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踊るシヴァ神、ナタラージャの秘密

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タミルナードゥ州の東海岸、チェンナイとマドゥライのちょうど中間に位置するチダムバラムは、ナタラージャ寺院の周囲に発達した典型的な門前町だった。別名コスミック・ダンサーとも呼ばれる本尊のナタラージャ神像は、瞑想的な舞踏の極みに大宇宙のリズムそのものとなったシヴァ神の姿を表すという。

踊るシヴァ神は全インドに普遍的に見られるのだが、タミルで創造された炎のリングに囲まれて踊るナタラージャ神の造形は、ヒンドゥの思想を高度に体現する完成されたバランスと美しさを持ったブロンズ彫刻の傑作として、全インド美術の画期となっている。

ナタラージャ神は4本の腕を持ち、右上の手に持つ鼓は宇宙の創造を、左上の手のひらに乗る炎は世界の破壊を、体の右側でムドラをつくる左右の手は秩序の維持を、右足によって踏まれた小人は無知からの解放を、そしてその全てを取り囲む炎の円環は、創造と維持と破壊のサイクルが永遠に輪廻し続ける、大宇宙のダルマを表しているという。

このナタラージャ神を祀っているが故に、ここチダムバラムはヒンドゥ教徒の間では伝統的に『宇宙・世界の中心』と称えられている。

コスミック・ダンサー、ナタラージャ・シヴァ

実はこの寺院にも、私は10年前に一度訪れている。その美しい神像には大いに魅了され、再会に向けた期待も大きかったのだが、今回訪れたのにはもうひとつ別の理由があった。私は、その円環のデザインがチャクラを表しているのではないかと考えていたのだ。

ヴィシュヌと並ぶ二大神格のひとつとして全インドで信仰されるシヴァ神。けれどそれまで私がインドで見聞した限り、シヴァ神は車輪チャクラのイデアとはほとんど関係がないように見えた。その中で唯一このナタラージャの造形だけが、その円環のデザインによってチャクラを連想させるものだったのだ。

私がこれまで理解したところによれば、チャクラはインドにおける絶対的な神威の象徴だった。ブッダもヴィシュヌも、影の最高神デヴィ・シャクティも、それぞれが聖チャクラのイデアとデザインをしっかりと担っていた。シヴァが最高神のひとりとして崇められるのなら、同じように何らかの形で・・・・・・チャクラの神威を背負っているはずだ。それが私の仮説だった。

ナタラージャ寺院を訪ねた私は、偶然バラモン司祭のセンティル氏と知り合い、彼の案内でその内陣の奥深くまで入り込んでいった。そして、前回はまったく気付けなかった様々な事実を突きつけられる事になった。

センティル氏と家族

ティライ・スターラと呼ばれる本殿、ナタラージャ神が祀られる神室のチット・サバーのすぐ横に、なんとヴィシュヌ神が祀られた神室があったのだ。そしてそこには、ヴェンカテシュワラ寺院と同じように、スダルシャン・チャクラが大きく掲げられていた。

シヴァの牙城であるはずのこの寺の核心部分に、ヴィシュヌ神が並祀されていた! それは私にとって大きな驚きだった。

センティル氏によると、この様にシヴァとヴィシュヌが同格の主神として隣り合わせで合祀されている寺院は、インドでもまれだと言う。

ナタラージャ・シヴァとヴィシュヌの神室を分けるホールの壁には、シャンカラ・ナラヤナと呼ばれる半身ヴィシュヌ、半身シヴァの融合神像まで飾られていた。そして、同じ壁にはシヴァと伴侶のパールヴァティが半身ずつ融合したアルダナリシュワラという神像も飾られている。

シヴァとヴィシュヌが融合したシャンカラ・ナラヤナ
シヴァとパールヴァティの合身、アルダナリシュワラ:Kingmabry.tumblrより

このナタラージャ寺院は、ヴェンカテシュワラ寺院と同様、ブラフマーとヴィシュヌとシヴァのトリムルティが神姫のデヴィ・シャクティと結合した、宇宙の至高神を祀る寺院だったのだ。

センティル氏によれば、ナタラージャの右上の手に持たれた鼓はブラフマーの創造を、左上の手に持たれた炎はシヴァの破壊を、そして左右の手によって表されるムドラはヴィシュヌの維持を、それぞれ表し、統合された三神の働きが女神のシャクティによって初めて展開するという大宇宙の摂理ダルマそのものを至高神とし、踊るシヴァ神の姿をとって表していると言う。

