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モニター業務は単純か、という話。

ふと、パイロット業務に活かす勉強方法、みたいな話を思いつき、最初はTwitterでサクッと書くつもりが、全然140文字に収まらないのでnoteにしました。

パイロットの仕事の勉強の仕方は、暗記ではなく実践で評価されます。

例えば、筆記試験でGPWSのモードの種類を全て答えられたところで、実践できなければ意味はありません。(GPWSというのは対地警報装置のことで、飛行機が地面に接近しすぎないように、警報を鳴らすものです。7つ前後のモードが搭載されています。)

こういうのを「モード1が地面接近率警報、モード2が…」と答えられる事は素晴らしい事です。しかし、所謂こういった学力の偏差値的な賢さは、パイロットの技量とそんなに比例しないと思います。

なぜなら、答えのあるものに最短で辿り着く事ばかりを訓練する日本の義務教育と、社会で役立つ「勉強して学んだ情報の実践的な使い方」には開きがあり、一朝一夕に出来ることでは無いからです。

その為には知識を実運航でどう使うのか、を常に意識しながらマニュアルを読む必要があります。

グラフが出てくる時は要注意。

グラフには情報が詰まっているからです。そしてグラフというのは情報を包括的に示せる一方、詳細な説明を割愛できてしまうので、詳しい活用方法等の説明はされていない事が多いからです。

例のGPWSのモードの1つに対地高度、何ft RAから下ではILSの◯◯DOT下に逸脱すると警報が鳴る。という機能があります。

それに対して「それはモード5です」というところを暗記するだけでは不足です。正直モードがいくつかなんて答えられる事に意味は無いからです。
(RAは電波高度計のこと。航空機は通常気圧高度計を使っていますが、低空では電波の反射で、地面までの高度を検出する機械が搭載されています。)

下の写真の右の赤枠で囲まれているところがILSのGlide Slope (G/S)と呼ばれるところです。4つのDOTがあるのがわかるかと思います。

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この写真ではマゼンタ(ピンク)色のダイヤ型のポインタがど真ん中にあるので適正な位置にいます。マゼンタがずれてくると警報がなります。高度によって許容DOT数は変わります。そのDOT数をグラフから読み取る能力が重要です。

勉強で得た知識はあくまで実践あるのみ

例えばGPWSについて。グラフを読み取り、以下のことが分かりました。
・ある高度から下は1.3DOTで警報が鳴る。
・更にある高度から下はinhibitされて鳴らない。

という知識を仕入れたとします。

そうしたら、毎フライト毎に、たとえ操縦してなくても、

・現在高度から下は1.3DOTで警報が鳴る。1DOT超えて逸脱し始めたら、早めに操縦者に言おう。
・現在高度から下は逸脱しても、もう警報はinhibitだから鳴らない。だから計器のDOTのズレをモニターするより、他のパラメータのクロスチェックを増やそう。

この様に「意識」してモニターすることで、知識がやっと目の筋肉という血肉になります。つまり「身体で覚える」というやつです。これを毎回やって習慣化していくことを、技量の「鍛錬」と呼ぶんじゃないかなと思います。
でないと全てを暗記して審査の時だけ答えるなんてのは付け焼き刃の儚い曲芸です。

わたしは一万種の蹴りを一度だけ練習した男は怖くないが、一つの蹴りを一万回練習した男は恐ろしい。
ブルース・リー

というやつです。当然、思考は外からは分からない上、筋肉のように見た目の変化は出てきません。ですから、なかなか発達具合が自分でも確認できないので、鍛えるのはとても難しいことです。

更に、思考が出来なくなったとしても、その「意識」の衰えを自覚することも難しいです。だからこそ、フライトのフェーズ事に、何を意識するのか、というのは地道に勉強する毎に、リストにしていく必要があるなと思います。

応用編

ILSのglide slopeの例ですと、仮に接地まで1DOT分、ずっとずれていても、一応警報は鳴らないのですが、じゃあずっと1DOTのズレを許容するのか。
という議論があります。
精神論は抜きにして安全の範囲として。

結論は常に『状況による』です。

この結論はどんな議論でも変わらぬパイロットの不文律です。全ての事象では状況が異なるので、適切な判断とは毎回変わる事が大前提です。

しかし、一例をあげておくと、僕が操縦しておらず、モニターする立場だったとして

①1DOTから更にずれていく方向に推移していた場合、「下or上に行ってますね」と具申すると思います。

②1DOTのズレから修正される方向なら黙ってモニターしてるかも知れません。

机上の理論としても、さらに踏み込む必要があります。

じゃあ1DOTのズレが修正されなかった場合、そのズレってThresholdで、ナンボのもんなのでしょう。

glide slopeのアンテナ位置は、空港によってまちまちですが、ざっくりThresholdから内側に1000ftくらいです。
こないだTweetした様にこれにtan(3°)=0.05を掛ければ高さになり50ft。
つまりthresholdでの基準となる高さです。

そこからの1DOTズレはいくらでしょう。
G/Sのフルスケール4DOT分は上下に1.44°幅なので
1DOTはその1/4。
つまり0.36°です。
tan(0.36°)=0.0063
(G/SアンテナからThresholdまでの距離)1000ft×0.0063=6.3ft

つまり、1DOTズレていても、Thresholdにおいては5-10ft程度のズレなのです。

更に、ここからどれくらい接地点が伸びるのかを検証する必要があります。
今度はこのズレ6ftを0.05で割る。
言い換えれば20をかけます。
いわゆる20:1の法則を使ってざっくり120ft位なのです。

高くなっているならこのズレの分、接地点が伸びます。
大きく見積もって200ft伸びたとしても10,000ft級の滑走路なら全然問題ないですよね。

だから、ある高度以下で1.3DOTズレていようが、警報も鳴らないし、僕がそのズレを指摘して口に出すこともありません。それより適切にフレアに入るかをモニターすることに集中しています。

そして1DOTの幅というのは、滑走路に近づくにつれて狭くなっているので、ずっと1DOTずれという事は、次第に収束している、とも言えます。

計器のモニター業務一つとっても、こういった深堀の裾野が広がっています。

エアラインでは、こんな風に「計器」をモニターしながら操縦している人と、
その「操縦している人の操作」と「計器」をモニターしている人間が乗っているので、航空機は安全と言えるのです。

モニター業務を、ただ規定の範囲内に入ってるかどうかを見る作業だとすれば、それは人間じゃなく、閾値を決めて機械にオートコールさせる方が正確です。

しかし、そこには総合的に配慮、あるいはいい意味での忖度ができる、人間のコミュニケーション能力に、安全性を高める軍配が上がるから、人間を残してるのだと思います。
機械にずっと「1DOTズレてますよー修正してくださいねー」と言われ続けたら気が散ります。

しかし、プロのパイロット同士なら、操縦している側が修正操作をしているのかどうかは、細かいピッチやパワーの変化や、あるいは地形特性からくる上昇/下降気流を予期してあえて修正を小さめにしているのか、など。総合的にわかるので、より安全性が高いと考えています。

自分がそこにいる介在価値を、いかに発揮するかは、全てに社会人の基本です。
単純そうに見える、閾値の決まったマニュアル通りの業務こそ、その閾値内にある「規定の解釈の幅」は意外に大きいものです。
そこに介在価値を載せられたら、パイロットとしても、社会人としても、価値ある人材として、やっとスタートラインに立てるのだと思います。

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