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大学生を振り返ってみる(帰国後編)

このnoteを見てくださっている方は「小中高をふりかえる」「大学1年生編」「大学2年生編」「大学3年生編」「大学4年生編」そして「中国編」などを読んでくださった方だと思うので、このnoteを各理由は省略します。

もし「あなたのnoteは初めてみるわ」と言う方がいらっしゃれば、以下のnoteを読んでいただけると簡単にわたしが自分のことを振り返っている趣旨や、わたしのことを知って頂けると思いますので、先にこちらに立ち寄っていただければ幸いです。「6年も大学行った人の就職活動がどんな感じだったか知りたい」という方はこのまま記事を読み進めていただくのが正解です。寄り道をせずこのまま下にスクロールしていってください。

「小中高を振り返ってみて」
https://note.com/kamachu/n/n25324ae0021b
「大学1年生編」
https://note.com/kamachu/n/n7722fe84b2fc
「大学2年生編」
https://note.com/kamachu/n/n40cc44c7958b
「大学3年生編」
https://note.com/kamachu/n/n14ca377b35b7
「大学4年生編」
https://note.com/kamachu/n/n216bf056590d
「中国編」
https://note.com/kamachu/n/n02dbd6db2e80
「ポートフォリオ」
https://kilinsan.studio.design/

では本題に戻って。このnoteは、わたしの中国留学後の生活についてです。やっと今年2020年の話までやってきました。大学に入学してからの年月を考えると、6年目になります。大学院に行ったわけでもないですし、これと言ってサボっていたわけでもないのですが、私には大学を卒業するために6年間かかる予定であり、それもとても必要だった時間のように思えます。今回の帰国後編では中国から帰国して、就職活動をどのようにして行なっていたのか。今日まで何をして過ごしていたのか、そしてこれから就職まで何をする予定なのかに関して、簡単にまとめていこうと思います。



- 帰国後編 -



帰国後


中国から帰国してきたのは2020年2月でした。大学は丁度春休みが始まった頃でしょうか。私はひとまず1年半という中国大学での生生活が終わったので、のんびりしようと考えていました。中国の大学は継続してオンライン授業を行なっていたため、受けようと思えば授業も受けることができたのですが、もう中国語は十分勉強したので、授業は受けないことにしました。

しかしまあ1週間もボーと地元で生活していると、そろそろ体が「何か始めないと…」と、うずうずしてきていました。日本に帰ってきたのなら就職活動を始めなくてはいけませんし、どうせなら早く就職活動を終わらせて、違う言語を勉強したかったのです。私は特に行きたい企業を絞れていなかったので、逆スカウト型の就活サイトに片っ端から登録し、その日は力つきました。

翌日よく考えると、広島で就職活動をするより大阪で就職活動をする方が、企業もたくさんあるし良いと思ったので、大学の始業まで待とうと思っていた大阪への引っ越しを、少し早めることにしました。私はすぐアオイエ(シェアハウス )に連絡して、大阪で空いている物件について聞いてみました。

幸い十三の物件が空いているとのことだったので、内見などはすっ飛ばして住ませてもらうことにしました。この出来事は確か2月の中旬だと思います。中国から帰ってきてから2週間が過ぎた頃でした。



アオイエ 十三

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大阪梅田に到着したのは午後10時を過ぎた頃でした。私は引っ越しを全部自分で済まそうと思っていたので、両手には巨大なスーツケースをひっさげ、背中には大きなリュックサックを背負っていました。そこから電車に乗って、十三の駅から物件まで歩いていたら結局11時過ぎになっていました。まだ暑い季節になっていないのが幸いでした。もし夏だったら手足の筋肉痛だけでなく、大汗までかいていたでしょう。

家に着くとまだ住人が数人起きていました。ちょっと知っている人が1人と、全く知らない人が2人いました。私も混ぜてもらって話をしましたが、やはりどこか変わっていて、それでもめちゃめちゃ面白いアオイエの住人が好きだなと思いました。疲れていたので少し話した後はシャワーを浴びて寝ました。

アオイエ十三は、阪急十三駅から徒歩十分強のところにあります。部屋は3回建てで、住人の一人がめちゃめちゃ掃除をこまめにしてくれていたので、家全体がとてもきれいでした。家があんまりにも快適なので、私はカフェにも行かず、家で作業をしたり就活の準備をしたりしていました。といっても逆オファー型の就活サイトから連絡が来るのを待つだけでしたが。