ナタラージャ寺院は10世紀から12世紀にかけての後期チョーラ朝の時代に完成されている。そして、このチョーラの諸王はヴェンカテシュワラ神の熱烈な信奉者としても知られていた。ナタラージャ神は、同じ至高神をヴィシュヌとして祀るヴェンカテシュワラ寺院の、タミル世界におけるシヴァ派のカウンター・パートだったに違いない。

ならばナタラージャ神像の中に、何かしら女神と男神の結合を象徴するモチーフもあるのではないか。そう考えた私の前に、センティル氏は一枚の写真を見せてくれた。それは、ャクラ・タルワーCakrat Alwarと呼ばれるヴィシュヌの神像だった。

その姿は、ヴェンカテシュワラ寺院で見たような、神格化されたチャクラだった。巨大なスダルシャン・チャクラに内在する形で描かれたヴィシュヌ神は多くの腕を持ち、その背後には、男性神と女性神の結合を意味する六芒星Shatkonaがくっきりと刻まれていた。

円輪・六芒星を背負うチャクラ・タルワール

この像を更によく見ると、最前の左手がヴィシュヌの神器ガダーを持っている一方、右手にはシヴァのトリシュラ三叉の槍を持っているではないか。つまりこれはヴィシュヌとシヴァの融合形でもある。

チャクラ円輪の中で六芒星を背負いシヴァのトリシュラを持つヴィシュヌ。この瞬間、私の脳裏でナタラージャとチャクラ・タルワールがシンクロして重なり合った…!

手足を展開して踊るナタラージャの頭と両手両足、さらに左横に流れる帯の先端を結ぶと、そこには見事に六芒星が姿を現すのだ。

六芒星を内在させたナタラージャ:11世紀チョーラ・ブロンズ、チェンナイ博物館

更にその六芒星に対角線・・・を引けば、それは同時に、あのインダスのチャクラ文字の内在であり、もちろんそれを6本スポークの車輪と見る事も可能だ。

同時に内在するインダスのチャクラ文字

あたかもだまし絵(隠し絵)を見つめていて唐突に全く新しい意味を持った絵柄が見いだされる瞬間の様に、私の脳裏には新たな様々なヴィジョンが交錯していた。

インダスの昔から特別な意味を付与されてきたこの六方円輪デザインが、まさかナタラージャ神像の基本モチーフになっていたとは… インダス文明を担っていたのはドラヴィダ系だと言われているが、こんな所で…

私は4000年という悠久の、気の遠くなるほど長い時の流れに思いを馳せて、茫然としていた。

そんな私を興味深そうに見ながら、まるで内緒話をするようにセンティル氏が囁いたのは、ムドラ手印についてのさらなる意味だった。

彼の説明によれば、掌を見せながら指先を上に向けている右手は男性原理を、甲を見せながら下を指し示している左手は女性原理をそれぞれ象徴しつつ、一体化してムドラを形作っている。

そして、その右方にはクンダリニーを象徴するコブラが、まるでムドラ(左右の手首の接合部)から飛び出るような形で描かれている。それは、宇宙世界の維持がその運動が、女性原理と男性原理という陰陽の交わりの中で初めて可能になる事を、鮮やかに示していた。

大宇宙のリズミカルな運動を象徴するナタラージャの舞踏。それはブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの男性三神を包含していただけでなく、その背後に不可欠の女神、デヴィ・シャクティを暗号のように隠し持っていたのだ。

ラクシュミ女神を招来するコーラム、女神のシャクティを表象するシュリ・チャクラ。そして男性神を全面に出しながら実は女神を包含していたバラジーやナタラージャ。これまで南インドを中心とした様々な女神信仰について取り上げてきたが、その起源はインダスの昔まで遡ることができると言う。

インダス文明についての一般的な解説では男性神官像や坐の瞑想をする行者など男性ばかりが取り上げられがちで、当初私は男性中心社会かと思い込んでいたのだが、実は女神(地母神)信仰が盛んだった事が明らかになっている。

二頭の虎と戦う女神。その頭上には巨大なチャクラ文字が…!:Harappa.comより

上のインダス印章彫刻は今回のnote投稿に際して改めて検索して発見したものだが、中央の女神が二頭の虎と戦っている姿を表わし、これがインド亜大陸におけるデヴィ・シャクティ信仰の原像だと解釈されている。それはなんとも象徴的な構図だった(この光景、私の眼には戦う二頭のオス虎を仲裁し引き分けている様にも見えるが…)。

