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長女の新学期時間割狂想曲——フランスの中学校教育のひとつの側面

このところの1ヶ月、フランスの中学校における受講授業の決定に関するあれこれに忙殺され、その過程で学ぶところがありましたので小文をしたためてまとめておきます。

子どもたちのRentrée

9月に新学年を迎え、我が家の子どもたちもそれぞれ、collège(中学校)の4年生(quatrième、4年間のうちの3年目で日本の中1〜中2)とécole maternelle(幼稚園)の最上級生(grande section)に進級しました。

次女は、英語がメインである幼稚園に通っているためにこの1年でフランス語ではなく英語を身につけました。家族の話す日本語は完全に理解していますが口から出てくるのは英語、ひらがなも読めなくはないですが文章として理解しているのも英語、という状態なので、幼稚園生活は何の不満もないようで毎日楽しそうにしています。

一方、昨年度は「日本語しかできない状態で渡航してきた日本人の生徒とは思えない」というコメントを受けていた長女が、この1ヶ月ほどとても大変な思いをしておりました。

時間割問題の起こり

昨年度末の段階で、親としても多少はレベルを上げてもらってもいいのでは、と思い、外国人向け初心者クラスから、外国人向けのフランス語を第1外国語として学ぶクラスに上げる、という先生のコメントにも納得していました。本人はフランス語力に不安を持ちつつもまあ、少しずつレベルが上がっていくなら、と思っていたようです。

そして新学期。娘の学校にはいろんな母国語を持ち、いろんな語学レベルの児童生徒がいますので、初期段階ではお試しで全部の教科が入ります。その中から、フランス語ができないと受講が厳しい教科が間引かれ、時間割が決まっていきます。昨年度は本当に初心者だったので、そこそこ早い段階で最も簡単なクラスに配属され、筆記体の書き方あたりから学んでいっていました。

それが今年は、授業開始翌週に至ってもあまり理系科目が減っていかず、Technologieというコンピュータの使い方を学ぶような科目も残り、フランス語のクラスもどちらかというと難しいものが多めに入っていたため、授業に行っても分からない状況が続きました。ただでさえ、昨年度仲良くしていたお友達がこの夏にパリに転居してしまい、日本語のクラスのお友達はいるとはいえ、環境が激変したのにもかかわらず、今年の転入生は英語母語の生徒さんたちが多くて、初心者クラスは英語話者で固まってしまう状況。それに普段の授業まで分からなければ学校が楽しいはずもありません。

フランスの教科書ガイド的なものを買ってきて確認していくと、理系科目は、内容的にはすごく難しいということもなく、多分日本語でやらせれば授業についていくことは容易です。どうしても理系科目が残るということなら、持って帰ってきてくれれば私が翻訳を手伝う(スキャンしてDeepLにかける)し授業内容もフォローしていこう、という話はしたのですが、如何せん、
全く容赦のないフランス語での説明、読みにくい筆記体での板書
の授業で、その場にいてノートを取ることすらかなり困難。ああ、13歳になったばかりにして大学や大学院で留学した人と同じような困難、しかも英語ですらないため補助教材が大変少ない状況で、ということになりました。

揺れ動く時間割 The turbulence of schedule

上記の状況ですので、当初の段階から一応親も介入し、担任の先生にメール(もちろんフランス語で。DeepLはフランス語はさほどいい表現出してくれないこともあるので自力での作文がどうしても必要、かつ夫に添削してもらいつつ出しました)したり、学校に用事があって行ったときに日本語科の先生に状況をお伝えしたり、ということはしていました。また、ここが長女らしいし、昨年度「日本人生徒としては見たことがないタイプ」と先生に評された所以でもあるのですが、自分ではフランス語力が足りなくて言えないけど、他のクラスメートが時間割に意見を言いに校長室に行くときに一緒に行って、自分の時間割にも問題があるんだという意思表示をしようと試みていました。

そのためか時間割も少しずつ改善はしていくのですが、時間割変更がグループウェアで反映されていなくて欠席メールが飛んできたり(即メールで抗議して修正していただきました)、外されたはずの時間割が戻ってきたり、どっちのクラスに参加していいか分からない状態だったりで3週間ほど経過。基本的に現在のフランス語力以上のクラスが多くて心身の負担も多く、親しい子も一緒の授業ではなく、と学校生活自体も快適さを減じている中での不安定さで、かなり強靱な子ですがすっかり参っていました。負荷が相対的に低いはずの日本語の授業はきちんと受けていますがやはり精彩を欠いており、全体のバランスが取れている状況への調整が必要になっていました。学校行きたくないという発言も頻繁になっており、このままでは本人にとって全くもってよくありません。

