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ラブレターという名の「絶望ノート」

「絶望ノート」

いじめを受ける中学2年生・太刀川照音の話、


ではない、
とんでもない、言葉・文字のちからで周囲の大人を支配・操作した狡猾な中学2年生の話である、正直なところ残ったのは言いようのないキミの悪さである、照音の稚拙な部分、狡猾さ、そしてその隙間から垣間見える周りの大人たちの歪な愛情


この話の中に出てくる大人たちは、皆それぞれに照音にさまざまな形の愛情を捧げている、それが中学生の創作の上で踊らされているとは知らずに


このトリックの技巧の高さに正直脱帽した、本当に読んでいて何もわからないのである、だから気になってページを捲る手が止まらない、いくら読み進めてもオイネプギプトが存在しているとしか考えられないのである、もう一度読み返すことで隅々の小さな伏線を回収できそうだ、


中学2年生、よくいう中二病、私からすれば、正直にいうところ、照音も中二病に侵されているのだと思う、国語だけが唯一得意の科目であり、読書が趣味、読書をすることで自分の世界を広げてきた男の子、本の中の世界を全てだと思い、全知全能になった気がしている、
そして立て続けに消えてほしい人間が消えていく、(自分は絶望ノートというただの創作の上に言葉を残しただけなのに)こんなに中二病の促進剤となるような出来事あるだろうか、


だが、彼がたとえ中二病に罹患していた、とはいえ彼の支配・操作には幾ばくか感動したのであるが


私の中2の頃などただただ部活をし、恋愛をし、という一般的な中学2年生を過ごしていた、そこに人を支配しようなどの感情は全く持ってない、けど多感で合ったのはわかる、あの頃は父親ともうまくいかず、本当にこの人は自分の父親か?とまで思ったこともある


この状況に陥っていたのが照音である、彼もまた同様自分の貧困さ、そしてそれを嘆いているのに両親は一向に自分のためには動いてくれないこと、全く自分を見てくれないこと、から自分は"愛されていない"のだと感じてしまう
この"愛されていない感"こそこの物語の真の始まりだった
彼はそこからただ自分の創作ノートを両親に覗かせて理解して欲しかったのである、関心を示して欲しかったのである


私はこの絶望ノートは彼から両親へのラブレターのように感じてならないのである
そして彼は知る、ああ両親はちゃんと我が子をいじめた奴らに腹を立ててくれているのだということに
(もちろん創作の上であるのだが)



だが彼は、ラブレターを使うことで全知全能のようなまさに自分が"神"になれることに気づいてしまった、この少年はまた同じことを繰り返すのだろうか、自らの手を汚さずに自分に向けられる愛情を殺しへと変えてしまうのだろうか、それとも諸井によって殺されるのだろうか



一時は全知全能だとも錯覚した照音だが、諸井には何もできないことを知り無力化する、彼は何を思うのだろう、


この類の本、すごく自分にとって合っていると思う、
どんでん返しがあるのもそう、読後感も好きである、いい本に巡り会えた、照音と歌野晶午先生の創作のおかげである。

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