それでもたくさんのサイトに登録したので連絡はたくさんきました。私は興味のある会社を見つけたら調べて、さらに興味が持てたら説明会応募する。と言ったような作業を、数日間繰り返していました。掃除をよくしてくれる女の子も就活生で、私たちの共通のトピックは「就活を早く終わらせたい」と「どこでもいいから内定欲しい」になりました。


就職活動

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私の就職活動は、ある企業をみつけてそこに惚れ込んでから、3週間以内で終わることになります。本来であればもう少し長くかかるであったプロセスが、「コロナ時代であったこと」「会社が1日で5回面接するコースを準備していたこと」により圧倒的に短縮されました。

まあもちろん就活を始めてからいきなりその会社を発見できたわけではなく、それまでにも魅力的な会社を見つけては応募し、梅田の説明会に行ったり、オンラインで説明会を聞いたりしていました。

私は正直6年生だったので少しだけ余裕がありました。「年齢的に後がない」という観点で見ると、私が一番余裕を持つべきではないのですが、大学の4年間に加えて、自分の好きなことをし、自分の求めていたものを手に入れた2年間を考えれば、精神的な部分では、人と無闇な比較をせず、落ち着いていられたと思います。SPIみたいなテストを受けた会社は一つ落ちましたが、あとは順調に2時面接、3時面接と進んでいました。

丁度審査過程になっていた企業が4つを超えた頃だったと思います。私が惚れ込む会社から連絡が来たのは。それはAnyMind Groupという会社で「海外色」を前面に押し出した企業でした。アジアを中心に世界各地に存在する支社の存在や、4年間での圧倒的な成長速度、年に1度全社員が一つの場所に集まる前者ミーティングなど、IT外資ベンチャーという肩書。めちゃめちゃ魅力的過ぎて、すぐに連絡を送り、説明会に参加させてもらうことにしました。

説明会はオンラインで行われました。この会社がITだったからというわけではなく、今年の会社説明会から、オンラインでもオフラインでも対応できるように切り替えた企業が、多かったのだと思います。説明会はビデオ会議ツールをも用いて行われ、参加者はざっと50人くらいだったのでははないかと思います。全体的には「会社概要」「この会社に入社したら得られるもの」「社員紹介(数名)」だったような気がします。私はメッセージをいただいたときからこの会社に興味津々だったので、全部楽しく聞いていました。ほとんどのコンテンツが終わった後は、今後の面接方法といった感じでした。

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参加者学生に与えられた面接の選択肢は2通りで、1つ目は「最終面接までの過程を1日で終わらせる<スピード型>」で2つ目が「面接を1つ1つ進めていく<ノーマル型>」と言った感じでした。上記の私の就活理想条件を見られていた方はわかると思うのですが、私は前者を選びました。理由は、早ければ早いほど良いと考えたことと、もし前者でダメなら後者で挑戦させてもらえるかまた聞いてみればいいと考えたからでした。

会社の人事さんたちは私の理想通り、前者のスピード型面接を準備してくれました。「最終面接までの過程を1日で終わらせれば内定までが早く決まるのはわかるが、具体的にはどうやってそんなことをするのだ」と考えられた方。私も面接を受ける前は同じことを考えていました。答えは意外にシンプルで、「1日で複数の面接をする」といったものでした。

例えば最終面接まで人事担当者、事業部担当者、管理職と3人から面接を受ける必要があるのであれば、それを別日ごとに行うのではなく、1日のスケジュールに詰め込むという方法でした。面接当日、参加者は40人ほどおり、私が思っていた人数よりも多い印象でした。面接は、担当者1  学生複数と言った形で進められ、回を重ねるごとに人が減っていきました…

結局その当日に、予定していた全ての面接は終わらなかったのですが、複数回の面接を終え、私は次回選考に進む許可をもらいました。初めての面接形式でしたし、集中力がいる面接でしたので、終わった後は想像以上の疲労と、それ以上の安堵感で包まれました。後日に行われた最終面接前の面接にも通していただき、残すは本社での最終面接といった形でした。

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本社は六本木のめちゃめちゃ大きいビルの中にありました。面接は午後からでしたが、午前から用事があったので、夜行バスで東京に向かいました。コロナの状況のこともあってか、バスの中は閑散としており、買う人がいないのかチケットも大幅に値下げされていました。なんたって往復4,000円で東京/大阪間を往復できたので、貧乏大学生からすると、とてもラッキーでした。