そして、もう10月です。バカンスの多いフランス、今月後半にはまた2週間の秋休みです。そろそろ何とか根本的に解決しないと、と夫婦でも話し合い、ちょうどクラス懇談会があるので、そこで昨年度から授業担当が継続している日本人の先生に相談しようとアポイントを取っていました。

(おそらく)時間割調整の終わり

そうしましたらちょうど今週明け、メインのクラス担任の先生からメールが来て、いったん理系科目を全部外してフランス語に置き換え、今後の語学向上の様子を見て統合を検討する、ということになりました。まさに我々が危機感を強めていたのと同じ時期に学校側でも動いてくれていたということです。娘に聞いてみたところ、最後まで残っていた理系科目もやはり厳しい、と思ったときに日本人の先生に相談し、そこからも働きかけてもらっていたようです。

無論、当家はバリバリの日本人家庭ですのでフランス語を身につけるだけでかなり注力が必要で、楽になるわけではないですが、現状を考えると本人にとっていい形で時間割が落ち着く道が見えましたので、そこから学校生活も落ち着くよう親としてもフォローしていければと思います。本人にも勿論言っていることとして、我が家は来年確実に帰国しますので、日本の中学のカリキュラムについては自習しておくほうがよい状況です(そのための教材も準備してある)。現地の学校の負担が大きすぎるとその余力がなくなってしまうので、負荷を調整するのは必須です。

時間割設定から見たフランスらしさ

いま行っているのは比較的特殊な学校ですので、フランスの現地校が皆そうだとは思わないのですが、とはいえ日本における中学の授業履修決定の方法とはやはり異なるように思われます。その過程を経て、以下のような特色が垣間見られました。

  1. 個々への適応
    10ヶ月しかない学事暦のなかで、1ヶ月経っても時間割が確定版にならない、というのは確かに不安定ではあるのですが、それだけ本人の必要性、ケイパビリティ、状況に合わせている、ということではあります。長女の場合は、数学に関しては文章題を除けば問題なくできているということで、今年は外国人生徒向け数学クラスがオミットされました。同じ語学レベルクラスにいる子たちは皆取っているということですので、達成度合いを見て配置しているのだと思います。詳しくは分からないようですが、フランス語ができる子だと他の進度を見つつ飛び級をしている事例もあるようです。

  2. 自己の意志を表明することの重要さ、尊重
    今回、親もできることをしようとはしましたが、長女本人が、これは自分には無理だ、つらい、再検討してくれ、ということを色々な形で表現し、先生方にも伝えていった過程自体に彼女自身のとてもいいところが出ていました。例えそれが「自分にはできない」であっても、自己主張することが強く求められる国だなと改めて思いましたし、黙るのではなく表現していく長女の姿勢について他のお母様方からもとても評価していただきました(フランス向いてる!と…)。
    そして、その主張に関して、聞き流すのではなく反映していくのにフランスらしさを見て取っています。むしろ、もし問題があるのだとしても黙ってしまったらないものとなり、こちらからすると多少無理のある主張でもしてみないと分からない、できないならできないと主張された側が反応するので、という意思決定過程をたどります。一方で、根拠のない、もしくはロジックの通らない主張はやはり通らずに終わりますので(仲のいい子と同じクラスにしてください、みたいな要望もよくあるようなのですが、今年は学校側に最初に「クラス定員がいっぱいなのでやりません!」とくぎを刺されていました)、それなりに考えて要望する必要は勿論あると思います。

  3. 生徒それぞれの達成への尊重
    今回の多少の混乱の背景には、昨年度長女が示した学習態度が大変評価していただけたが故に重めの時間割となり、かつ数学ができているので理系科目をやらせたいという背景があったかもしれないと想定します。一方、それだけ在仏1年目で頑張れる子がつらいと言ってるんだからカリキュラムを変えよう、という個別の生徒への真摯な向き合いも感じます。時間割変更の件で担任の先生とメールのやり取りをしましたら、最後、
    「彼女はフランス生活1年目にしてとても前向きな1年を過ごしました。これからの4年生の1年間がうまくいかないわけがないのです
    という、先生方が複数の目で長女を見てくださった上できちんと引き継がれていて、彼女の成長を支えてくれようとするコメントをいただきました。これは親としての私が一番望んでいることですし、国境をまたぎ、異国の地で過ごす中でこの姿勢に触れられること自体が、語学以上に長女にとっての財産になることでしょう。

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