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大衆和牛酒場コンロ家 神田店

神田駅から
①〈徒歩〉…3分
②〈全力疾走〉…1分
③〈黒髪が綺麗だとよく言われた。自慢でもあった。光を弾き、毎日颯爽と風に毛をなびかせて歩いた。黒髪のロング。好き嫌いはもちろんあるのだろう。そんな私のことを人は時々優しく、そして時々不安そうな目で見つめた。

雨上がりのアスファルトを歩いた。裸足に伝わる温度が心地よかった。少し高い窓から、人の声が聞こえた。それぞれの生活に、想いを巡らせた。

あてもなく歩いた。行きたい場所はなかった。戻りたい場所もなかった。そうして日々歩いてきた。疑問はなかった。そういうものだと、思っていたからだ。気付くと見覚えのある場所へとでていた。 記憶を辿る。

モノトーンのタイル。錆びたトタン板。夜は提灯が明かりを灯し、光はアスファルトに白い影を写した。よく訪れた場所だった。その店の店主が好きだった。毎日ご飯は美味しかったし、食事を終えた私の髪を、いつも優しく、大切そうに撫でてくれた。どうやら今はコンロ家という店に変わったらしい。

−ワイン50種飲み放題−
そう書かれた看板があった。意味については知る由もない。足を止め、店構えをなんとなしに見上げる。そうして数分も経っただろうか。店主とおぼしき人間が掃除用具を手に、扉から顔を覗かせた。
『こんにちは』
答える義務も義理もない私は、変わらずそこで看板を眺め続けた。
『寒くない?』
めげずに話しかけてきた人間に億劫ながらも一言返す。彼がそれをどう捉えたかには興味はない。しかし一度店内に戻り、賄いの余りらしきものを私に差し出したところを見るに、どうやら好意的に受け止めてくれたようだった。一息に平らげ、次に向かうべき場所に思いを馳せる。
『もう行くの?』
少しだけ哀愁を含んだ物言いに顔を向ける。機会があれば、また足をのばそうと思う。
欲を言えば、私の頭を撫でてくれればこれ以上言うことはない。

優しく
大切に
いつかの店主のように

とはいえ、礼儀は重んじるタイプだ。食事の件もかね、礼の一つも言わねばなるまい。この国では礼に始まり、礼に終わるのだ。少々面倒な気持ちを噛み、出来るだけ高いトーンで一つ喉を鳴らす。

ニャーオ

店主が私の頭を優しく撫でる。
『またね』
そう言い笑う店主の声を、私は遠い昔に聞いたような気がした〉…約10分

神田駅から230m


名 称:大衆和牛酒場コンロ家 神田店
所在地:101-0043 東京都千代田区神田富山町20−1神田タイショービル1F
電 話: 03-3526-2290

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