8月号

勝手に月評 新建築2019年8月号

8月号では,集合住宅特集として,建築論壇“集合住宅は再び希望になれるか”を皮切りに,作品19題が取り上げられるものとなっています。論壇では社会学者である上野千鶴子氏と建築家門脇耕三氏による,現代の日本の特殊住宅事情について,現状とその打開策について議論されているものです.

最近の日本の住宅事情は,比較的小規模なシェアハウスであったり,地元のコミュニティを強く意識されたものが多いと感じています.特にシェアハウスなどに代表される“シェア”の考え方が広がっていたりと,現代の集合住宅は,所有するものから共有するものとして,大きな転換期を迎えています.もっとも,私の感覚では2010年代前半から手探りの状態であったものが,今でも継続されて続いている,というイメージがあります.

とはいえ,建築家の設計した住宅,特に集合住宅に関して論じることはかなり難易度が高いと感じています.というのも,やはり建築を語ることと建築の体験は切り離すことができないと思っているからです.ある意図を持ってデザインされた集合住宅,というものは,普遍的な集合住宅で暮らしてきた私には到底想像がつきません.つまり経験に基づいていないことを語るのはかなり難しいと考えています.

そこで上野氏の発言で印象的だったのは,山本理顕氏設計の熊本県営保田窪団地について,入居を希望する人たちの多くが“家賃と立地”に基づいて選ばれている点であり,つまりはデザイン的な理由でなく入居していることと,居住者同士がコミュニケーションを取るようにと計画された中庭は,ほとんどが外部の人たちに使われていた,ということでした.当時の設計意図とは逆方向ににぎわいを生んでいること,更に言えば,そのコミュニティが鬱陶しいと思っている人がいたとしても立地と家賃で入居している住人が少なからずいるんじゃないか,つまり,施主と建築家との間のコミュニケーション云々ではなく,施主と,実際に住む人と,建築家との間にはどこか温度差があるんだろうなとも思いました.

正直,そこへの問題意識を持ったことはありませんでした.だからこそ,近年の,集合住宅の事業計画までをデザインする建築家が現れていることは納得ですし,プロデューサー的に設計を行う建築家が現れているのだろうと感じました.

単純に共有できる空間を設計するのではなく,経済的なシステムによって,居住者内外にコミュニケーションが生まれる経済圏をデザインする動きは,山本理顕氏らによる地域社会圏でも語られているものです.

家族形成のためのハコ であり,人生の上がりだという考えが崩れ去りつつある住宅が,脱ハコをしていき,固定的であるものから流動的であるものへ変化していく背景は,これまでの持ち家思想から転換を迎えようとするものだろうと感じています.

今回取り上げられた作品群にもこれまでの問題意識が多分に考慮されています.

つながるテラスでは昔ながらの商店街コミュニティを想起させるような,半店舗アパート+地域コミュニティの誘発をデザインしています.

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1階を店舗とし2階以上を住戸とする計画はまさに商店街そのものですが,1階部分の外部共有部を既存の道と接続させて,通れるようにすることで,建物を地域に解放することに成功しています.商店街的空間が1つの敷地に作られていることに魅力を感じます.

加えてこのプロジェクトでは,設計事務所が企画から物件管理を行っています.先ほどの論壇でも出てきた,建築家のプロデューサー的試みが実践されていると感じました.

同じく設計事務所が事業収支計画を行ったものとして,モリテラスが挙げられます.

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周辺に対して閉塞感を生まないために窓先空地と既存道路を接続させる配置を行っているだけでなく,“カザミチ空間”を住戸間に挿入し分棟のようにすることで通気性を確保しています.そのような計画により,敷地に大小の余白を持ち,回遊性を持つ空間が生まれています.

興味深く感じた点は,設計者が企画だけでなく融資を得る計画などの不動産プロデュースを行っていることで,賃貸部分の入居率や利回りを鑑みた事業収支計画に基づく,融資への返済計画を立てていることだと考えています.これにより,収支計画さえ合うようにすれば,住戸の数や家賃を調節できることで,施主とのコミュニケーション次第では豊かな空間を設計するために住戸数を減らすこともできるからです.そのためには設計者としてもお金に精通している必要がありますが,今後の建築家像として,お金のことがわかることは最早必須条件のように感じました.

話は変わりますが,近年の働き方改革にも通ずる話で,副業やスモールビジネスをするための空間として,これまではSOHOのようなビルディングタイプがありました.その中で今月号を見ていると,シェアハウスや集合住宅の共有スペースが単純なコミュニケーションゾーンではなく,ワークスペースのような扱われているtoberuは,非常に面白いプロジェクトだと感じました.

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その用途は,一定期間を生活しながらビジネスに取り組むインキュベーション施設であり,起業をしたい若者10名が4カ月間時間と場所を共有しながら新しい価値観を見つけ出そうというものです.SOHOともシェアハウスとも言えない,興味深いプロジェクトです.

設計の話に移すと,設計者であるo+hは京都的な町の奥行を建築になんとか反映できないか,という意図でデザインをしています.京町の持つ“ミセ”をミーティングルームに見立てることや,既存の街区に合わせた壁面のカーブと,カーブに合わせて設けられたライブラリーなど,豊かな空間構成が生まれています.先ほどの論壇で上野氏が挙げていた日本の靴を脱ぐという文化の空間化を,小上がりを複数計画することによって建築内のプライベートとパブリックを曖昧にすることに成功しています.また小上がりを際立たせるためにガラスなどの立ち上がりをかなり抑えられたデザインが見られます.

加えて,住宅の中の部屋-廊下-居間を,都市の中での住戸-街路-公共施設 のような見立てをしている横浜市寿町健康福祉交流センター 横浜市営住宅寿町スカイハイツ のような,生活を集合住宅内で完結させず,周囲の街の持つネットワークを前提に設計されているプロジェクトも見られました.

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ここでは,従来都市の中で“居間”として機能していた労働福祉会館の建て替えでもあり,そこに集合住宅が併設される計画が行われています.既存に残っていたコミュニティの関係を崩さずに継承しながら,生活空間を紛れ込ませることに成功しています.ここでの住戸部分は,言ってしまえば従来型の計画ではあるのですが,その他の用途と上手く噛み合わさることで+αの価値を生んでいるプロジェクトだと感じています.

15 Roomsでは,不完全な部屋の集合体として7.3㎡の個室(各階)+共有水回り(1階,地下1階)+LDK(1階のみ)の四層でできたシェアハウスです.現代のカプセルホテル+αのような,生活者は都市に片足はみ出しながら生活するようなイメージが湧いてきます.

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角度を45度に振ることで通風採光,プライバシーの問題を解決しており,また個室を拡張するようなかたちでバルコニーが付いており,極端な狭さを感じさせない計画になっています.このプロジェクトでも,生活者が都市の中へ溶け込むような,都市とのコネクションを前提としたものとなっています.

私自身,先に挙げた都市の一部として密接に繋がる集合住宅に対してポジティブな印象を持っています.問題なことは,私がそのような生活体験がないことでしょうか.都市に接続する暮らしや,シェアによる相互扶助の関係を少しでも体験しないうちには深く入り込んだ議論は難しいと感じたことも事実であり,つくづく建築は“体験”によって理解されるものなのだなと思いました.


久木元大貴

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