の境界を開くこと 多様なステークホルダーを「場」に招き入れ、異質な価値観の交流を促進する。内と外、自と他の境界を揺るがし、「場」の閉鎖性を打破する。
2. 「場」の秩序を揺るがすこと 既存の秩序や固定観念に疑問を投げかけ、「場」を流動化させる。シンボリックな問いかけを通じて、「場」の枠組み自体を問い直す。
3. 「場」の可能性を引き出すこと 「場」に内在する矛盾や対立を炙り出し、その創造的止揚を促す。「場」の参加者の内発的動機を引き出し、自律的な価値創造を支援する。
4. 「場」をつなぐこと 異なる「場」の間に橋を架け、知識や価値の交流を促進する。「場」と「場」の連結を通じて、より高次の「場」を創発する。
このように「場」に多様性と流動性、創発可能性をもたらすこと。それこそが、ポストヒロイックな時代のリーダーシップの本質だと言えるのではないでしょうか。
「創発場」を通じた集合知創発
さらに、「創発場」の視点は、組織における集合知の創発を促す上でも重要な意味を持ちます。複雑化する現代社会において、イノベーションの源泉は、もはや個人の才覚ではなく、多様な知識の交流と融合にあります。異なる専門性や価値観が出会い、ぶつかり合う中から、既存の枠組みを超える新たな知の統合が生まれるのです。
「創発場」の実践は、まさにこのような知の創発を促進する基盤となるはずです。多様なアクターの相互作用の「場」を醸成し、既存の枠組みを揺るがすことで、「場」は自ら新たな知を生み出す母体となるのです。
具体例を挙げるなら、オープンイノベーションの取り組みなどは、「創発場」の発想と親和的です。企業の内と外の境界を取り払い、多様なステークホルダーを巻き込んだ「場」をデザインすること。異なる知識や発想の「化学反応」を促し、新たな価値創造の可能性を切り拓くこと。そこには、「場」を介した知の創発を促すリーダーの姿を見出すことができるでしょう。
「場」を生きるリーダーシップ
しかしながら、「創発場」の実践は、リーダー個人にも高度な資質を求めることになります。なぜなら、「場」の運動に身を委ね、「場」から学び、「場」と共に変容していく覚悟が、リーダーには必要とされるからです。
「創発場」においてリーダーは、自らを「場」から切り離された超越的な存在として位置づけることはできません。リーダーもまた、絶えず生成変容する「場」の只中に存在し、自らのアイデンティティもまた流動化していくのです。環境との相互作用の中で、リーダー自身も絶えず更新されていく存在なのだと自覚することが求められるのです。
したがって、「創発場」を生きるリーダーには、高度な自己変革力と柔軟性、そして謙虚さが不可欠の要件となるでしょう。確固たる自己を手放し、「場」との関係性の中で絶えず自己を問い直し、新たな自己を生み出していく。そうした自己変容の旅に身を投じる勇気こそが、ポストヒロイックなリーダーシップの条件なのかもしれません。
同時に、リーダーには「場」に潜む倫理的な問題にも自覚的であることが求められます。権力や支配の非対称性、抑圧や排除のメカニズムもまた、「場」の力学の一部をなしているからです。リーダーは常に自らが「場」に及ぼす影響を倫理的に問い直し、よりインクルーシブで公正な「場」を志向することが求められるのです。
"環り渡る自己"の思想と倫理についてはこちらの記事も参考になります。
おわりに
"環り渡る自己"の思想と「創発場」の概念は、従来のヒロイック・リーダーシップ観を根底から問い直すものです。リーダーシップの本質を、個人の資質ではなく、人と人、人と環境の動的な関係性の中に見出す発想は、ポスト産業社会におけるリーダー像の大きな転換を示唆しているのです。
「場」の中での自己変革を引き受け、多様な価値観の止揚を通じて創発を促すこと。そしてそのプロセスの中で、より倫理的な「場」を志向すること。それこそが、新しい時代のリーダーシップに求められる要諦ではないでしょうか。
「創発場」の実践は、ビジネスの世界に閉じたものではありません。政治や行政、NPO、あるいは地域社会の様々な協働の営みにおいても、個人の力量モデルを超えた新しいリーダーシップ像が求められているはずです。"環り渡る自己"の思想を基盤として、多様な文脈で「創発場」の可能性を探究していくこと。それが、これからのリーダーシップ研究に期待される課題だと言えるでしょう。
リーダーシップの語彙や理論を刷新するだけではなく、リーダーとして生きること、協働のあり方そのものを問い直す思想的営為。「創発場」という新しい地平は、そうした思索と実践を触発する媒体となるはずです。ポストヒロイックなリーダーシップの可能性を、"環り渡る自己"とともに探究していきたいと思います。
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