その女神の頭上には、あのチャクラ文字が、ナタラージャ神像にも内在していたあのシンボルが、あたかも天空の車輪・太陽スリヤ・チャクラのように、放射デザインを展開している。その姿は「原始、女性は太陽だった」という言葉を彷彿とさせるものだった。

考えてみると、ケララやタミルなどドラヴィダ系は伝統的に母系社会であり、圧倒的に女系が強いと言われている。それは私自身がケララのカラリパヤット道場で住み込み修行をしていた時にも、日常の折々にひしひしと感じていた事だった。この母系制社会と女神信仰はおそらく表裏一体なのだろう。

デヴィ・シャクティと結合した時初めて、シヴァはコスミック・ダンサーとして踊りだし、大宇宙の円環は回り始める。

このような造形とその思想は、インダスの昔から連綿と女神信仰を継承してきたタミル人によって初めて可能となった、ドラヴィダ文化の精髄なのかも知れない。

ここで再び思い出されるのが、以前の投稿で言及したブラフマ・チャクラ大宇宙・世界創造の車輪だ。

そこで私は、リグ・ヴェーダのヴィシュヌ賛歌とシュヴェタシュヴァタラ・ウパニシャッドのシヴァ・ブラフマン詩節を引用した上で、以下のように問いかけていた。

ここ(シュヴェタシュヴァタラ・ウパニシャッドの詩節)で重要なのは、
「宇宙世界の創造・展開が『車輪の現れ、その回転・・・・・・・・・・』になぞらえて、一者なる至高神の『御業』に帰せられ称えられている」
という点にある。

これは「この世界の展開・運動を回転する車輪に重ね合わせている」という一点において、前掲のリグ・ヴェーダにおけるヴィシュヌへの賛歌と全く軌を同じくしてはいないだろうか?

ヴィシュヌ神の原像とスリヤ・チャクラより

シヴァ・ナタラージャが持つ6本スポークの車輪を思わせる基本モチーフは、まさにこのヴァ・ブラフマン・チャク大宇宙創造の車輪にも、由来してはいないだろうか。

この点に関してはセンティル氏の口から明確な答えは得られなかったが、裏付けとなる様な事実もある。下に掲載する様に、その円環上にびっしりと車輪様デザインを配したナタラージャ像が存在するのだ。それは明らかにこの円環が車輪宇宙である事の暗喩ではないのか?

これは是非、引用元のHD動画を大画面で見て欲しい:Youtubeより

遠く紀元前5世紀前後のシュヴェタシュヴァタラ・ウパニシャッド、さらには紀元前1300年前後のリグ・ヴェーダに遡って、「この世界宇宙の展開・運動を回転する車輪と重ねて観る」という思想がインド世界には確かにあった。しかしそれは、基本的に男性優位のヴェーダの思想・・・・・・・・・・・・だった。

その後、長いながい時間を経て、南インドを中心とした女性優位のドラヴィダ文化において、実は大宇宙の車輪コスミック・チャクラはデヴィ・シャクティの現れであるという思想が台頭する。その象徴が前回紹介したシュリ・チャクラだ。

そんなドラヴィダ的なデヴィ・シャクティ思想が融合する事によってアーリア的な男性原理への偏りが是正され、世界のバランスが回復された真実の姿として、シヴァ・ナタラージャの美しい造形は生まれたのかも知れない。

踊るシヴァ神ナタラージャは、輻輳するチャクラ車輪のシンボリズムをしっかりと担っていた。もはやそう結論付けてもいいだろう。それはリグ・ヴェーダからインダスの昔にも遡り得る、実にインドらしい様々なイデアを一身に体現しつつ、永遠に回転し踊り続ける大宇宙の車輪コスミック・ダンサーだったのだ。

回転する大宇宙:eso.orgより

日本でおなじみの曼荼羅でもそうなのだが、インドでは伝統的に車輪や蓮華輪、ヤントラや吉祥文様のモチーフは宗教的なイデアを象徴すると同時に、瞑想オブジェクトあるいは観想の対象としても重要な役割を担ってきた。

世俗的日常に拡散する人間の心が、神という中心に向かって、放射するデザインを逆にたどって収束し、集中していく。魂がその中心とひとつになった時、日常を超えた『何か』が成就されるのだという。

敬虔な信仰者がナタラージャ神殿の奥深くに参拝し踊るシヴァ神像コスミック・チャクラを一心に凝視する時、それは同時に深い瞑想ともなり、その魂を大宇宙の淵源へと導いたのかも知れない。


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