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馬鹿者の定理 Ⅳ

朝靄で覆われた窓から見る景色は、まるで冷凍庫の扉を開けたようだ。
川を隔てた遠くの土手で走る車の音が聞こえるほどにここは無音の世界だ。屋根瓦や車のボンネット、アスファルトも凍っていて、頭上から照らす朝陽の光がそれらをより眩いほどに輝きを与えている。
そう言えば私は自由だった。
たまには街をぶらぶらするのもいいかもしれない。
隣町へ架かる橋から遠目に河川敷が見える。
毎日あくせくそこを走っている自分の姿を思い浮かべいじらしく思った。
果たして明日の私はあの場所に居るだろうか。

繁華街の噴水のある広場まで足を運び、何度もベンチに腰掛けた。昨日吹雪のなかを走りつづけたせいか悪寒と目眩を感じ、顔を青くしながら煙草を吹かす。
そこで阿呆のようにぼーっとしながら人の行き交う様を眺めた。
目眩のせいではなかった。ただ一服のためにここへ腰掛けているのだ。だからもう立たなければならない。どうしても今読みたい小説を入手するために散歩も兼ね、わざわざこの街まで足を運んだのだから。
私の日常に「無駄」は許されない。やるべき課題は山積みされている。のんびりしてる時間は無いのだ。
それにしても、ただ一冊の文庫本を求めて、本屋を転々とし、思えば遠くへ来たものだ。しかも、目当ての本は未だ見つからない。
求め過ぎる余りに不満も募っていく。まるで親にオモチャをねだる子供のよう。
 
猪突猛進。
何故だか、私の行動の後には決まっていつも矛盾ばかりが残ってしまう。
動機は至って単純なのだが…まったく恥の多い人生だ。いや、考えようによってはその無駄こそ浪漫というものなのかもしれない。
物事に費やした労苦は、その行動を止めた後時間差で襲いかかってくる。実行の最中には感づかないものだ。
現にこうして私は無意識のうちにここまでやって来れたじゃないか。体調が思わしくないにも関わらずだ。
それでも私は求め続ける。
期待に心躍らせ、胸をときめかせ、挙げ句に呼吸も忘れて窒息死。忘我の間抜けな一生。
とにかくぶつかってみてから考えればいい。

「なんとかなる」

浅慮である。いつもそうだ。これまで幾度となくその安易な無計画さのせいで痛い目をみたことか。
なになに虚勢を張るなよ。惨めな者同士仲良くしようじゃないか。
「どんなに上手に隠れても黄色い尻尾が見えてるよ」
どうせそんなもんだろう。

ピューと一陣の風が吹き、その時はじめて身体の温もりを感じて、そのことに驚いて続けざまブルっと震えた。
 
「もう行かなければ…」
 
結局そこで3本煙草を吸った。これぞ私の半生を物語る要領の悪さ。焦れったい。
 
結局目的の本は得られず、なんとなく帰路についた。その頃になるとそろそろ日も暮れていて、周囲に薄暗さを感じたが、目眩がしていたので取り分けそうだったに違いない。
ようやく家に辿り着いた時にはもうすでに辺りは真っ暗になっていた。また無駄な日を送ってしまった
玄関はいつになく開きっぱなしだった。どうやら来客があるらしい。それも珍しく大勢の。来客の靴が玄関に収まりきらずはみ出している。
帰宅後、母に何気なく、多くの来客があった訳を尋ねた。
こんなものだ。こうして骨折り損のくたびれ儲けの一日が終わろうとしている。
 
なーんだ。こんなどうってことのない日常を事細かに解析するのに無駄に4日も費やしたのか。ごくろうさん。
恥の上塗りのついでではあるが、風呂上がりに洗面所のドアを開けるとそこでばったり母に会った。
バスタオルでせわしく髪を拭いながら、その時私が言ったことには、

「今日はやけにたくさんの人が来たね」

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