用事は午前中の間で終わったので、面接予定の16時までは時間がありました。とはいえ方向音痴の私は、Googleマップが予想してくれた到着予想時間内で目的地にたどり着けるなど考えていなかったので、用事が終わってからすぐ、オフィスに一番近い駅へ向かいました。

オフィスビルは大き過ぎたのですぐ見分けがつきました。位置も確認できたしやっと一安心だったのですが、まだ面接まで3時間ほどあったので、近くのスタバで面接のシュミレーションをしていました。周りにいる人たちは服装や身なりが完全に垢抜けている感じで、私は少し浮いていたかもしれません。リクルートスーツを着ていたのですが、立ち振る舞いが田舎者っぽかったような気がします。田舎者なので仕方がないのですが。

そうこう言っている間に面接の時間に近くなり、私は会社のオフィスへと向かいました。「もしかしたらこんなビルで毎日働けることになるかもしれない」と少し胸が躍りましたが、それより緊張の方が優っていました。ここまで来たし絶対内定をもらいたかったので、再度気を引き締め直して、オフィスに入っていきました。

面接は思ったよりもカジュアルでした。オフィスに入ってから少し待たされました。実際の時間的には10分くらいだったと思いますが、体感的にはすぐでした。「準備ができましたので」と人事の方に声をかけられ中に入っていくと、社長室に通されました。話は思ったより簡単に進み、私の出身地のことや、言語をどのように習得してきたかなどをお話しして終わりました。本当にありがたいことなのですが、その場で「じゃあ内定を出すようにすると思うから」と言っていただきました。もうこの会社が良かったので、私の新卒就職活動はここで終了することになりました。

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当日の夜に夜行バスで帰ることにしていたのですが、その時はもうルンルンだったので、SNSで「東京で一緒にご飯食べれる人いないですか」と投稿し、勝手に誰かと自分の喜びをシェアしようとしていました。幸い同じアオイエの東京のシェアハウスで住んでいた友人が見つけてくれて、ご飯を一緒に食べてくれることになりました。そのアオイエまでいく途中で、頼まれてもいないのにお酒とお菓子とアイスを買って、家に持って行きました。初めましての人も多かったのですが、楽しくご飯を食べれて、言いたかった「今日で就活おわったんですよ!」も言えて、私は大満足でした。



コロナ下における就職活動

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私は運良く自分が行きたい企業と巡り合えて、就職活動も初めて1ヶ月程度で終わりましたが、コロナの影響は就職活動期間を通して受けていました。例えば東京の千代田で中国関係のビジネスをされていた企業さんは、私に対して良い印象を持ってくれていたと思うのですが、2次面接が終わってから、連絡が来なくなりました。

それ以外にも、企業の方はオンライン面接を実施しないことが、逆にせめて建てられる立場になっており、1つ受けた会社ではオンライン面接をしないことがなぜか少し肩身が狭いことのように話されていました。人材の流通は一定の中小企業の中で止まってしまっており、知人の経営者の方にお話を聞くと、「こういう子が欲しいんだけど」という話を何度も伺いました。

私の場合、移動費を節約できたり、時間配分をうまく調整できたり、基本的にはコロナ下での就職活動をポジティブに捉えることができました。しかし、既存の就職活動に囚われていた人は、非常に混乱を受ける状態だったのではないかと思います。



インターン


就職活動を始めてからすぐ、インターンも始めることになりました。インターンを始めることになった経緯や、なぜそこでお世話になろうと思ったのかは、以下の記事に記載しているので、またご興味があれば見ていただければ嬉しいです。

記事1
https://note.com/kamachu/n/nd8d713911262
記事2
https://note.com/kamachu/n/nb8ca213e4540



アオイエ 中崎町


実はアオイエ(シェアハウス )は、上記のインターン先の近くでも物件を出しており、通勤を楽にしたかった私は、こちらに引っ越してくることにしました。引っ越した先では中崎町というところにあり、近くに商店街がたくさんあるわ、おしゃれなカフェがあるわ、交通は便利だわで、とっても住みやすいところでした。

もともと十三で一緒に暮らしてた山田くんや、新しく住人として入ってきた山本くんと当分は3人で暮らしていたのですが、二人がとっても面白いし、自分にはないものをたくさん持っている人たちだったので、僕がこの物件に越してきたことに関してはメリットしかありませんでいた。



韓国語

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アオイエ中崎町から歩いて5分もかからないところに、駐大阪韓国文化院という場所があります。ここでは韓国人の方が文化教室や語学教室を開いており、4月から今学期の授業が始まる予定でしたが、コロナの影響を受けて開始が少し遅れていました。6月から始まることに決まり、建物の前にお知らせのチラシを掲示していました。

