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コロナ渦での出産で感じた日本の安心安全とは。

去る1月22日、娘が産まれました。出産日の2週間程前に恐れていた事が…

立会い出産は出来なくなりました

と担当医から。

こんなご時世とはいえ、心身共に不安定な妻が心配なので「検査を受け陰性でもダメですか?」と妻に(検診の付添も当然禁止)食い下がってもらいましたが奇跡は起きませんでした。

それを聞いた妻の姉とパートナーのアメリカ人男性は「信じられない!」と憤慨。アメリカなら考えられないとの事。

まぁ、アメリカならそうだろうなぁ…と思いつつ実際「コロナ渦」という特別な状況で、日本とは比較にならない程被害が甚大なアメリカで何処まで認められているかは知りませんが、少なくとも日本人のように簡単には引き下がらないだろうし、日本程の感染者数なら認めてもらえるのでしょう。

ただ、僕は決して病院に文句が言いたい訳ではありません。日本では万が一クラスターでも発生しようものなら、例え立会い出産であろうともボッコボコに袋にされる病院側としては当然の自衛です。これは病院の問題では無く

出産に対して何処まで許容してくれる社会なのか

という問題なのでしょう。

出産なんて女性一人で出来るものなのだから、必要の無い立ち会いでクラスターを発生させるなんて許さん!

と思う人が多いのか

出来る対策をした上で起こってしまったのならば防ぎようがないよね

で納得する人が多いのか

「コロナウィルスの脅威」と「立ち会い出産」を天秤にかけてどこまで許容してくれる社会なのか…

今回の病院の対応は、そんな

出産や育児の許容度が低い日本社会

にあって、当然の選択だし責められるものでも無いよなぁと思うのです。

まぁ、日本の感染被害が少ないのは、そんな村八分監視体制が機能している(と言って良いものか)という可能性もあるので複雑な気持ちでもありますが…どうやら

安心・安全と引き換えに健全さを失っている

結果のようです。

いづれにせよ、日本で育児をするという事は今回のような闘いの連続なのだろうなぁと、初っ端から覚悟できた体験だったのでした。





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