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カルマ2|人生は阿吽の瞬時 それでも欠伸が出るから好きなように生きる

それでは、私も絢香さんや留美さんに倣ってカルマ2でまいります。(笑)

人の行為(業)がフォース(業力)を生み、蓄積され因縁の「因」として「縁」があると「運命」として現出するという「因果応報の法則」=「カルマ」。後から考えると人の運命の岐路=縁は人生の至る所にあり人は紙一重の考え方の差で、選んだ縁によって、類は類で分相応に幾重にも重ね合わさる世界の一つに夫々分れて行くという不思議な天の計らいとは一体何でしょうか?

本来の宇宙はビッグバンで同時に生じた一対の物質と反物質が打ち消し合い何も無い「空」であるはずなのに、僅かな誤差で消えずに残った物質によって私たち生物や物体や天体など宇宙に在る全ての物質が存在し全物質を作り出す最小単位が素粒子です。

20世紀初頭までは、この世の全ての物質は原子atomで出来ていて、原子は原子核atomic-nucleusと電子electronで出来ていて、原子核は核子と呼ばれる陽子neutronと中性子proton で出来ていると考えられていましたが、後に陽子と中性子は3つの物質素粒子quarkで出来ていて、この素粒子が物質を構成する最小単位=基本粒子elementary particleであることが分かりました。

このミクロ単位の総称が量子quantumで、量子の性質や運動などミクロ世界の物理現象を記述する力学が量子力学です。

1930年頃、中性子が陽子と電子に分裂するベータ崩壊現象を研究していたパウリは、分裂した陽子と電子の持つエレルギーが「エネルギー保存の法則」に矛盾して、中性子の時より少ないことに気づき、目に見えない素粒子がエネルギーを奪っているという仮説を立てて素粒子の存在を推理しました。その数年後、フェルミが素粒子をニュートリノと名付けました。

時は流れ約20年後の1950年代、ライネスらは原子炉から現出した物質粒子、レプトン粒子ニュートリノの検出に成功し、更に20年後の1970年代、デイビスは太陽の核反応で現出するニュートリノの観測に成功しました。

1987年、東京大学小柴教授研究チームが岐阜県神岡鉱山跡に造られたカミオカンデ・ニュートリノ観測装置で人工的に生み出した超新星爆発によって放出されたニュートリノの検出に成功。1996年、スーパーカミオカンデが完成し、大気ニュートリノの観測を続けた結果、東京大学梶田教授研究チームがニュートリノの振動を発見したことによってニュートリノが質量を持つことが証明されました。

こんばんは、良仁です。理科のお勉強ではありません。(笑)

本来は何も無い空であるはずの宇宙に物質として存在する人間。私たち人間の行為(業)はフォース(業力)を生み、業力が因縁の「因」として「縁」があれば、私たちの運命として人生の中に現出するという「因果応報の法則」=「カルマ」。人生の縁=岐路は至る所にあります。人は、その時々の紙一重の考え方の差で、類は類、分相応に、幾重にも重ね合わさる現実世界の一つに夫々分れて行くという不思議な天の計らいを私たちは運命と呼び、運が良いとか悪いとか言います。

さて、みなさんは、人間は運命を変えることができると思いますか?

よく、占いにハマる人がいます。特に女性に多いように思います。(笑) 

現代科学が進歩する前は、支配者が政治判断に祈祷や占いを用いたので祈祷師や占い師が支配ヒエラルキーの上層に就いていました。秦の始皇帝の頃には、東洋では、自然界の300万以上の神羅万象を分類定義した科学と同じ分類学の四柱推命学が重用され副学として人相学、手相学、家相学、姓名学、方位学、気学、天文学などが研究されました。三国志の蜀の軍師、諸葛孔明などが有名です。同じように、西洋では西洋占星術が盛んになりました。

では、こうした占いで人の運命は判るでしょうか?変わるでしょうか?

