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能傍タルツの実話怪談コレクションその十五「現代筑前奇談考」-3月-『十一代目当主のはなし』

 筆者の本業の同僚のTさんの家系は
 福岡では有名な大病院の一族である。
 極めて由緒正しい血筋であり
 現在の当主が十六代目となる。

 そんなTさん一族だが
 盆正月の親戚が集まる時など
 折に触れて
 十一代目の当主の話が出るらしい。
 
 時期は1800年代後期とのこと。
 幕末頃の話か。

 その時の家督を継いだ
 当主は医学の道に進み
 博多で今の病院の礎ともなる
 療養所を運営していたのだが
 その弟は比較的自由に
 振る舞えるため四国にわたり
 かの地で商いの勉強をしていた。

 ところがある日、
 博多の当主の元に
 早文が届く。

 弟は知らぬ間に病に伏しており
 手厚い看護の甲斐なく
 あれよあれよという間に鬼籍の人となった。
 亡骸は荼毘に附したゆえ
 御遺骨の引き取り願いたいと。

 周防灘、瀬戸内と
 数日間の船旅をして
 四国を訪れた当主。
 
 方々へお礼、ご挨拶をし
 御悔やみを受け
 弟の今際の様子を尋ねて
 お骨を抱えて旅籠で
 草鞋を脱ぐときは
 ほとほと疲れはてていた。

 それはたいそう辛ろうございましたね
 ちょうど
 この界隈に引く手あまたの
 良い按摩がおりまするが、
 連れてきましょうか。
 と、挨拶に来た旅籠の亭主に
 勧められて揉んでもらった
 按摩の上手いこと。

 聞けば
 年取って業病を患い
 盲いてしまい最初は苦労したが
 お陰様であちこちから声がかかり
 この稼業を続けさせて頂いている
 先ほどの酷く痩せた若いお客さまも
 たいへんによろこんでくれた。
 とのこと。

 ところが現銀を渡す段になって
 按摩が、それでは旦那さま
 二人分の按摩賃をお願い申し上げます
 と、申すので訝しげに思った当主が
 訳を尋ねると
 先ほどの若いお客が 
 按摩さん。今からあたしの身内が来るから
 その人からお代は頂いておくれ。
 と申していたとのこと。

 喋り口、話の内容、身体の特長など
 仔細を按摩から聴くに付け
 まさにそれは
 傍らにある骨になった
 弟そのものであったそうだ。

 「で、按摩さん。そいつは喜んでおりましたか」
 「へえ…旦那さま。たいそうご満悦でしたとも。

 …“按摩さん、上手いねえ。気持ちいいねえ。
 ありがとう。ありがとう。
 それでね按摩さん。
 やっと明日、あたしにもお迎えが来るんだよ。
 ふるさとに帰れるんだよ。
 嬉しいねえ。有難いねえ。
 ありがとう。ありがとう”
 
 何度も何度も
 おっしゃられておりましたよ。」

 筆者の同僚のTさん。

 彼の一族に
 代々伝わる話だそうである。

 (終わり)
  

 
 
 


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