【稽古日誌】カスケードとカテーテル #4

2022.4.12(火)
「ただ喋る」の難しさ

今日の稽古は会話の練習でした。
COoMOoNOの稽古は、あまり立って動きません。時間のほとんどを、座りの読み稽古と休憩の雑談に費やされます(前作の稽古日誌でもそのことに触れているので、ぜひお読みください https://note.com/coomoono/n/n831d6317f811 )。

座り稽古では訓練として、「台詞の語尾で物を受け渡す」ことが課されました。これは「会話(=言葉の受け渡し)のときの体の居方、喋り方」の感覚を掴むための稽古です。
この稽古では「言葉」のイメージを、実際的な「物」に置き換えて受け渡しすることで、自分が渡すときにも相手から受け取る際にも「相手」と「相手の話すこと(物)」を意識せざるを得なくなります。
会話は、「相手」あっての作業です。しかし演技となると往々にして、台詞を読んだときの雰囲気や役の気分を「自分」が表現しようとしてしまいます。すると、「相手」が目の前にいるのに意識は頭の中の台詞に行ってしまうので、相手へ言葉を渡すのに適切な音量・音圧・滑舌などを測りかね、会話が成立しないという現象が起こります。
そうならないように、確実に目の前の相手とリアルに言葉を受け渡す感覚を掴むため、上記のような稽古をします。演出のもこさん曰く、「言葉を喋って、気分は持つだけ」(表現しない)。
やってみると、難しいことがよくわかります。ただ物を持っているだけでは渡すときにしか受け渡しができなくなってしまう(=語尾だけ相手に届き、語頭や中が相手に渡せなくなってしまう)ので、持ち続ける、相手に渡し続ける意識が必要です。また、本番では物の受け渡しはしないので、物を手放しても稽古のときの腹筋の使い方をしなければいけないし、自分や相手の台詞の語頭から語尾までずっと渡し続け、聴き続ける体の使い方を身につける必要があります。

面白いのは、稽古で必死になってやっていたことが、休憩時間の雑談では無意識のうちに見事にできていること……。

雑談は、本当に奥が深い。

演出助手 寺原航平

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