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上海排出権取引市場バージョンアップ

中国では、2011年から7つの市・省においてパイロット炭素市場が始まっており、2021年7月、全国でのETSが、発電部門を対象にオンラインでの取引が開始されたことは以前お伝えしました。

とはいえ、全国を対象にしたETSが始まったからといって、市・省のETSが終わったわけではありません。

現在実施中の9つの地域炭素市場の中で、北京・上海・深圳以外の地域炭素市場の対象業種は全国 ETSと大きく重なっています。このため、全国ETSが発電部門以外のエネルギー集約度の高い業種へ拡大する代わりに、これらの地域炭素市場は徐々に縮小し、無くなる可能性は高いといえます。

他方、今後、拡大した全国ETS(CN-ETS)は、サービス業・交通部門・建築部門を対象としている北京・上海・深圳の3つの地域炭素市場とは併存して行くものと考えられます。

その一つ、上海排出権取引市場(上海ETS)が、バージョンアップしました。
特徴をひと言で言うと「住民参加型ETS」です。

上海市生態系環境局など8部門が、2022年12月2日、「上海市における包括的な排出権取引体系の建設作業方案」を公表したのですが、それには、個人などが参加できる制度の整備を目的とし、今後の目標や具体的な取組などが明記されていたのです。

さて、内容を見てみると、冒頭にこうあります。

この計画は、第20回党大会報告と習近平の生態文明思想の精神を実行し、発展モードのグリーン転換を加速し、総合的な保全戦略を実施し、グリーン消費を提唱し、グリーン・低炭素生産とライフスタイルの形成を促進し、炭素包摂を着実に秩序立てて推進するために策定されたものである。

上海市における包括的な排出権取引体系の建設作業方案

枕詞がちょっと…ではありますが、非常に高い目的意識の下、策定されたことが見てとれます。中国は、「やると決めたらやる」のですから、この計画に盛りこまれた施策は、実施される前提で読み解いて行く必要があります。

予定されている内容を確認すると、以下の10項目となります。

1.科学的かつ標準化された管理を促進するための制度構築
2.評価基準の確立と秩序あるプロジェクト管理
3.個々の排出削減シナリオを試行し、市民参加を奨励する
4.消費削減チャネルの拡大による価値変革の実現
5.地域連携メカニズム構築によるシナジー効果の発揮
6.グリーンファイナンスの活用
7.多分野連携の模索と政策連携の強化
8.保証措置
9.トラッキングと評価の強化
10.広報活動の強化

上海市における包括的な排出権取引体系の建設作業方案

この中で注目なのは、3、6,7でしょうか。特に3.に期待したいです。
私が「住民参加型ETS」と呼んだのも、この施策が入っていたからです。

3.個々の排出削減シナリオを試行し、市民参加を奨励する

個人の排出削減シナリオの実現可能性評価とパイロット作業を実施する。政策調整や技術進歩などの要因と組み合わせて、様々な排出削減シナリオを定期的に評価、算定方法や排出削減シナリオを継続的に改善する。

衣・食・住・交通・利用などの個人生活における効果的な低炭素行動を、標準的な個人排出削減シナリオとして徐々に整備していく。併せて、市民向けの排出量算定システムを検討し、自らの炭素削減行動に対する認識を高め、炭素排出削減活動に参加するための多様な選択肢を提供する。

上海市における包括的な排出権取引体系の建設作業方案

つまり、上海市は、市民に適用可能な削減シナリオ及び削減方法を提供すると共に、市民の削減活動に対する意識を高める。市民は、自身の排出量を算定し、継続的な削減活動を実施するというものです。

これをサポートするものが、4、6、7だと思います。

4.取引手法の多様化

上海ETSに、カーボン・オフセットを導入する。

生態環境部が発表した「大規模イベントにおけるカーボンニュートラル実施ガイドライン(試行版)」等を踏まえ、自発的カーボンニュートラルニーズを探り、関連実施ガイドラインを策定、企業、組織、個人によるクレジット利用を奨励する。

多様なカーボン・クレジットの利活用方法を提供することで、個人の低炭素行動と企業の経済的利益が互いに駆動し合う好循環を生み出し、上海のカーボン・オフセット制度の持続可能な運用を高める。

上海市における包括的な排出権取引体系の建設作業方案

6. グリーンファイナンスの活用

要件を満たす金融機関に対し、グリーン投資および融資サービスの提供を奨励する。 グリーンファイナンスを通じ、排出削減に優れた企業や個人に優遇的な金融商品とサービスを提供する。

カーボン・クレジットを利用した各種金融サービスの開発を加速すると共に認知範囲を広げ、社会実装を加速する。

上海市における包括的な排出権取引体系の建設作業方案

7.多分野連携の模索と政策連携の強化

CO2削減と汚染物質削減の双方に資するプロジェクトによるクレジット創出の可能性を調査する。

森林吸収、農業廃棄物の利用、持続可能な食糧生産などを含む方法論を開発し、クレジット創生を図る。

日常生活に密着したサービスを提供する事業者が、排出量を削減しながら消費を促すクーポンや商品券を提供することにより、市民、企業双方が利益を享受すると共に、社会全体の排出量削減を達成される施策を推進する。

企業と個人の低炭素行動に対する評価体系の構築を検討、併せて、その体系と公共政策及びビジネス活動などとの関連性を探索する。

上海市における包括的な排出権取引体系の建設作業方案

グリーンファイナンシングを活用して(6)、多様なクレジットを創出(7)、上海ETSを通じて取引を行う(4)ことを企図しているんでしょう。そして、その主役を担うのが「住民一人一人(3)」というわけですね。


2010年、広島市はまさしく「市民参加のCO2排出量取引制度」なるものを実施していました。当時は画期的で、市役所にもインタビューに伺い、自治体の温暖化対策として論文にも取り上げたほどでした。

今回の、上海ETSのアップデート。
どのような展開を見せますか。
期待しながら、見守っていきたいと思います。

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