それは、その人次第ということになります。「人間の紙一重の考え方の差」それは、つまり、人間夫々の「意識の差=思考の差」であると仮定すれば、「運命は占いそのものではなく自分の意識=思考によって変わる」という仮説になります。

では、どうして意識=思考によって運命が変わるのでしょう?

地球上に生命が誕生してから30億年経って、大脳新皮質、いわゆる、人間脳=論理脳 Human Brain を手に入れた私たちは、前述のとおり、20世紀に至って、ついに、宇宙の謎を解く鍵になるかもしれない、目に見えない幽霊量子=素粒子ニュートリノneutrinoの存在に気づき、数学的にその存在を証明しました。

宇宙を埋め尽くすニュートリノは光の量子=光子の次に多い素粒子で、見ることはできませんが、今、この瞬間も、一秒間に100兆個のニュートリノが私たちの身体を通り抜けています。ニュートリノは物質粒子に属するレプトン素粒子です。

パウリのニュートリノ存在推理から100年経った今も、素粒子の物理現象は量子力学で数学的に証明されているだけで、古典物理学と量子力学の矛盾については、まだ誰も論証できていません。

量子力学が生まれる前の古典力学つまり古典物理学は、『客観的な物事の性質は人間の主観的行為によって変化することは無い』という大前提で成立しています。しかし、量子力学では、『人間の主観的行為が客観的な量子の状態を変化させることができる』という現象、いわゆる、二重スリット実験における観測問題の『量子の粒子(収縮)と波動の二重性』とか『量子の重ね合わせ(多世界解釈)』のような性質が確認されています。

人間の主観的行為が客観的な量子の状態を変化させる

人間の主観的行為とは意識=思考です。客観的な量子の状態とは私たちが見ている物質で出来ている世界です。その世界は、私たちの身体だけでも1秒間に100兆個通り抜けている量子によってできています。つまり、私たちの意識=思考が目に映る物質世界を変化させるということになります。

人生のどこにでもある運命の岐路=縁。人の紙一重の考え方の差で選ぶ縁は変わります。選んだ縁によって、幾重にも重ね合わさる世界の一つ一つに夫々分れて行くという不思議な天の計らいとは一体何でしょうか?

紙一重の意識=思考の差

「最後は勝ちたいという思いが強い方が勝つ」といった台詞をよく聞きます。どうしても勝ちたいという「主観的行為=強い意識」が「客観的な量子の状態=目に映る現実世界」を変化させるということに繋がります。

私は運命論者です。どんな運命も受け入れて身を委ねます。但し運命に身を委ねるというのは、何もせず運命に流されるということではありません。運命を受け入れた上で、望む世界を具体的に鮮明にイメージして、そうなることを強く意識し続けることができれば縁が起き思った通りの世界が目の前に現れます。

自分の望む世界を鮮明にイメージするためには知識が必要です。知識が高ければ意識=思考が強くなります。更に、意識=思考を生み出すハードは自分自身です。常に自分自身の心身を鍛えることによって、意識=思考が強化されて縁が起きます。

人は、生まれた時から、天運・地運・人運という運命に身を委ねて人生を全うします。親は子が物心がついた時から知識・教養・情緒を授け、文武を鍛え、子が独立して望む世界へ行けるように育てます。

量子理論のように、人間の主観的行為が客観的な量子の状態を変化させることが分かってきました。

人生のあらゆる所にある運命の岐路=縁。紙一重の意識=思考の差で、選んだ縁によって無限に重ね合わさる世界の一つへ、類は類、分相応に、分れて行くという不思議な天の計らいとは一体何でしょうか?

それは、私たちが、そこへ辿り着くまでの生き様に対する天の審判なのかもしれません。あなたの目に映る現実世界は、あなたの意識次第で千変万化します。良くも悪くも人生が一変した。そんな話は世の中に山ほどあります。

人間1人生きても死んでも、人間100憶人滅んでも滅ばなくても宇宙の中では砂1粒の意味もありません。そんな阿吽の瞬時ですから好きなように楽しく笑って生きようではありませんか。(笑)

エムケイコンサルティング 良仁


high_note Music Loungeさんの動画を貼らせていただきました。