小林泰三『アリス殺し』『酔歩する男』

ネタバレは無い。と思う。

小林泰三『アリス殺し』を読んだ。同作者の『酔歩する男』のような衝撃はなかったが、良い読後感だった。「不思議の国のアリス」のナンセンス要素をこれでもかと再現するが故に重度のアスペ同士が喋っている様をひたすら読まされるが、そういうものだと思って読み飛ばせるのでかなり早いペースで読める。ピカレスクじみた殺人鬼の殺人描写は、久々に奇妙なリアリティのあるグロが読めたなぁと満足する……スプラッター映画で、殺人鬼側に感情移入すると痛快に観られるような感覚だ。ミステリーとしては、悪くないんじゃないかとは思うが、なにしろ今まであまりミステリー小説を読んでこなかったので比較対象が少なく、ここについては大した事は書けない。


物語の書き方は、先にプロットをガチガチに固めるタイプ(plotter)、キャラクターを練り上げて彼らが勝手に物語を進めていくに任せるタイプ(pantser)に大別されるが、小林泰三は典型的なプロッターであろう。このタイプには文章の芸術性や洗練度といったものを求めるべきでなく、後半から終盤にかけての怒涛の展開、伏線回収を待ち続けながら読む形になろうか。恐らく殆どのミステリー作家はここに分類される筈で、他ジャンルで言えば『ハリー・ポッター』のJ・K・ローリングもプロッターである。或いは、あまり有名ではないが高畑京一郎『クリス・クロス 混沌の魔王』という古いラノベも全く同じタイプで、終盤の展開に衝撃を受けた。私が読んだこの手の小説は、あれが最初だったように思う。

パンツァーの例はというと、日本で有名なのは手塚治虫であろう―――彼の漫画にしばしば出てくる生き埋めシーンなどは、ストーリーが行き詰まった時に彼がよく用いる常套手段である。尚、物語性を度外視して文章の芸術性に特化してゆく純文学のタイプも存在はする。芸術的か否かはさておくとしても、描写の練度に集中するという点では官能小説の類もここに近いのかもしれない。


冒頭で挙げた『酔歩する男』についても触れておこう。最も好きな小説を5つ挙げろと言われると、私は必ずこれを入れるだろう。やる夫スレ化されていたのを見つけて衝撃を受け、その後原作を読み、これは天才としか言いようがない……と感嘆していたのをよく覚えている。SFホラーという分野、小林泰三という作家、そういうものがあるのかと。タイムスリップについての全く独創的な視点にクトゥルフ要素を混じえ、これを読んだ一部の読者に対しSAN値チェックを起こさせる作品である。この小説に没入し、第四の壁を超えてキャラクターが読者に語りかけてくるようなものとは全く別種類のメタに気付くと、恐ろしく高度に練られた構造に驚嘆する事になるだろう。ただしこれはSAN値チェックなので、アイデアロールに成功する必要がある。そしてそれには、高いINTを要する。知能、知識、教養といったものに本人の気質が更に噛み合えば、ようやくこの本でSAN値チェックという強烈な読書体験ができるのである。これほど私が絶賛していながらも世間一般での知名度が低いのは、SAN値チェックが発生し得るまでの読者の少なさによるものだろう。だから私もあまり積極的にこの本を人に勧める事はせず、こいつならばと思った者にだけ直接渡すようにしている―――これに限らず、自分が心底感銘を受けた作品を私はあまり積極的に紹介しない。大抵の場合、微妙な反応が返ってくるのが目に見えているからである。

こんなところか。

然らば。

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