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なぜ離婚したのか⑪

ファンの方には申し訳ないが、星野源とガッキーのドラマ「逃げ恥」が今は嫌いだ。漫画やドラマになんの罪はないけれど、ちょうどもと旦那と結婚しようかと思っていたころに流行っていたので、旦那と「ヒラマサさん」を重ねてしまった。ハイスペックとまではいかなくても、女性経験がなくても愛情が芽生えてくれば、愛しいところも旦那に出てくるのではないかと少し期待していたが、全くなかった。所詮、ドラマは現実とは違う。

お見合い仲介の人と一緒に彼の両親に会いに行った時は、物腰の低い方々で好印象だった。でも、自分の両親と1個上くらいなのに、えらいおじいちゃん、おばあちゃんという感じだった。義理の母が「ちびまる子ちゃん」に出てくるおばあちゃんな感じ。そして、彼らの「早く(結婚)決めればいいのに」という一言も心にひっかかり、40歳彼女なし、毎週末帰ってくる息子の結婚をあせっている感じがひしひしと伝わってきた。

結婚が決まると仲介の人に謝礼を払うシステムなのだが、旦那の家は20万円も払ったらしい。自分が20万で買われたと思えば安いが笑、謝礼にしては高すぎると思う。ただ、彼は何回もお見合いをしていたり、親子で相手の身上書の学歴などを細かく見て、なかなかOKをださなかったり、相当面倒な客のようだったので妥当な金額だったのかもしれない。私たちはやってはいないが、結納をした際には新郎から新婦に渡すお金の一部も仲介のおばちゃんに渡すのが通常だと、おばちゃん本人が私と母の前で言ったことがあり、前から苦手だったおばちゃんがその日以来大嫌いになってしまった。それもあり、結婚を急いだ。

結婚を決めた理由は、以前にも書いたが、彼が普段は離れた場所で仕事をしており、週末だけ彼の実家に帰るので、週末だけ私もその実家に行き、両親とともに同居?するいう「週末婚」だったからだ。週末だけなら、副業のつもりでがんばれると思ったし、実際に家族も増えて、4人で夕食などの時間は数か月は楽しかった。最初のころには、子どもを産むことも真剣に考えていた。子どもがほしいから、結婚しようともその時には思っていた。そのころの私は安易に生理的に受け付けない人以外は誰とでも結婚できるとでも思っていたのかもしれない。

彼が帰ってくる前でも、先にいって義理の両親とごはんを食べたり、祖母の法事があれば、事前に行って手伝ったりなど、最初は嫁として努力していたと思う。

ただ、その後毎回のように出てくる旦那や家族の受け入れられないところと、籍を入れた後、式の代わりにした食事会により、私はたった数か月の結婚生活でもう嫌になってしまっていた。だた、その時は離婚をする選択肢は私の頭の中にはなく、「出家する」つもりで私自身が老後穏やかになるまで、耐えるしかないのだと思っていた。まだ、高齢になっていないが故のもがきみたいなものだとも思っていた。

続く

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