私がこのチラシを見てこの建物の前に立ち止まったのは、5月が終わる直前だったと思います。コロナの影響で韓国現地での語学留学は諦めていたのですが、自分にとってはこの場所が運命のように思えました。引っ越してきた先で、丁度就活も終わり、韓国語をやりたい欲がピークだったときに、このチラシの前を通りがかったので、それはそれは魅力的に映ったのでしょう。授業は週に5日あり、「もしここで毎日勉強すれば、海外に行かなくても語学留学の状態を作れるのではないか」と私は考えました。

「限られた時間」ということも私にとっては重要なポイントでした。働き始めれば自分の趣味の時間より、仕事を突き詰める他の時間を使いたくなるでしょう。私はそういう性格なのですが、かといってずっと頑張り続けるとしんどくなります。そんなときは少し休憩したり、何か他のことをやりたいのですが、「ただ休むこと」「効率の悪いことに膨大な時間を使うこと」を私はあまり好きではないので、「せめて枠組みやノウハウは忙しくなる前にできるようになりたい」と考えていました。

そのため結局就職までの残り時間は、韓国語を勉強する決意をします。お世話になっていたインターンも5月までで辞めさせてもらうことになり、迷惑をかけました(こうやって記事を人生をまとめてみると、あらためてですが、仕事を急にやめて大切な方々にめちゃめちゃ迷惑をかけていますね…)。

文化院の先生が初級学習者には初級の授業しか受けさせられないと話されたので、私は結局週に3回、この文化院に通うことになるのですが、このような選択をしたことで、他にも様々なことに手を出すようになりました。TOPIKの勉強を始めてみたり、ドラマをたくさんみてみたり、言語交流パートナーを見つけて、毎日夜10-12時で電話をするようになったりと。韓国語はゆっくりですが、順調に勉強できているように思えます。



クリエイティブ

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前のインターン先で教えてもらったことが、私が深く興味を持って勉強したい分野になっていました。この記事を書くきっかけとなったポートフォリオも、そのきっかけで作り始めたものですし、最近手を出している動画制作も尊敬できる後輩に教えてもらっているのですが、前のインターン先でクリエイティブに関わる仕事をしていなかったら、全く興味を持っていなかったと思います。使えるツールやスキルを極めたい分野も明確になってきて、これからも継続して勉強できることが楽しみです。



学校

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もちろん復学をしているので、授業にも出ていました。インターン先に少しでも長く入るために授業は火曜だけにして、卒論もすでにほとんど書き上げてしまいました。6年も大学にいると当時はめんどくさくて仕方なかった授業が少し面白く思えて、なんだか不思議でした。

卒業論文は、中国と日本の若者が、衣服の搾取工場の改善にどのような関わり方ができるのかというテーマで書きました。中国に留学をしていたこともあり、一定量のアンケートが集められると思ったので、このような切り口から、私が興味を持っているフェアトレード・搾取工場について書きました。

思った以上にアンケートも集まり、英語で書いたので、日本語であれば20,000字のところ、8,000ワード程度で良かったことも、早く終わった理由の一つかもしれません。なにはともあれ、こんな感じで学校でやらなければならなかったタスクはほとんど終わりました。



まとめ

まとめ


これで私の人生をほとんどアップデートできたのではないかと思います。というのも私がこのような記事を小学生からまとめて書いているので、ざっと50,000字くらいは書いたかもしれません。まあ50,000字でまとまられる人生と考えたら、案外あっさりしているのではないかと思いますが、経験した自分と、書いた自分からしてみたら、まあなかなか充実していたものでした。また皆さんも興味とお時間があれば、過去の内容も見てあげてください。一応リンクなどは以下に貼っておきます。

「小中高を振り返ってみて」
https://note.com/kamachu/n/n25324ae0021b
「大学1年生編」
https://note.com/kamachu/n/n7722fe84b2fc
「大学2年生編」
https://note.com/kamachu/n/n40cc44c7958b
「大学3年生編」
https://note.com/kamachu/n/n14ca377b35b7
「大学4年生編」
https://note.com/kamachu/n/n216bf056590d
「中国編」
https://note.com/kamachu/n/n02dbd6db2e80
「ポートフォリオ」
https://kilinsan.studio.design/


ではまたもし書くようであれば、次のnoteで。

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